第48話 絡まれる二人
引き続き、ハルウェスとの勝負。
見た目からの条件から彼女の職業を絞り込んでいくリュートとリゼ。
一方で、そんな話を聞き居ているハルウェスは楽しそうに「続きを聞かせてくれる?」と促していく。
リュートは顎に手を当てて、「そうだな」と考える。
「そろそろ一つ目の質問でもしてみよっかな」
「えぇ、いいわよ。なんでも聞いて?」
「それじゃ、これまでどんな相手と商売してきたんだ? 覚えてる限り列挙してくれ」
「そうね......」
ハルウェスは腕を組み、顎を上げた。
少しするとポツリポツリと相手の職業を挙げていく。
「冒険者から平民、貴族、成金、闇の住人、ギャング.......時には某国の姫様なんてこともあったわね」
「あんた女もイケるの?」
「気に入ったらイケないことは無いわよ?
でもまぁ、基本的には男の方が好きよ。
もっとも、心だけは特別な人にしか渡さないけど」
ハルウェスはリゼの言葉に微笑んで答えた。
一方で、リゼは女もイケるということを知ってしまい、一人ゾッとしていた。
何かモザイクがかった考えが頭の中をよぎる前に頭を横に振った思春期乙女は、意識を逸らすようにリュートに話しかけた。
「リュート、それを聞いたってことは当然何か意味があるのよね?」
「まぁな。リゼも聞いただろ? この人はなかなかのやり手の人物だって」
「ふふっ、褒めたって夜のサービスしか出ないわよ。おすすめは口よ?」
ハルウェスはウインクしながら、ぷりっとした唇に人差し指を当てる。
「私が監視している以上、リュートに指一本触れさせないわよ」
ハルウェスを警戒するリゼ。
その姿はまるで子供に近づく外敵を威嚇で追い払う母猫のようであった。
そんな威嚇に対して、ハルウェスはどこ吹く風で笑った。
「それで聞きたいことはそれで終わり?」
ひとしきり笑ったハルウェスはリュートに尋ねる。
リュートは腕を組んだ。
「う~ん、今整理中。リゼも何か質問していいぞ?」
「そうね......なら、私からも一つ。あんたから獣人特有の獣っぽいニオイがするのだけど、ここに来る前に獣人族の人と話してた?」
その言葉をハルウェスはじっと聞き、やがて小さく肩を落とした。
「えぇ、そうね。
でも、強めの香水の匂いでかき消えてると思ってたのだけど」
「獣人の鼻はそう簡単にごまかせないわよ。けど、おかしいわね。
だとすれば、さっきからずっとニオイがするってことは無さそうなんだけど。
これだけの人がいて、確かに獣人族もいるけど、このカウンターにはしばらく獣人族は来てないし」
リゼが腕を組んで悩む。
一方で、リュートはリゼを横目で見ながら、何やら深く考え込んでいた。
「それじゃ、二つ目の答えはこれでいいかしら?
残り1つ質問が残ってるけど、このまま聞く?」
ハルウェスの言葉を聞き、リュートはリゼに尋ねた。
「最後の質問もらっていいか?」
「えぇ、いいわよ。正直、考えてるけどこういうのは苦手だわ」
「確かに、考えるよりも行動するタイプに見えるしな」
「なによ、脳筋って言いたいの?」
ギロッと睨むリゼに対し、涼しい顔でそっぽ向くリュート。
この男は最近ツンデレ乙女の匙加減が分かってきたのだ。
こういう返しの時は存外怒ってないってことを。
リュートはハルウェスに体を向ければ、そっと右手を差し出した。
その手をじーっと見つめるハルウェス。
「えーっと、これは一体......?」
「全力で握ってみてくれ。質問じゃなくてお願いだけどな」
「あんた、ついにお触りしたくなったのね! 私の尻尾で我慢しときなさいよ!」
「違うから落ち着きなさい」
リュートはどうどうとリゼをなだめていく。
しかし、思春期ツンデレ乙女としては意識してる相手がよその、それも自分よりもスタイルも色気も相手と握手するだけでも気が気ではないのだ。
まるでマジシャンのマジックを見破るが如く、じーっと手元を眺め始めた。
「い、いいの? 本当にいいの?」
ハルウェスがチラチラと見ながら、戸惑っている。
頬を赤らめ、期待と不安が入り混じったかのような表情はまるで純情な乙女のよう。
先ほどまで大人の余裕が見えていた雰囲気から一変しての、甘酸っぱい雰囲気にリュートも思ってもいない戸惑いを見せた。
「頼んできたのはそっちだからね!」
まるでリゼが言いそうなツンデレテンションとは裏腹に、リュートの右手に伸びるハルウェスの右手は腫れ物を触るように慎重だ。
指先がリュートの手に触れればビクッと離す。
しかし、リュートが手を避けないことがわかると、ゆっくり手のひらを合わせていった。
「ハァ......むっ!」
口から何かが漏れかけたのを必死に手で押さえるハルウェス。
小刻みに震えている手はもはや握るどころではなかった。
なぜなら、今の彼女の手は握ることで精一杯なのだ。
そんな彼女を見てリゼの焦りと嫉妬のボルテージが上昇していく。
「あ、あの、これが全力?」
リュートが聞けば、ハルウェスは全力で首を縦に振った。
今の彼女には本当に精一杯の握手なのだ。
「なら、これで終わりで良いわね!」
「あっ」
リゼがリュートの手を掻っ攫うように取り上げた。
突如として温もりだけが残った手にハルウェスは名残惜しい声を出す。
しかし、すぐにリュートが戸惑った様子で見てくるのに気が付けば、コホンと一つ咳払いして元の調子に戻る。
「ふふっ、ごめんなさい。つい、久々に若い子に触れて興奮してしまったわ」
「それで誤魔化せる次元はとっくに超えてると思うんだがな」
キリッとした表情でなんとか取り繕おうとしているハルウェスだが、さすがにあの態度の後では難しいだろう。
しかし、ここは紳士リュートである。
あえて話題に触れずに、本題を話し始める。
「まぁ、俺が望む結果ではなかったが、おおよその検討はついた。
だから、ここからは俺の推理を聞いてもらおう」
「えぇ、わかったわ。私としても落ち着ける時間があるのは助かるわ。
全然心構えが出来てなかったから、つい心を乱してしまったし」
「それはもう乱しまくりだったわね」
リゼの鋭い睨みに対し、ハルウェスは目線を逸らした。
リュートは「それじゃ、話すぞ」と声をかけると、推理を始めた。
「さっきリゼとの消去法も含めてだが、やっぱりあんたは娼婦じゃないな」
「というと?」
「まるでこれっぽっちも“誘い”の行動が無い」
誘いとは、花街の娼婦が仕掛ける意図的な胸チラやボディータッチのことだ。
所謂、ハニートラップというやつで、欲望が渦巻くこの街では娼婦にとって男はATMのようなもの。
恨まれるリスクもあるが、リスクを恐れちゃ大金は得られない。
金を持ってる奴が偉いこの場所では、女性であっても使えるものななんでも使うのだ。
「ハルウェスさんは度々娼婦として男を相手取ってるような言い回しをしていたが、それは単なる見た目に寄せたキャラ付けだろう。
それになにより、さっきの手を握ったような態度。
とても男を扱ってる女性の反応とは思えない」
「そうね、久々に若い子に触れたって言ってたけど、十分にまだまだいける雰囲気はあるしね」
リュートの言葉にハルウェスは楽しそうに耳を傾ける。
彼に向ける視線が少しずつ熱ぼったいものに変化していく。
「故に、そういった色仕掛けで商売するんじゃないんだろう。
しかし、俺達に言った発言には嘘はないとも言った。
つまり、あんたがヒントで教えてくれた言葉は紛れもなく真実だ。
となると、ハルウェスさんは随分と色んな相手に、それも身分も関係なく相手していることになる」
身分も関係なく相手に商売する。つまり、それは商人のことを指す。
加えて、貴族や姫を相手に出来る商売となれば、相当有名な人物であることは間違いないだろう。
しかし、ハルウェスの周りには彼女の色香に誘われた男しかいない。
「だが、あんたはここで騒がれることはない。
商人は相手の信頼を勝ち得て商売していくのが基本だ。
つまり、素性の知れない相手とは取引は難しい。
あんたが本当に真っ当な商人なら、ここで少なからず有名人としての知名度が無ければおかしい」
「なるほど、言われてみればそうね。
そう考えると、ボディーガードをつけてないのは尚更おかしいわね」
リゼが腕を組み、納得するように頷いた。
ハルウェスは依然微笑みながら言った。
「そこまで言うのなら、もうある程度予想がついているのよね? 私のことが?」
「あぁ、お前は真っ当に名を売れない商人。
それもれっきとした闇の住人側のな。
加えて、売る物も目に見え、存在する物じゃない。
記憶の媒体――お前の職業は情報屋だ」
リュートの答えにハルウェスは目を細めた。
手に持っていたグラスに入っていたお酒を喉の奥に押し込めば、席から立ち上がる。
「ちょっと、どこ行くのよ? 合ってるの? 合ってないの?」
リゼは呼びかけ、答えを求めた。
その言葉に席から立ち去ろうとしたハルウェスは立ち止まる。
彼女は顔だけ振り返り言った。
「正解よ。ただここは人が多い。
私の情報は高いから、求めて来る人にしか売らないようにしてるの。
というわけで、私はVIPルームに行ってるわ。
そこでならあなた達の求めてる情報を提供してあげる」
それだけ言ってハルウェスはあっという間に人ごみに紛れ、消えてしまった。
その後ろ姿を見ていたリゼはリュートへと視線を移していく。
「ねぇ、あのまま逃がしちゃって良かったの?
結局、うやむやにされただけじゃない?」
「いや、大丈夫だろ。嘘つくタイプではなしな」
リュートは慌てる様子もなくマスターに果実水を頼んだ。
そんな彼の様子にリゼは僅かに嫉妬心を募らせる。
「なんだか随分信用してるのね」
「まぁな、恐らく旧知の人物だから」
「......?」
それから、二人は少し雑談した後、リュートが稼いだ資金源でもってVIPルームに向かうことにした。
しかし、その前に一悶着起きた。
それは丁度リュート達がVIPルームに向かう最中の出来事。
一人の太った小男がリュート達に呼びかけたのだ。
「止まれ、そこのお前達」
リュートとリゼが振り返れば、禿げた頭に汗をかいた額をハンカチで拭う男がいる。
銀色のギラギラしたスーツを着ている如何にもな成金で、彼の背後には二人組のボディーガードがいた。
瞬間、リゼはすぐに嫌悪感を示した。
相手の容姿が醜いからではない。
舐めるように下から上へと体を見られているからだ。
リュートはリゼの様子をチラッと横目で見ると、声をかけた。
「何の用だ?」
「お前のに用はない! そこの女に用がある!
おい、そこのお前、ぼくちんのものになれ!」
小男は指をさしながらリゼに命令した。
身を縮こませたリゼは当然その発言に怒りと嫌悪を示す。
「ハァ? 何言ってんの?」
「お前が気に入った。程よく小柄で華奢な容姿、大きくはないが小さすぎることもない胸、そして獣人、何よりその強気な目がぼくちん好みだ」
「うぇっ」
リゼは初めてだった。
自分のことを褒められているのに、ここまで神経を逆なでされているかのような嫌な気分になるのは。
「お前にならいくらでも金を出すぞ。
もちろん、それに見合った報酬は出してもらうがな。
安心しろ、ぼくちんは初めてではない。
夜の相手としてしっかり快楽に溺れさせてやるぞい?」
「それで口説けてると思ったなら、マジで人生生まれ直してスラム街から生きてみるといいわ。
そうすれば、自分のその独占欲と傲慢に満ちた言葉に嫌気が差すと思うから」
「デュフフフ、その強気な態度やはりいいな! 増々気に入った‼」
「無理無理マジキモイ」
若干ギャルっぽくなったリゼの口調。
今の彼女はこれまで感じたことのない特殊な嫌悪感に困惑しているのだ。
悪意や策略があるわけでもない、ただ自分の欲を満たす玩具のような視線。
商売ついでに味見している“悪食の爪”とはまた違う。
どうにか穏便に済ます方法を考えていたリュートであるが、このままではリゼの方から手が出かねないと思い、口を挟んだ。
「悪いな。あいにくリゼは俺の連れなんだ。
俺は独占欲が強くてね、仲間を誰かにやる人間じゃないんだ」
リュートはリゼの肩をガシッと掴み、引き寄せる。
その突然の行動にリゼはドキリンコ。
途端に年相応の乙女な顔をしてリュートを見つめる。
視線が熱ぼったくなってしまうのは仕方ないことだ。
一方で、リゼの乙女の顔を見た小男は憤慨する。
その目は本来ぼくちんに向けて注がれるべき目である、と。
「ふざけるな!」
小男は叫んだ。
その声で周囲の人達が気づき、騒がしかったカジノルームが静寂になり、彼らのための舞台を作り上げる。
「ぼくちんの恋路を邪魔するものは許さない! いけ、あの男を引き離せ!」
小男は指をさしてボディーガードに指示を出した。
二人組のボディーガードはすぐさま命令を実行するようにリュートへ接近する。
リュートはリゼを引き離すと、臨戦態勢に入った。
その直後だった。
「はい、そのケンカストップ~」
突如として入り込んできた若い青年の声。
その声はリュート達の背後から飛んできて、声の主は馴れ馴れしくリュートとリゼに挟まるように肩を組んだ。
「ダメだよ、ケンカは。それも勝ち目のないケンカは無謀ってもんさ」
水色の髪をした青年が気さくに言う。
瞬間、小男の顔がみるみるうちに真っ青に変わっていった。
まるで手を出してはいけない相手に手を出してしまったかのように。
「金檻の箱庭の実質ナンバーツー――バリアン=ロークウェン!
なんでお前のような超上級階級の人間がこんな所に!?」
声を震わせて引け腰になっている小男。
バリアンはこれまた気さくに返答した。
「来ちゃった☆」
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