第50話 血濡れの狼

 バリアンが案内してくれたVIPルーム。

 誰もいないその会場の中心には対象生徒のソウガと、老年の男性の姿があった。

 それがわかったのはリゼの発言によるものだった。


 目の前にいる赫みがかった黒髪の青年がソウガとわかってから、リュートの目つきが一気に鋭くなる。

 これまで抱いていた友好的な視線から一変して、ギラついた威圧的なものへと変わった。


「バリアン、これはどういうことだ?」


「どういうことって? そのままの意味だよ。

 ほら、彼ら二人でしょ? 君達が探してた人物って」


 バリアンはリュートの威圧を意に返さず、飄々と言ってのける。

 その態度にリュートは僅かな違和感を感じ取った。

 まるで害意が感じられない......? と。


 一方で、リゼは素早くソウガの方へと向かった。

 その行動を早計だと思ったリュートであったが、特に何もなく彼女はソウガの所へ辿り着く。


 リゼはソウガの口に結ばれていた布を外し、さらに後ろ手で結ばれていた縄を解いた。


「ソウガ、あんた、大丈夫なの!?」


「リゼか。なんでお前がここにいるかわかんねぇが、とにかく助かった」


 ソウガは強く結ばれた手首を擦りながら、リゼの感謝の言葉を送る。

 そして、彼はすぐに隣の男性の縄を解き始めた。


「親父も大丈夫か?」


「あぁ、思ったより外傷がなく捉えられたからな。それがかえって不気味だが」


「あんたは魔法が使えないんだから無茶すんじゃねぇよ。

 とまぁ、同じく捕まった俺が言えるセリフでもないんだけどな」


「嬢ちゃんも助けに来てくれて助かった。にしても、なんであの男と一緒なんだ?」


「さぁ、勝手に気に入られて連れてこられただけよ。真意は全く分からないわ」


 リゼはバリアンの方へ視線を向けた。

 その目つきはリュートと同じく鋭い。


 すると、目の前で捕まえた人間が解放されてるにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべるバリアンはゆっくり歩き始めた。

 向かった場所はこの部屋にあるのステージ台。


 バリアンは大きく両手を広げる。

 そして、これから演目を紹介する司会者のように大きな声でしゃべり始めた。


「レディース、アーンド、ジェントルメン。

 今宵は僕のための“再会”に参加されたことまことに感謝申し上げる。

 もちろん、ここにあるあらゆる監視網は遮断してあるから存分にくつろいでくれ」


 バリアンはパチンと指を鳴らす。

 瞬間、社交ダンスでも行われるかのような音楽が流れ始めた。

 同時に、扉から大量のダンサーが現れ、音楽に合わせて優雅に踊り始める。


 その光景にリュート達は頭が追い付かなかった。

 これが富裕層の遊びなのか、はたまたバリアンという男の異常性を表しているのか。

 もしくは、これは全て罠なのか。


「これまで、僕の人生は長く険しいものだった。

 この地位に着くまでに色々な人になり、時には男性、時には老人、時には子供にも。

 こんなにもこの地位を求めた理由は一つ!

 僕には人生を賭けてでも会いたい人がいたのさ!」


 バリアンの嬉々とした演説は止まらない。

 周囲のダンサーを警戒していたソウガ達であったが、まるでこちらの姿を無視して踊る姿に頭を悩ませる。


 一方で、バリアンの発言のおかしさに気付いたリュートは顎を手に当てる。

 そして、バリアンの一挙手一投足に対して、見逃さないように注意深く観察を始めた。


「始まりはしがない義賊をやっていたことが始まりだった。

 僕はずっと世のため人のためと思って、仲間と一緒に行動してきた。

 しかし、その仲間が僕の想いを裏切っていて、果てには僕を殺そうとした。

 そんな時、僕は当時一人の少年によって助けられた!」


 話を聞いていたリュートはやたら思い当たる節があった。

 傭兵の仕事は基本一日濃い内容ばかりなので、古い記憶は特に更新されやすいが、それでもバリアンの言っているような出来事があった気がした。


「その少年は僕より年下ながらも、気高く誇り高く、そして惚れ惚れするほどカッコよかった!

 やがてその少年は大きな偉業を成し遂げる!

 それは今より四年前! アルガニスタ平原において行われた魔族との大激突!

 後に、人魔激烈死戦と呼ばれる人類と魔族の一大決戦さ!」


 バリアンの言葉を聞いた直後、リゼは呟く。


「今の話、聞いたことあるわ。というか、学院でもその戦いに関しては関わっていたしね。

 私はその当時まだ十二歳だったから裏方の方で、物資支援をしてたけど。

 確か、ソウガはその戦争に関わってたんだっけ?」


「まぁな。つっても、俺は後方でどっちかっていうと魔族が戦力として率いた魔物が、堅気に被害が出さないように倒してたって感じだけどな。

 にしても、その話が出たからって一体あの男は何が言いてぇんだ?」


 ソウガは首を傾げる。

 すると、隣で話を聞いていたソウガの親父が口を開いた。


「さあな、この世界に住む人間は欲が満たされるほど頭がバカになっちまうからな。

 とはいえ、あの戦争で少年が偉業を成し遂げたって話は聞いた事ねぇぞ。

 あの時で偉業を成し遂げっていや、“血濡れの狼”って名付けられたの傭兵って話しか知らねぇぞ」


「それは偽りの情報さ。若い少年を守るための当時の傭兵達によって意図的に作り出されたもう一つの真実。だけど、僕はそれが嘘だと知っている」


 社交ダンスするダンサー達をモーセの海割のように道を作りながら、バリアンが近づく。

 リゼ達がいる場所からは十数メートルは離れていて、さらに音楽もなっているのに、まるで近くで聞こえたかのように話してくる。


 ソウガの親父は「あの距離で聞こえるのかよ」と愚痴を零した。


「僕は元義賊だからね。情報を集めるのが趣味みたいなもんなんだ。

 そして、当然ながらそんな大きな話題は嫌でも耳に入って来る。

 そんな時、僕の耳に衝撃的な事実が入ってきた。

 僕を救ってくれた少年が、人類においての稀代の英雄“血濡れの狼”だったとね」


「それが嘘だって一体どこから出るのよ。そもそもあんたが情報屋って話も怪しいわ」


「それなら真実を知る人物に話を伺おうじゃないか」


 バリアンはパチンと指を鳴らす。

 直後、音楽が止まり、部屋が暗転し、同時にスポットライトが彼を照らす。


「それではあの大戦の生き残り。そして、人類の希望の光“血濡れの狼”ご本人の登場だ!」


 バリアンの宣言直後、もう一つのスポットライトが暗がりを照らした。

 そこには一人の赤髪の青年の姿があった――リュートだ。





「え!?」


 一番驚いた声を出したのはリゼだった。

 彼女は学院に通って来た頃から血濡れの狼の逸話は飽きるほど聞いてきた。

 何しろ、その戦いに支援部隊とはいえ、参加したのだから。


 あの戦いは凄惨を極めたほどだった。

 数はあまり多くないが、通常膂力や魔法技能が人族より優れている魔族が百人規模で徒党を組み、さらには何百もの魔物を従えて攻め込んできた。


 それに対し、人類側は人族、獣人族、森人族エルフ鉱人族ドワーフが協力して作り上げた人類連合が対抗した。

 その中には闘魔隊のメンバーや各地で魔物を処理していた傭兵団も召集するほどだった。


 この戦いで人類側の未来が決まる。

 そう言われるまでに行われた激しい戦い。

 魔族側と人類側の両方ともに多大なる戦死者や負傷者を出した。


 人類側は徹底抗戦したが、それでも魔族は強く、さらには味方が減る一方の人類に比べ、魔族はいくらでも魔物を呼び寄せることが出来た。

 つまるところ、人類側は防戦一方という状況で、ジリ貧に等しかった。


 そんな状況を一変させたのが、“血濡れの狼”という人間が所属する銀狼の群れ傭兵団だった。


 その傭兵団自体も巧みな連携で他の傭兵団よりも強さを見せた。

 だが、一番の活躍を見せたのは正しく“血濡れの狼”だった。


 その人物は身の丈以上の大剣を振り回し、多種多様な魔法を駆使して戦場を駆け抜けた。

 迫りくる魔物を鎧袖一触でなぎ倒し、襲い来る魔族の強攻にも身一つで蹴散らした。


 そんな話を負傷者の治療支援をしているリゼは聞いた。

 話だけを聞けば、それらの情報から想像するのは間違いなく筋骨隆々の大男にして、長年戦い歩いてきた歴戦の猛者だろう。


 それがまさか今までずっと連れ添い歩いていたリュートとは思うわけがない。

 そもそもその戦いに参加していたとすれば、彼は当時十五歳だ。

 今の自分よりも一歳低い年齢であの激戦を生き抜いたということになる。


 リュートが銀狼の傭兵団所属ということは、本人の口から聞いたことだから知っていた。

 しかし、まさかずっと話してきた人物が“血濡れの狼”だとは思うまい。


 確かに、話を聞いてから人類の英雄と呼ばれたその人が所属する傭兵団が潰されたという話は、なんとも不可解な話だとは思ったが。


「リュート、今の話って本当なの......?」


 リゼは訝し気な目をしながら聞いた。

 別にそれを知ったところでどうということは無いが、単純にバリアンの話が本当かどうか気になったのだ。


 スポットライトに照らされながら、腕組みをするリュート。

 彼は「別に隠してたわけじゃないが」と枕詞を挟むと答えた。


「あぁ、そうだ。俺はその戦いに参加し、生き残った存在。

 んでもって、わけあって俺が代表として立つ代わりに、別の傭兵団の人が代わりに立ってくれたんだ」


「ってこたぁ、俺達が聞いてた老年の戦士ってのは、お前達傭兵団が作り上げた架空の英雄ということか?」


「いや、実在はする。新聞とかでも大大的に取り上げられたはずだ。

 ただ、その人には俺が背負うはずだった肩書の重さを代わりに背負ってくれてるだけだ。

 そん時の俺はまだまだ青臭いガキだったからな。ま、それは今も変わらないか」


 ソウガの親が言った言葉に対し、リュートが答えた。

 それは事実を認めるもので、それを聞いた私も驚かないほかなかった。

 にしても、まさかリュートがあの“血濡れの狼”だったなんて。

 想像にもしていなかった。


「にしても、まさか俺達傭兵団の中でしか真実を知らない者がほとんどなのに、よくそんな事実を知ってたな。傭兵に伝手でもあったのか?」


「まぁね。僕が君の知り合いだって言ったらすぐに教えてくれたよ」


 バリアンがサッと答えた。

 同時に、明かりをつけて部屋全体を明るくしていく。

 さっきからこの男は相当な演出家好きね、とリゼは思った。


「傭兵団は話好きの自慢好きだが、俺のことで取り決めた奴らは全員信用できる奴らだ。

 それに、言っておくがその異名は人類側がつけたもんじゃない。

 相手側――魔族が俺に対してつけた名前だ。その名前で有名になっちゃいるがな」


「ふ~ん、つまり何が言いたいの?」


「俺の知り合いの傭兵に聞いたとすりゃ、絶対にその呼び方はしねぇってことだ」


 言い換えれば、その発言自体が魔族と繋がっているという発言になる。

 その言葉にリゼの体に一気に緊張が走った。


 しかし、バリアンは変わらず涼しい顔をしている。

 まるでこの状況に対しても切り抜けられる策があるかのように。


 バリアンはリュートの言葉を聞いて「うんうん」と頷く。

 そして、笑みを浮かべながら言った。


「流石にここまで気づかれないとなんだか悲しくなちゃうな~。

 ま、それだけ僕の印象が薄いというのなら、忘れないように上書きするだけだけどさ」


「いい加減その知ったかぶりはやめておけ。

 確かに、気になることはあるが、お前の顔は知らん」


「なら、思い出してもらおうか。なーに、すぐにわかるよ。

 そんでもって、思い出してもらうための耳寄りな情報を一つ。

 僕はそっちのバリューダ組が求めてる子供達の情報を知っている。

 さて、ここで話を聞くかどうか。どっちにする?」

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