第51話 バリアンの思惑
リュートはバリアンとバチバチと視線を交わす。
しかし、バリアンの方にこれといって敵対意識が向いて来ない。
それがずっと気になって仕方なかった。
「貰える話は聞いておく。そちらさんはどうする?」
だが、無理して敵対する必要も無い。
相手がこちらを利用しているとなら、それは逆に自分達にもつけいる隙があるということだからだ。
リュートはソウガ達の方へと言葉を投げかけた。
ソウガは親父と目線を合わせ、互いにコクリと頷くと返答する。
「こっちも同意見だ。知ってるものは全部吐いてもらう」
「オーケー、なら話しちゃおっかな。これはとある庶民が王となった話だ」
それからバリアンが話し始めた内容はこうだ。
その計画は三年前程から始まった。
その当時、まだまだ金持ちに程遠かったガルバンはとある人物から支援の話を受けた。
当然ながら、おいしい話には裏がある。
ガルバンもお天道様の下で暮らしているが、闇の住人寄りなのでそのようなリスクは知っている。
なので、それに見合う対価を尋ねた。
すると、支援するといった人物が提示したことは一つ――「どんなことをしてもいいから子供達をかき集めろ」だった。
その内容の不自然さに気付くのは誰であってもおかしくない。
しかし、もとより闇の住人側に罪の意識はほぼない。
お金に目が眩んだガルバンは二つ返事でその条件を受け入れた。
それから、支援金を受け取ったガルバンは、もともと腕っぷしが良かったのと、とある
同時に、子供達を攫ってくるという条件をクリアして今やこの国の王となった。
「この話を聞いたのは僕が今の地位になった一年前。いや~、とんでもない奴だね」
「つまり、そいつが孤児院の子供達を攫ったってことか?」
怒りに拳を震わせたソウガの親父はバリアンを睨む。
「やめてよ、僕は関与してないんだから。
自分の無実を証明するためにこうして話してるんだよ?
子供達を攫ってるのはガルバンに従ってる人達さ。
それを正当な方法で手に入れてる。何かわかる?」
「奴隷か」
「ザッツライト!」
バリアンはソウガの言葉にパチンと指を鳴らした。
その態度にイラっとするソウガ。
「この国にも一応ルールはあるからね。
普通の人間を売ったとなれば、他の
だけど、奴隷として売れば、それはタダの道具の売買だ。何も問題ない」
「何が問題ないよ。それって奴隷なら他は黙認してるってことじゃない!」
「そっちの方が都合が良いんでしょ。
もしくは、何か秘密を握られてしゃべれないか。
どちらにせよ、ここは奴隷としてしまえば、何でもアリ。
売って金にするのも、買って好きにするのも何もかも」
「人によっては天国にも地獄にも見える場所ってことか」
「いいね、その言葉気に入った」
ボソッと呟いたリュートの言葉が勝手に気に入られてしまった。
数メートルは距離があって聞こえないはずなのに、普通の人間より聴覚が高すぎる。
下手に言葉に出せないようだ。
「そんでもって、今から五日後にこの国で一大イベントが行われる。
その名も“天獄物品オークション”。きっと攫われた子供達もここで売られるよ」
天獄物品オークション......その名の通り、ここ金檻の箱庭で行われる一大オークションである。
このオークションにはここに住む金持ちがありとあらゆるところから集まり、地方からも有力貴族がこぞって集まって来る。
売りに出される品は何億もの金が動く物品だったり、身に付ければ呪われるアイテムだったりと色々だ。
また、三日間行われるその催しはオークションだけではなく、前半と中間の二日間では「監獄デスマッチ」と呼ばれる賭け事が行われる。
その賭け事は所謂ショーであり、参加は自由だが、おおよそ参加者達の殺し合いである。
「そんなイベントは俺が来た時には無かったが」
「ガルバンが三年前に始めたことさ。年に一回行われるから、今年はこれで三回目」
リュートの言葉に反応するバリアン。
相変わらずこっちにずっと意識が向いている気がする。
バリアンは全員を見渡すと、一度手を叩き言った。
「さて、これで僕が今出せる情報は終わりかな。
これ以上は、僕を仲間にするかどうかで決めて欲しい」
その言葉に眉を寄せたのはリゼだった。
「あんたを仲間にする? 確かに、あんたは随分と自分の主人の情報を売ったけど、それで信用できる人物だと思ってんの?」
「まぁ、厳しいだろうね。でもでも、僕は捕まえたそこの男の人達に危害を加えてないし、それどころか一生遊んで暮らせるような大金を提供してあげたんだよ?
普通は情報ってとってもお金がかかるのに」
「話は聞いた。だが、見方を変えれば、お前が手に負えなくなった危険を俺達を巻き込んで回避させようってのにも聞こえる。
なんたって、ここには英雄って言われた血濡れの狼がいるんだからな」
ソウガの親父は冷静にバリアンとの距離感を保つ。
色々吐き出したい感情があるのは、腕組みに力が入ってることから証明できた。
情報の大盤振る舞いをしたにもかかわらず、信用がイマイチ得られていないバリアン。
しかし、ずっと彼の表情が崩れることは無かった。
まるで笑みしか表情がないかのように。
バリアンは肩を竦める。
「仕方ない。なら、その血濡れの狼が信用したら信用してくれるでいいかな?
さすがにこれ以上、ここを貸し切りにも出来無いしね」
「あんたにリュートを? 無理に決まってるわ」
「それはやってみないとわからない。そうだろ? 愛しの狼さん」
バリアンが視線を投げかけて来る。
腕を組んだ状態のリュートは少し考えてから答えた。
「具体的には?」
「これから、君には僕と二人っきりになってもらう。
なーに、変なことはしない。ただ君にはいい加減本当の姿を見せたいんだ」
リュートはチラッとリゼ達を見る。
彼女達が了承したのを確認して、言葉を返した。
「わかった」
「助かるよ」
リゼ、ソウガ、ソウガの親父、ダンサー達が一斉に廊下に出ていく。
その際、リュートに通り過ぎるリゼが言った。
「何かあったら呼びなさいよ」
「あぁ、頼りにしてる」
やがてだだっ広い会場にはリュートとバリアンの二人っきり。
念のため周囲の気配を確認したが、特に何かが潜んでいる様子はない。
リュートは口を開く。
「さ、これでお望み通り二人っきりだ。それで? お前は何をして俺を信用させるつもりだ? 言っておくが――」
「洗脳系とか催眠系とかは使わないよ。使えないし。
それに君には生身の僕を見て欲しいんだ。
というか、まだ気づかないの? ダーリン」
リュートの眉がピクッと反応する。
ハルウェスにも言われた言葉だ。
仮に彼女から情報を受け取っていたとしても、男相手にこの言葉を使うだろうか。
加えて、その言葉には多少聞き覚えがある。
「僕は君のことを何でも知ってるよ? 身長は181センチ、体重72キロ。
髪色は後天的で、お肉料理が好きで、それと一緒ぐらい甘いお菓子も好き。
お酒は仲間と一緒によく飲むけどそこまで強くないし、飲み過ぎれば妹ちゃんに怒られる。
それから――」
「知り過ぎだ」
リュートの目つきがギラついた。
溢れ出る怒りのオーラが狼に具現し、いつでも首を噛み切れるぞと言わんばかりに圧をかけている。
腕にはいくつもの青筋が走り、辛うじて剣を抜くまでに至っていない。
しかし、それもどのくらい持つか。それは相手の言葉次第。
「そんな睨まないでよ。でも、君のそんな貴重な姿を見れてむしろテンション上がっちゃった。
安心してよ、もうこれ以上怒らせるようなことは言わない。
君には僕の姿を見て欲しいんだ。それから、信用するか決めて欲しい」
バリアンは確信的な笑みを浮かべた。
リュートとバリアンが二人で部屋にこもっている間、廊下で待っていたリゼはずっと壁に寄りかかっていた。
腕を組んでは、人差し指をトントンと動かす。
尻尾はバシバシと壁を叩き、耳はずっと壁の向こう側を聞くように向いている。
音漏れで何か聞こえてこないかと思ったがそんなことはなかった。
防音施設になっているのかまるで聞こえてくる様子はない。
リゼは小さくため息を吐くと、気分を変えるようにソウガに話しかけた。
「ソウガ、あんたってここ出身だったのね。知らなかったわ」
「まぁ、誰かに言ってきたわけじゃないからな。
むしろ、お前のような守銭奴がここにいること事態俺は驚いたぜ」
その言葉にリゼはムッとする。
「誰が守銭奴よ」
「いや、だってお前は周りに誘われても絶対に断ってたし、一番驚いたのは学院外の店で猛烈に値切り交渉してたことだな」
リゼは自分の恥ずかしい姿が見られていたことにカーっと顔を赤くする。
しかし、返答は努めて冷静に返した。
「随分私のことを見てたのね」
「言っておくが男嫌いのお前は割と有名だったからな?
ナハクは別だったが。まぁ、アイツはパッ見人懐っこい犬だもんな。
そんなお前が今や男といるなんてな」
「色々あったのよ。めんどくさい色々がね」
リゼは目を瞑った。
その姿を見てソウガは怪訝な顔をしながら頭をかく。
するとその時、二人の会話に入るようにソウガの親父が混ざった。
「ソウガがここまで気兼ねなく話すとはな。これが良いもん見たもんだ。
そういや、自己紹介がまだだったな。
俺はバリューダ組の頭をやってるボルトンつーもんだ。
よろしくな、嬢ちゃん」
「私はリゼ。ソウガとは学院繋がりで知り合いなだけよ。
優等生として多少のかかわりがあったし、当時では私が話したことある数少ない男子の一人」
「それでも構わんさ。俺としちゃ、ソウガに普通に仲良くしてくれる相手がいるだけな。
この世界じゃどうにもこうにもメンツと力が関わってくるから、
ボルトンがソウガを見る目は慈愛を帯びていた。
確か、ソウガからは血のつながりのない父親と聞いている。
しかし、送られる視線は本当の息子に向けるようだった。
その視線がリゼは羨ましくなったし、懐かしくもなった。
父親からそのような視線を送られることは無いが、代わりにリュートから信頼のような目はされる。
それにあの優しさはお母さんが見てくれているような感じだ。
そういえば、そろそろ手紙でも書いてあげなきゃ。
きっと妹達も旅の話を聞きたがってるだろうし。
「ソウガ、家族は大切にしなさい」
「? あぁ、それは当然そのつもりだが......」
リゼは帽子のつばを少し下げ、ソウガに助言した。
自分が失ったことを友人にも同じ経験をさせるわけにはいかない。
それにどうせ首を突っ込んでくるあのバカにも重荷を背負わせないために。
リゼの言葉にソウガは首を傾げつつも、その話題には触れずに別の話題を出した。
「にしても、お前があの英雄と呼ばれた奴と一緒にいるとはな。まさかあんな若いとは思わなかったが」
「それに関しては私の方が聞きたいわよ。
ボルトンさんは何か知ってる? 確か戦場に行ったんでしょ?」
「行ったには行ったが、いた場所は前線じゃなかったしな。
それあそこはいくつもの修羅場をくぐってきた俺ですら行きたくないと思ったほどだ。
まるでそこにいるだけで死の瘴気に当てられて死ぬような、そんな地獄の環境。
戦争が終わってしばらくした後に訪れてみたが、もはや人が歩けるような感じじゃなかったな」
「そんなところにリュートが......」
もしかしたら、いや、もしかしなくても私はリュートのことを何も知らない、とリゼは思った。
まさかあの人類の英雄と呼ばれた存在がリュートだとは。
なんで教えてくれなかったのと聞いても、きっと「聞かれなかったから」と済ませられるだろう。
しかし、知ってしまった今は気になる。
もっと知りたい――リュートのことが。
その中に力になれることがあるかもしれないから。
――ガチャ
ドアが開く。
リュートとバリアンが歩いてきた。
バリアンが相変わらずニコニコしてることにはイラっとしたが、それよりもリュートだ。
リュートはなんだか悩みの種が増えたように頭を抱えている。
そんな状態で彼は言った。
「皆、聞いてくれ。事情は後で話すから、今は結論だけ。
この男......コイツは信用できる奴だ」
「ふふ~ん、僕ちゃん大勝利~!」
「ハァ!?」
リゼは開いた口がしばらく塞がらなかった。
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