第4話 優しいケイと怖がるユキノ

 日曜の午前十時。

 買いたい新刊があったのでショッピングモールの書店へ出掛ける予定を数日前から立てていた白川しらかわケイは、それをキャンセルして自室のベッドに寝転がってマンガを読んでいた。

 誰かといっしょに行く約束をしていて取り止めになったとか、体調が悪くなったとか、そういう理由ではない。


「……来た」


 マンガから窓のほうに視線を移し、ケイは呟く。

 少しだけ開いているカーテンの隙間から見える空は鉛色のどんてんで、厚く重苦しい感じのする雲で覆われていた。これは結構な雨になりそうだなぁとケイは思う。

 その直後、ぱた、ぱた、と窓ガラスを水滴が叩き始め、その間隔がどんどん詰まっていく。雨粒が大きいらしく、その音はガラスが割れてしまうのではと心配になるほど室内に響いてきた。


「うわあ……出掛けなくてよかったよ……」


 それから十秒足らずで窓の外は滝のような雨になった。屋根や壁、窓に叩きつけられる雨音で自分の呟きすらも聞こえなくなるほどの豪雨だった。

 天気予報で午前中に大雨が降ると出ていたのでケイは買い物を断念したのだが、それは大正解だったようだ。

 同時に、休日出勤している父と、入院している祖母のところへ行っている母がこの大雨で困っていなければいいのだけれど、と思う。

 ともあれ、見事的中した予報に感謝しつつ、ケイはマンガの続きに戻った。


 それから十数ページ読み進んだ、そのとき。


「……?」


 枕元に置いてあったスマートフォンに着信があった。メッセージアプリに新着を知らせるマークがついている。

 誰だろう、とマンガを置いてスマートフォンを持ち、アプリを起動すると。


『わたしユキノさん。今あなたの家の前にいるの』


 有名な怪談メリーさんをもじったメッセージが、友人の東藤とうどうユキノから届いていた。

 何の冗談なのだろうと首を傾げ、ケイはどう返信したものかと悩む。

 ユキノはわりと天然系で突拍子もないギャグを飛ばしてくるタイプではあるが、大抵はケイがきちんとツッコミを入れやすいように考えられているのが常である。

 しかし、このメッセージにはそれが見当たらない。

 ううむ、と首をひねり、なんとなく窓から玄関を見下ろして――


「ホントにいるしッ⁉」


 家の門の前で大雨に打たれながら立っているユキノらしき人物を視認した。ケイは大慌てで部屋を飛び出し、階段を駆け下りて玄関で傘を引っ掴み、門へ駆けた。


「何やってんのユキノ⁉」

「何って……最新型のスマホの防水性能に驚いているところですが。この大雨でも壊れないなんてすごいね」


 スマートフォンを片手に、ずぶ濡れになって額に貼り付いた前髪の隙間から死んだ魚のような眼をケイに向け、ユキノはくっくっくと含み笑いをあげた。

 なんだかいろいろ手遅れかもしれないと思いつつ開いた傘を差し出し、突っ立っているユキノの手を引いて玄関の上がり口に避難させる。


「そこで待ってて。タオル取ってくるから」

「あ、お構いなく」

「構うよ! バカ!」


 この大惨事にお気楽なことをのたまうユキノを一喝いっかつして、浴室の前の棚から手当たり次第にタオルを引っ張り出して玄関に戻る。ユキノが背負っているリュックを下ろさせ、茶色がかったミディアムボブの頭にバスタオルをかけるとわしゃわしゃと拭いてやった。


「まったく……なんでこんな大雨の中を傘も持たずに出歩いてたの?」

「ランニングシューズを買いに」


 言ってユキノはリュックから丁寧にビニールで梱包こんぽうされた箱を取り出した。陸上競技にうといケイでも知っている有名メーカーのロゴが入っていて、それを誇らしげに開く。


「前からこのシューズが欲しいと思ってたんだけど、高いから買えなかったの。けど、ケイの家の近くにあるスポーツ用品店で閉店セールをしてるって陸上部の子から聞いて、ひょっとしたら安くなってるかもって今日の朝イチで行ってみたわけ。そしたらカラーもサイズも目をつけてたやつが半額だったんで、即買いしたんだ」

「それがどうしてあたしの家の前で突っ立ってることになったの?」

「欲しかったものを手に入れた喜びを胸に、意気揚々と帰り道を歩いてたら突然雨が降り出して。みるみるうちにずぶ濡れですよ、奥さん。で、ケイの家が近いし、ちょっと雨宿りさせてもらおうかと……」

「傘くらい用意しときなよー。天気予報で雨になるって言ってたじゃない」

「閉店セールに早く行かないとって気を取られて、予報を見てる余裕はなかったです」


 へへ、とだらしなく笑って、ユキノはぽりぽりと頭を掻く。そんな親友に心底呆れたとため息をついたあと、ケイは箱の中のシューズに視線を落とした。白を基調としたデザインがユキノに似合いそうだが、そのためにこの有様ありさまでは割に合わない気がした。


「というか、メリーさんに関してはケイが悪いんだからね?」

「あたし? なんで?」


 唐突で理不尽な非難に眉を吊り上げる。

 しかしそれをつき返すようにユキノは口を尖らせた。


「インターホンを何度押しても反応ないんだもん。だから確実に玄関を見るようなメッセを送るしかないと思ったわけで」

「インターホン? そんなの……」


 鳴っていない、と言いかけたところで、あのときは雨音がすさまじくて聞こえなかったかもしれないと思い、言葉を切った。


「いや、だからってメリーさんは怖いでしょ」

「じゃあ、全身ずぶ濡れの私が『開ーけーてー』ってドアを叩くほうがよかったと?」

「ごめんそっちのほうが無理」

「でしょ」


 その場面を想像してしまって表情を引きつらせたケイに、ユキノはなぜかドヤ顔で胸を張った。その反動で前髪からぽたぽたと水滴が垂れてケイの手に落ちる。


「ユキノ、シャワー浴びておいで。服はそのあいだに洗濯して乾かすから」

「え? タオルを貸してくれるだけで大丈夫だよ?」

「風邪引いたら困るでしょ。どっちにしても服を乾かさないと帰りの電車にも乗れないし。ほらほら、早く!」

「ちょっ、引っ張らないでよ、廊下に雫が垂れちゃうよ」

「あとで拭くからいい」


 言ってケイは強引にユキノを浴室に連行した。脱衣かごと新しいバスタオルを用意するとユキノを残して一旦退室、シャワーを使う音が聞こえ始めたところで脱衣かごの服を回収して洗濯機に入れて電源オン。あとは放置するだけで洗濯乾燥が終わるだろう。


「やれやれ……」


 豪雨のように唐突にやってきた慌ただしい数分を乗り切り、ケイはほっと息をついた。

 それから雑巾を持って廊下の水滴を拭いて玄関に向かい、上がり口に置かれているユキノのリュックをどうしようかと思案する。

 持ち主同様ずぶ濡れになったリュックの中身を確かめるべきかどうかを迷い、いくら親友でも荷物を勝手に見るのはマナー違反であると首を振る。

 しかし、中に濡れてはいけないものがあった場合、放置するのはまずい。

 どうする? ユキノに訊きに行くか?


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


 眉根を寄せて唸っていると、玄関ドアの向こうから激しい雨音に混じって低く唸るような音が響いてきた。どうやらそれは雷鳴らいめいらしいとケイが思ったのは、明かり取りの小窓から一瞬の閃光が射し込んだからだった。

 本当に出掛けなくてよかった。と思うと同時に、なんでこんな天候の日にユキノは出掛けてしまったのだろうかと呆れてしまう。


「いや、それよりも」


 ユキノのリュックについて思案を再開して――


「っ⁉」


 突然目の前が真っ白になったかと思うと耳をつんざく甲高かんだかい轟音が耳朶じだを叩き、その音圧で押されたようにケイは廊下に尻もちをついてしまった。

 何が起こったのかを理解するのに数秒を要し、それが近距離の落雷だと知った、その直後。


「ぅわあああああああああっ!」


 家じゅうに響き渡るようなユキノの悲鳴が聞こえた。

 ケイはすぐに立ち上がり、振り向いて――廊下が妙に暗いことに気がついた。小窓からあえかな明かりが射し込むばかりで十分な明るさがない。ひょっとしてと天井を見上げて、そこにある照明器具に明かりが点いていないことを見て取ると、先ほどの落雷で停電してしまったのだろうと推測した。

 そして、に思い当たる。


「ユキノ……!」


 十数年住んだ家だけあって暗くとも戸惑うことなく浴室にたどり着き、すりガラスをノックして親友に声をかけた。


「ユキノ、大丈夫?」

「暗いよ狭いよ怖いよ! 助けてケイ!」

「めんどう……いや、大丈夫そうでよかった。そのままじっとしてて。ライト取ってくるから」

「待ってケイ! 置いてかないで!」

「すぐ戻ってくるから。天井のシミでも数えてて」

「真っ暗で見えないよ! うわあああああんっ!」


 本当にパニックを起こしているのか冷静なのかイマイチわかりづらいユキノを残し、ケイはリビングに向かった。防災グッズをまとめて置いてある棚からLEDランタンを取り出し、点灯する。リビングは大きな窓があるので薄暗くともそれなりに明るさがあって物が見えるが、ランタンの明かりは心強さを感じるほどの白光を放って辺りを照らし出した。

 それを手に浴室へ取って返す。

 明かり取りの小窓すらない脱衣所からそっとガラス戸を少しだけ開き、ランタンをかざす。シャワーが床のタイルに跳ねる音が聞こえてくるが、ユキノの声はない。


「ユキノ?」


 声をかける――と、ガラス戸が勢いよくガラリと開かれて、中からユキノが飛び出してきた。


「ケイぃぃぃぃぃぃぃ!」

「っ!」


 本気の涙声で叫びながらケイに抱き着く。ユキノよりも小柄なケイはそれを受け止めきれず、床に押し倒される形になった。背中にフローリングの固い感触と、顔を圧迫する柔らかい感触。受け止めた手に伝わる体温。それと、ぬるぬるする液体。


「ちょ、ユキノ……っ⁉」


 姿のユキノに抱き着かれ、のしかかられたケイの思考回路はショート寸前だった。泣きたくなったり電話もできなかったりしている場合ではない。

 その圧倒的で唐突な事態に、シャンプーだかボディソープだかの泡で顔やら服やらが泡だらけになったとか、顔に押し当てられている二つの柔らかいふくらみの正体だとか、床で後頭部を打って結構痛いとか、そういうチャチな思考がすべて吹っ飛ぶ。

 思わずランタンを取り落としてしまって足元に転がっているせいか、はっきりとユキノの裸体は見えない。だが見えないからこそ触れている感覚が鋭敏えいびんになってしまい、陸上部で鍛えられたしなやかでほっそりした肢体の感触と体温で、ケイの意識が一気に過熱していく。


「だ、大丈夫だから! 大丈夫だから落ち着いて、ユキノ! とにかく離れて!」

「怖いよぅ……やだよぅ……」

「…………」


 間近で触れそうな距離にあるユキノの顔を見て、ケイははっと我に返った。

 のだ。それに、ケイの背に回された両腕がガタガタと震えている。

 停電して急に真っ暗になったことが心底怖かったのだろうということは想像に難くない。


「大丈夫。あたしはここにいるよー」


 まるで幼児になってしまったように泣きじゃくるユキノを安心させようとしっかり抱き寄せ、いつもの調子で声をかけて頭を撫でる。

 洗い流せていないシャンプーがもこもこと泡立って、やや茶色っぽいユキノの髪を覆い尽くしても、ずっと撫で続けた。



 しばしその状態が続き、脱衣所がそこそこ泡だらけになったころ。


「……落ち着いた?」

「うん……。ありがと、ケイ。ごめんね」


 平常心を取り戻したユキノが床に正座して恥ずかしそうにうなずく。


「私、暗くて狭いところが苦手で……。小さいときにね……」

「その話はあと。シャワーを済ませてから聞くよ」

「あ、そうだね……」


 自分が何をしていたのかを思い出し、浴室に引き返す。出しっぱなしのシャワーの前に座って――


「ねえ、ケイ」

「ん?」

「その……もう少し、そばにいてくれませんか?」

「いいよ。ユキノが出てくるまで脱衣所ここで待ってる」

「そうじゃなくて……いっしょに入ってほしいの」

「なっ……」


 そんなことを言う。

 ケイはすがるような声音と表情を見せられて、心臓が跳ねあがって天井にぶつかるのではないかと思うほどドキリとした。

 しかしそれを顔に出すわけにはいかないと必死に抑え込む。手にしたランタンを顔の前に掲げて、ユキノから表情を見られないようにもした。


(本当にこの子は……! あたしの気も知らないで……!)


 内心で毒づく。

 先ほど全裸のユキノを抱き締めていただけでも限界突破しそうだったのに、いっしょにお風呂に入ろうなどと誘われては精神がもたない。

 ユキノはケイのことを仲のいい友人、親友だとしか思っていないが、ケイは。ユキノに対して密かに親友以上の感情を持っており、それはもう一人の親友である浅茅律子リッちゃん上有住澄香ほんやくさんが互いに感じ合っているものと同等の想いだ。

 ただ、ケイはそれをユキノに隠している。受け入れてもらえないと知っているから。

 だからこそ、その感情を刺激するようなことをユキノに苛立ってしまうこともあるのだ。


「で、できるわけないでしょ! そんなこと!」


 思わず声のボリュームが大きくなる。

 それでユキノは叱られた子犬のように身をすくめる――が、暗闇への恐怖が勝っているらしく、引き下がらない。


「お願いします。暗いのは怖いんです。助けてください」

「このランタンを貸したげるから。防水だしシャワーがかかっても平気だよ」

「でも……」


 上目遣い。怯えた声。全裸。

 そんなケイにとって反則級の武器を持ち出されては強く断ることができない。

 ユキノがわざとそうしているならランタンだけ投げ込んで終了するのだが、今回ばかりは本心からのお願いだった。冗談が入り込んでいる余地はまるで見当たらない。

 それを蹴ることなどケイにできるはずもなく。


「……わかった。あたしも泡だらけで、流したいと思ってたし」


 言い訳がましく返して、浴室に入る。

 ぱっと表情を明るくしたユキノは安心したように笑って――すぐにげんそうに眉をひそめる。


「服着たままで……?」

「誰かさんが泡だらけであたしに抱き着いたせいで服まで泡だらけになったから、服ごと流そうと思っただけですが何か?」


 ユキノに肌を見せるのが恥ずかしくて、そんな無茶苦茶な理由をでっち上げる。


「すみません……」


 それを理解したのか、はたまた笑みの形になったケイの目がのをランタンの明かりの向こうに見たせいか、ユキノはわりと即座に謝ったのだった。



 シャワーを済ませ、リビングのソファに落ち着いたケイとユキノ。

 停電のせいで洗濯機が動かなくなり、ユキノの服が濡れたままだということでケイの母親のパジャマを貸すことになった。小柄なケイの服が陸上で鍛えているユキノに合わず、仕方なくである。


「ホントごめんね、ケイ。取り乱しちゃって」

「いいよ。怖いものは仕方ないし」


 自分も入浴中に停電で真っ暗になったらそうなるかもと思うと、ユキノを責めることはできない。

 それに、いろんな意味で得るものがあったので怒る気はもうない。口にも顔にも出さないが。


「私ね、小学校に上がる前くらいから狭くて暗いところがダメになっちゃって。友達の家でかくれんぼをしてて、庭にあったストッカー……空きペットボトルとか食品トレイなんかを一時的に溜めておく蓋つきの大きな箱に入ったんだ。そのストッカーの蓋は閉じると勝手にロックがかかるようになってて、そんなことを知らずに私は蓋を閉じて、隠れて。友達オニが探しに来てもわからなかったみたいで、降参って言うから出ようとしたんだけど……ロックがかかってるから蓋が開かないの。中は狭いし、真っ暗だし、なんだか息苦しくなった気がするしで、めちゃくちゃ怖くなって。このまま出られなかったら、私、死んじゃうのかなって。そう思ったらパニックになっちゃって……。気がついたら私は友達のママに抱きかかえられて泣いてたんだけど、それ以来、真っ暗で狭いところが怖くて」

「それじゃ、トラウマになるよ。怖かったね、ユキノ。よしよし」


 また泣き出しそうな顔をしていたユキノの隣に座って、落ち着くまで頭をぽふぽふと撫でてやる。ユキノはケイに体を預けるようにもたれて、されるがままになっていた。

 外はまだ豪雨が続いたままで、時折ときおり閃光と雷鳴が飛び込んでくる。停電もまだ復旧しておらず、ソファの前のローテーブルにあるランタンだけが唯一の光源だった。


「ケイ。この停電、いつまで続くのかな」

「わかんないよ、そんなの」

「だったら……もうちょっと、このままでいいかな」

「なんで? 暗いの、怖いんでしょ?」


 不思議に思ってユキノを見る。

 緩み切った嬉しそうな顔でケイを見つめ返すユキノは小さく笑って。


「こんなにケイが優しくしてくれることなんてないから。撫でられるのもすごく気持ちいいし」

「…………。言い忘れてたけど、有料だからね?」

「シューズを買っていちもんしですが何か?」

「おうコラ、ゼニも持たんとワシになでなでさせようなんちゃ、ええ度胸しとるけぇのぅ、ワレ」

「どこの言葉よ?」

「わかんない。テキトー」


 ひょいと肩をすくめて言うと、ユキノは体を震わせて大笑いした。

 いつも通りの親友にほっとしつつ、釣られてケイもおなかを抱えて笑う。


「まあ、有料分はちゃんと労働で返してもらうよー」

「……私に何をさせるつもりですか」


 にやり、と意味深な笑みを浮かべるケイに、ユキノは本能的によくない何かを感じ取った。こういう顔をするケイはとにかく油断ならないことをよく知っている。


「そうだねぇ……とりあえずチャーハンとラーメンを作って食べてもらおうかな」

「……?」

「停電で冷蔵庫が止まってるからねー。冷凍食品や他の食材がダメになる前にできるだけ食べちゃおうって話。ちょうどおひるどきだし」

「ああ、そういう……」


 どんな無理無体を押し付けられるのかと身構えていたユキノだったが、そのくらいなら大丈夫と肩の力を抜いた。むしろおなかを空かせていたのでありがたいとすら思う。


「というわけで、作るのと食べるの、手伝ってくれる? ユキノ」

「わかった。いくらでも手伝うよ」

「おお、頼もしい」


 冗談めかして笑い、ケイはキッチンに入って冷凍庫を開けた。まだまだ冷気は残っていて溶けている様子はないが、それがいつまでもつかわからないと手早く冷凍食品を確認していく。


「海鮮チャーハンととんこつラーメン、ギョーザとシュウマイ、あっ、お好み焼きとタコ焼きとピザもあるね。パスタは紫蘇しそ明太めんたいとナポリタン、ペペロンチーノか。ユキノが苦手なものはなさそうだねー」

「大丈夫だよ。で、どれにするの?」

「よし。全部いこっか?」

「いや無理です」

「えー。いくらでもって言ったんだから漢気おとこぎ見せて食べようぜー」

「すみません勘弁してください。あと私はリッちゃんじゃないので漢気なんてありません」


 やはり油断大敵だった。本気っぽい無茶振りにわりと即座に白旗を上げ、ユキノは土下座して半泣きで謝る。


「そっかー、無理かー。……ちなみに、完食のあかつきにはユキノさんが大好きなちょっとお高い某カップアイスが食べ放題です。停電した時間から推測するに、ほどよく食べごろに溶けているようですが」


 無自覚に気持ちを揺るがされた仕返しができて一応満足し、仕返しムチからご褒美アメに切り替え、ケイは赤茶色っぽいカップアイスを手にしてほくそ笑む。


「なん……だと……? その誘惑は魅力的すぎる……ッ!」

「さあ、どうするね。ユキノさん?」

「うぅ……」


 まるで悪魔の選択を迫るような笑顔のケイ。もちろん本気で冷凍食品を全部食べさせようとは思っていないが、真剣に悩み始めたユキノの反応が面白いので黙っておく。


「私は……!」


 ユキノが長考の果てに覚悟を決めて答えを出す――その瞬間。


「あ……」


 キッチンの天井照明が白い光を放ち、冷蔵庫のコンプレッサーがうなりを上げ始めた。停電が解消されたのだ。

 それを二人して見上げて、再び互いの視線を合わせて。


「適量の食事とアイス食べ放題でお願いします」


 ユキノが真顔でそう答えると、ケイは一瞬キョトンとしたあと「アイス食べたいだけの人になってるし!」と大笑いしたのだった。





     第四話  終

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翻訳さん。すぴんおふ 南村知深 @tomo_mina

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