第49話 馴れ馴れしい青年

 バリアン=ロークウェン。

 ここ金檻の箱庭において、実質的王の立場に位置するガルバンの右腕である。


 見た目の若さは成人したばかりのティーンでありながら、卓越した情報力と暗躍に向いた思考、いつの間にかそばに居る神出鬼没でもってすぐにその地位についた青年だ。


 プロの画家が塗ったような鮮やかな水色の髪、すぐさま警戒心を解いてしまうような明るい表情。

 青年としてはやや小柄ながら、アイドルグループに所属するような甘いルックスは、ここでは非常に目立つ。


 そんな気さくな青年が絶賛めんどくさい成金小男に絡まれていたリュートとリゼを助けた。

 その出来事に二人は目を見開く。


「バリアン、お前のような男が何の用だ」


 一方で、表情では怒っていても、へっぴり腰をしている小男はバリアンに尋ねた。

 その言葉にバリアンは明るい笑みを浮かべて返す。


「え~、酷いな~。まるで僕がここに居ちゃいけないみたいじゃん。

 それに僕だってたまには田舎の空気が吸いたくなるものだよ」


 バリアンの発言は小男に留まらず、周囲の人達の心境にも影響を与えた。

 それもそのはず、このカジノ施設を“田舎”と称したのだ。


 このカジノ施設はどんな人物でも金があれば、逆転のチケットが与えられる。

 気軽に遊ぶもよし、元手を増やすのもよし、人生を賭けた大博打に出るもよし。

 たったこの施設でも人生に大きく左右するお金が手に入ったり、失ったりする。


 されど、誰でも入れるという以上、一口に賭けるレートはあまり高くない。

 高くないといえど、マックスで人生を遊んで暮らせる程度のお金は稼げるのだが、それでもこの箱庭に住む上流階級からすればはした金である。


 ここで成金となって威張る人間の一日消費するが十万前後だとすれば、上流階級はゼロの桁が二つほどは増える。


 故に、上流階級に住むバリアンからすれば、ここは田舎なのだ。

 ここに来る気分はさながら都会の喧騒が鬱陶しく感じ、田舎の静けさを求めた感じだろう。


 バリアンの一言は一瞬にして、この箱庭のシステムを理解している人間達を敵にした。

 されど、逆らわないのは金の力であり、彼が王の右腕という強力な立場に立っているからだろう。


 ここに住む者は分かっているのだ。

 機嫌を損ねれば死よりも悍ましいものがまっていると。

 そのためか、バリアンに目をつけられた小男に対して、同情的な視線が多かった。


「ん~? なんだい? 何か物申してみたいことでも?」


 小男が額に青筋を走らせ、やがて沸点を超えたのかバリアンにビシッと指をさした。


「お前達、この男を黙らせろ!」


「「......」」


 小男はボディーガードの黒服に指示を出すが、二人は微動だに動かない。

 その事に小男は焦りを感じ、二人を見ては再び指示を出すが、終ぞ二人が動くことは無かった。


「どうしたの? 黙らせるんじゃなかったっけ?」


「......っ!」


 小男は怖気づいたのか一歩、また一歩と後ろへ下がる。

 その様子を目つきを細くして見ていたバリアンは続けて言葉を言った。


「良かったね、おっさん。今日のあんたは最高にツイてるよ。

 なんたって、今の僕は最高にハッピーな気分なんだ。

 だから、たったこの瞬間で人生終了のベルをきくことは無かったよ。

 つーわけで――これ以上テンション落としたくねぇから、さっさと消えろ」


 突然スッと真顔になってドスの効いた声を出すバリアンに、黒服二人は小男の両脇を抱えてすたこらさっさ。

 あっという間にこの店から出ていった。


 小男の姿が消えると、バリアンは途端にニコッと笑みを戻す。

 女性陣を虜にするアイドルスマイルの完成だ。

 彼はようやく一方的に肩を組んでいた腕を放し、リュート達を解放した。


「さてと、騒がしくしちゃってごめんね。大丈夫だった?」


 気さくに声をかけてくるバリアンに、リュートとリゼは顔を見合わせた。

 テンションのふり幅にちょっとびっくりしているのだ。


「あぁ、おかげ様で大丈夫だ。丁度めんどくさいのに絡まれてて、どうやって切り抜けるか考えてたんだよ。助かった」


「あんたのおかげで穏便に済んだわ。

 アレ以上舐め回されるように見られたら蹴ってしまう所だったから」


「それは良かった。実に僕のおかげってわけだ」


 バリアンは非常にテンションが高いのか、声色も高ければ、身振りも大きかった。

 そんな様子を冷静に見つめるリュート。

 彼は分かっている。

 こういう時は大抵裏があると。


 欲にまみれた存在が助けに来る場合は大体それで終わることは無い。。

 稀に損得抜きで助けてくれる人はいるが、この箱庭では絞れるものは絞りつくすのが常識。


 誰かが誰かを助けた時――十中八九打算だ。

 それこそ、カジノに勝てないリュートに一人のおっさんが近づいたように。


「で、あんたは俺達を助けて何を望むんだ?

 多少の謝礼は払えるが、それ以外となると場合による」


「おやおや、僕は全くもって百パーセント善意だってのに疑ってるのかい?」


「こんな箱庭ばしょじゃなければ、お礼してバイバイよ。

 でも、こんな所だから裏を見なきゃいけないの。

 あたしもこっぴどく騙されたわけじゃないけど、もうわかるわよ」


 訝しむリュートとリゼ。

 彼らの言葉に対し、バリアンはニヤリと笑った。

 周囲の客が目をつけられない様にこっそり見守る。


「へぇ~、望んでいいんだ。なら――」


 バリアンはバサッと両腕を広げた。


「二人を抱きしめていいかな?」


「「.......はい?」」


 突然の言葉にリュートもリゼも首を傾げる。

 要求内容があまりにも予想外で、二人とも一瞬思考が追い付かなかった。


「抱きしめちゃうよー!」


「わっ!」「きゃっ!」


 ぎゅーっと少し力を入れて抱きしめるバリアン。

 同時に腕に抱えられたリュートとリゼは増々頭が混乱していく。


「クンクン、クンクン......」


「ちょ、ニオイ嗅がないでよ!?」


「ぷはーっ、素晴らしいニオイだ。二人とも気に入っちゃったからね。とーっても興奮する」


「今度は男に口説かれるのか......」


 それからしばらくの間、バリアンに抱きしめ続けられた。




「ふんふふ~ん♪ ふふんふ~ん♪」


 バリアンが上機嫌に廊下を歩く。

 現在、VIPルームへと向かう地下階段を降りている最中だ。

 というのも、リュートとリゼは一悶着あった後、バリアンに案内されてるのだ。


 バリアンの意図の分からない行動に振り回されながらも、依然何かを企んでる様子は無し。

 ただただテンションが高いといった感じで、それがかえって不安を抱かせる部分もあるが。


 バリアンの後ろ姿を見ながら、リュートは話しかけた。


「どうしてそこまで俺達に良くしてくれるんだ?」


 リュートはバリアンの行動原理に頭を悩ませていた。

 バリアンが上機嫌だから親切にしてくれる――それは構わない。


 だが、初対面で絡まれてるところを助けられるという部分で、彼に“気に入られる”様子がどこにもないのだ。


 あの時、小男とのやりとりはリュート達の意見を介さないバリアンの独壇場だった。

 つまり、バリアンとの会話はほぼない。

 強いて言えば、小男がカジノの外に出ていった直後に少し話したぐらいだ。


 リュートとて他人の好意にとやかく言うつもりは無い。

 しかし、金檻の箱庭この場所は親切が必ずしも善意であるとは限らないのだ。

 むしろ、無償の善意ほど警戒しなければいけないといっても過言ではない。


 故に、バリアンという男を理解するため、少しでも情報を欲して声をかけた。

 リゼもおおむね同じ気持ちのようで、バリアンの返答に耳を立てている。


「さっきも言ったけど、気に入ったからだよ」


 バリアンは変わらぬ笑みを浮かべて答えた。

 リュートは続けてその言葉を突く。


「その言葉が純粋なものなら嬉しいもんだ。

 だが、あいにくこんな環境だとそれすらも疑わなければ、痛い目を遭うのはこっちだ。

 だから、その気に入ったという根拠を知りたい」


「言っておくけど、安易に嘘をつかないことをオススメするわ。

 集中した時の獣人の五感は早々に騙せるものじゃないから」


 リゼが睨むようにバリアンを見る。

 バリアンの行動を警戒しているようで、視線の圧は一挙手一投足を見逃さんばかりだ。


「アハハ、信用ないな~。大丈夫、獣人の五感の鋭さは身に染みるほど理解してるから」


 バリアンは一つコホンと咳払いする。

 そして、リュート達に体を向け、後ろ向きに歩き始めれば質問に答え始めた。


「まず単純に声が気に入ったかな。ほら、落ち着く声とか元気になる声ってあるじゃん?

 二人が正しく僕にピッタリな相性の声だったわけだ」


「嘘はついてないようね」


「つく必要も無いからね。で、次は二人の性格かな」


「性格なんてそれが分かるほど話してないだろ?」


 リュートが腕を組んで首を傾げる。

 その態度に対し、バリアンはチッチッチッと人差し指を振った。


「いやいや、それだけでわかるんだよ。

 というより、僕は既に二人のことは十分に知ってるからね。

 時に相手を利用して騙す豪胆さに、好きな人がちょっかい出されたら怒っちゃうところとか」


「「っ!?」」


 リュートとリゼは冷や汗をかいた。

 なぜなら、そんな話題はバリアンと一度も話したことないからだ。

 相手が知らないはずの情報を知っている。

 それも行動を伴ったような情報を。

 そんなの見ていないと不可能だ。


 その言葉を聞いて、リゼは何か一つ思い当たる節があるのか、顎に手を当てて考え始める。

 そして、それを確かめるように質問した。


「ねぇ、あんた、ハルウェスって女の人と知り合いだったりする?」


 バリアンは少し目を見開いた。

 しかし、すぐに元に戻すと質問の意図を尋ねる。


「どうしてそう思ったの?」


「さっきのあんたの発言。さすがにあの短いやりとりで私達の、それも過去の行動を言当てられるなんておかしいわ」


「当てずっぽうかもしれないよ」


「それにしては出来過ぎてる。それに何より、あんたからはハルウェスと同じニオイがする。

 結構ベッタリなほどついているから、あの人ってあんたの彼女だったりするんじゃないの?」


 リゼの質問に、バリアンはパチンと指を鳴らした。


「惜しい! 実に惜しいとこを言ってるよ!

 確かに、僕は彼女を知ってる。だけど、僕は彼女と会っていない。

 それに僕が持つ情報は誰にも教えられてもらってない僕だけのものだ」


「それじゃ、本当に君は当てずっぽうで言ったって主張する気か?」


「僕は可能性を提示しただけ。それについてはノーコメント。

 だって、そっちの方が僕に興味を持って、僕のことを見続けてくれるでしょ?」


 バリアンはまるであざとい女性のように人差し指を唇に当てた。

 なまじ美青年だけあってとても絵になる。

 ノンケのリュートも少しばかりドキッとしてしまったぐらいだ。


「ぐふっ」


 突然の相方からの肘打ち。

 確認するように視線を向ければ、背中に般若を背負っていた。

 「集中しろ」と全力で圧をかけてきている。


「着いたよ。ここがVIPルーム」


 バリアンが立ち止まった。

 そこは何の変哲もない扉だ。

 加えて、扉の奥からカジノ特有の騒がしい音が聞こえてこない。

 防音機能がしっかりしているのだろうか。


 バリアンは両開きのドアの取っ手に手をかける。

 すると、開ける前にリュート達に言った。


「あ、そうそう、そう言えば、僕は君達にをあげてなかったね」


「ご褒美?」


「あぁ。君達が望む情報さ」


 バリアンは扉を開ける。

 すると、そこは百人は入れるパーティー会場だった。

 また、その会場の真ん中では二人の男が縛られた状態で放置されていた。


 一人はリュートと同じぐらいの青年で、もう一人は更けているが威厳のある顔立ちをした男。

 その一人を見て、リゼは言葉を零した。


「ソウガ=ユークリッド‼」

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