七月の七分七十七秒のゆくえ
新巻へもん
それは光の速さでも約500秒の距離に
「なあ、ルーシー」
ヘッドホンから声が聞こえると同時に360度表示する全面モニターの一角に四角いエリアが出現する。
進行方向に対して左側半分は、太陽から放射される圧倒的な光からパイロットの目を保護するために自動的に調整されて薄暗くなっていた。
その薄暗い部分の一部にキバヤシ曹長の緊張感の欠片もない顔が浮かぶ。
「なんでしょう?」
「いや、退屈だから暇つぶしに雑談でもしようかと思って」
「一応哨戒任務中ですよ」
「だから、一対一の直接通信で接続してるんじゃん」
確かにキバヤシ曹長が写っている外枠は青色に光っている。
母艦には聞こえていないというわけか。
何か良くない予感がする。ため息交じりに返事をした。
「規則違反ということは理解されているんですね。意外なことに」
「うん。でね。ルーシーって恋人いるの?」
私の皮肉など全く意に介さないように直球で爆弾を放り込んでくる。
ええ? まさか私にまでちょっかい出そうっていう気なの?
キバヤシ曹長はかなりの女好きで鳴らしている。でも、今まではやたら距離感が近くはあったけど、私は守備範囲外だって公言してたのに……。
「はい、いますけど」
「そうかあ。そりゃお気の毒に」
え? 私に恋人がいるのが似合わないってこと?
「それ、どういう意味です?」
少しイライラが声の調子に出てしまった。
「あ、いや、俺のルーツがあるアジア東部には天の川伝説ってのがあってな。諸事情で引き離された恋人同士が七月七日の夜だけは年に一回の逢瀬を認められてるわけなんだよ。それなのに、ルーシーみたいな若い子が、こんな場所で哨戒任務とはツイてないなって話」
「仕方ないですよ。太陽の強力な電磁波で地球にある各種探査装置では、向こう側の様子が分からないんですから」
「いや、無人の偵察衛星でもいいじゃんって」
「太陽に近すぎるせいで故障が多いってことじゃないですか。ブリーフィングのときに艦長がそう言ってましたよ。聞いてなかったんですか?」
「俺、おっさんの顔見てると、急に感覚器官がスリープモードに入っちゃうんだよなあ」
「つまり、聞いてなかったという……」
ビーっという警告音とともに全方位モニターが赤い光を放った。
表示されている数値からすると、かなり遠方だが、赤いブロックが染みのようにモニターの一部を侵食し始めている。
「288、37の方向に識別情報不明の未確認物体多数。曹長どうします、交戦しますか?」
「俺の方でも確認した。で、あほか。異星艦隊に機動兵器二機で挑んでどうする。太陽から離脱する放物線を描きつつ、母艦に帰投するぞ。俺に続け」
キバヤシ曹長は率先して回避行動を取り始めた。
それに追随するように機体を操る。
曹長がオープン回線で母船に呼びかけた。
「こちら、第6哨戒班。大規模敵艦隊を確認。規模は第2次カリスト会戦と同程度かそれ以上と推定」
「こちら巡洋艦SCアワジ。了解した。本艦も後退中だ。バスに乗り遅れるなよ」
「了解。以上通信終わり」
通信回線が一対一の直接通信に切り替わる。
「だってさ。燃料気にしないでぶっとばすぞ。置いていかれたら、ヒッチハイクしなきゃならなくなる。乗せてくれるか分からないし、乗ってもバラバラに解剖されるかもしれないしな」
スラストレバーを目一杯引いた。
「曹長って、第2次カリスト会戦に従軍していたんですよね?」
「ああ。シュワルツ中尉のお供をさせられた。ひでー話なんだぜ。休暇は取り消されるは、デートは滅茶苦茶になるは、死にそうになるは、何一ついいことがなかったよ」
「曹長ってベテランなんですよねえ」
「まあな。もうちこっと普段から尊敬してくれてもいいんだぜ」
「そのベテランの曹長にお聞きしますけど、この戦いどうなると思います?」
「そりゃ、これからアワジからの緊急連絡を受けて、地球のお偉いさんが考えるだろうさ。今は地球は近日点付近だから……、497秒後にな。まあ、めでたい数字だし、なんとかなるんじゃねえの」
モニターにSCアワジの姿をとらえ、安堵の気持ちを抱きながら、曹長の言ったことを考える。
497がラッキーナンバー?
「……どこがラッキーなんです? それもアジア独特の考え方ですか?」
「うんにゃ。497秒を分換算すると……」
「8分17秒ですが」
「ということは7分77秒ってことだ。これだけ7が揃っていたら、スロットマシンなら大当たりだぜ」
あまりにお気楽な発想にクスリと笑ってしまう。
「そうそう。それでいい。戦いの場では笑ってるやつが勝つんだよ。よし、ルーシー、着艦体制に入れ」
母艦の誘導システムとシンクロさせた。
あとは自動で着艦できる。
戦いの行く末はどうなるか分からないけど、曹長の下なら生き延びられそうな予感がした。
-完-
七月の七分七十七秒のゆくえ 新巻へもん @shakesama
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