第10話

 優しくされると、拒絶してしまう。


 そのことに気づいたのは、柄長さんと付き合ってからだった。多分、気づかないように生きてきた。


「ごめんなさい」


「すいません」


 謝ることばかりしてしまう私に対して、柄長さんは困った顔をして、でも、何も言わずにいてくれていた。


 私には優しすぎる人。そう思っていた。


 ある日、2人でデートをしている時、ふとお店の窓に映る自分の顔を見て少し驚いた。たまに見かけるカップルの、あの幸せそうな雰囲気と笑顔。それと同じような雰囲気と笑顔で、楽しそうに見えた。そういえば、柄長さんといる時は、ネガティブなことを考えたり、楽しいのに寂しくなるような気持ちになったり、そういう、ここに自分がいない感覚になったことがない。むしろ、心から楽しんでいるし、余計なことで頭がいっぱいにならない。


 私は、優しさから逃げていた。


 優しくされて、その後それが反転するのが怖かった。


 優しい笑顔で話す相手の顔が、曇ることが怖かった。


 だったら最初から、優しさなんていらない。


 ……優しくしないで。


 それは、自分の心を見ないふりした、私の最大のわがままだった。







「麦さん、動物園行こ」


「!?」


 急に柄長さん……麦さんを振り回してみる。



「お腹すいたー。なんか作って」


「!?」


 1日1つ自分が思うわがままを言って、麦さんがどう反応するのか試していた。急に出かけようって言ったり、自分がやるはずだった家事を丸投げしたりした。でも、どんなことを言っても、なぜか麦さんは受け入れてくれた。むしろ、何かわがままを言うたびに、驚いて、喜んで「もちろん!」と言ってくれる。


 自分がわがままに慣れてから、2人の間に1つだけ、ルールを決めた。自分からやり始めたけど、さすがに数日たっても麦さんがわがままを言い始めないから、ルールにすることにした。


《1日1つわがままを言う》


 お互いに、思いついたわがままを言い合う。今は、わがままだと思っていることが、2人の中だけではわがままだと思わなくなるぐらい言い合おうと決めた。


 段々、お互いに、言いたいことを言えるようになってきた。


「今から掃除したいから、ちょい外出てて」


「うん、わかった。終わったら呼んでね」


「忘れてたらごめん」


 麦さんはいいよいいよーと言って、玄関のドアを開けて外に出た。歩く音がしなかったから、多分玄関前で体育座りして待っているんだと思う。なんで毎回座る時に体育座りなのかわからないけど、遠くから見ると子犬っぽくてかわいい。早く掃除を終わらせて、迎えに行かねば。


 隣の部屋のドアが開く音がして、誰かの驚いた声が聞こえた。多分、隣に住んでる風吹くん。外が賑やかで面白い。


 窓から入ってくる風が気持ちいい。落ち着いて、楽しく生活できている。今を生きている。今を楽しんで生きられることほど幸せなことはない。


 大事に大切に、生きていこう。

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恋多き女の子が本当の恋を知るとき 尾長律季 @ritsukinosubako

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