第16話 おままごとは終わり

???side


「こんな事……。会社でどんな顔して会えば……」




 あぁ、壊れたあなたの素顔、素敵……。後はわたしが癒してあげるだけ。


 だから、少しの間だけ我慢してね。もう一人の方を壊したら、全部終わるから。あの女だけは、早く消さないと。


 彼は暫く放心状態で、テーブルを常に凝視していた。私も彼に寄り添う形で椅子に座り、アイツとののやり取りを聞く。




「俺に嘘なんかついた事なんて無い先輩が、何でこんな……。少女時代の辛い経験も、嘘だったのかな……?」


「信用を置いていた人からの裏切り行為は、信じていた人が一番傷付くよね……」


「普段は仲のいい人だって、いつ裏切るのか分からない。美春だって……氷鞠だって……」


「一番は、四方八方に愛想を振りまいて善人面する人がする事が多い。犯罪者とかは、それが誰よりも長けている」




 私は彼の手を握り、安心させようとした時、椅子から立ち上がりながら疑心と懼れる瞳で、こちらを見つけてきた。




「君も……。君も本当は、俺の子と嫌いなんだろう?。だからこんな写真見せて、嘲笑ってるんだろっ!」


「違う。私は君に、知って欲しかったの」


「有り得ない……。知り合ったばかりの俺に、こんな優しくしないっ……。みんな嘘ばっかり―――」




 何も聞かない彼を無理矢理抱き寄せ、私の鼓動を聞かせた。




「私の心臓、聞こえるでしょ?。ゆっくり刻んでる……。嘘じゃないって、信じてっくれる?。春臣君には、幸せになって欲しいの……」


「メリーさん、何で俺の名前……?」


「昨日、あの女がそう呼んでたから。盗み聞きしてごめんね?」


「いえ……。あの、ごめんなさい。少しどうかしてました……」




 彼がそう言いながら離れ、戸惑うような素振りを見せ、私を見つめながら問いかけてきた。




「メリーさん、俺はどうしたらいいでしょうか?」




 

 この瞬間程、胸が高鳴ることはない。誰も信じる人がいなくなり、唯一私だけを頼みの綱として頼るほかないこの状況。


 あぁ、さっきの鼓動が嘘みたいに

 絶望の淵に天使が舞い降りた如く、彼の瞳には、もう私しか映らない。


 盲信。

 なんて甘美な言葉なのか。




「先ずは、この写真を見せた方がいいかもね。少しでも動揺すれば、彼女は嘘を付いている事になる。よく観察してみるといいかも」


「はい、分かりました」




 従順な子犬を直ぐ撫でたくなる気持ち、今ならすごく分かる。でも、首輪はちゃんとこの後繋いでおかないとね。


 何処にも遠くにいかないように……。




「あの、メリーさん。あまりゆっくり出来なくてすいません、大分時間が経ったので代金の方―――」


「いいよ、今日は私がツケといてあげる。その代わり、また何時でも来てね。今なら昼間でも大歓迎だから♪」


「はい、メリーさん!。それじゃ、また」




 いい声。

 全好意が私の体を突き抜ける。あぁ、欲しい。純粋で真っ直ぐ、限りなく純水に近いアナタと月の光の湖面で、溶け愛たい。


 後は、もう一人。君の隣に居るだけ……。



























春臣side


 まさか、先輩があんな人だったなんて。でも、騙される前でよかった。最近だと、結婚詐欺なんかも流行ってるし、気を付けないと。


 でも、先輩って女好きだったのか。今更だけど、変だよな。


 女の人が恋愛対象の女性って、普通男性に嫌悪感があるか、そもそもの価値観が違うからだよな。


 まぁ、深く考えてもしょうがないし、家に帰ろ。


 それなりにいい時間となり、クリスマスを過ぎてもカップルが散見する。自分的には、暫く恋愛とは距離を置きたい。


 歩きながら帰っていると、見た事のある姿が目に入る。


 だ。


 イルミネーションの光源に照らされた金髪が煌びやかに光り、綺麗だった。ガラスの向こうにある洋服を眺めながら立ち、寒さを堪えて手を擦っている。


 以前であれば、その姿も愛らしく見えた。でも、今は彼女の取るすべての行動が嫌悪感として変換される。


 取り敢えず、知らない振りをしてやり過ごそうとした時、先輩に気付かれてしまった。




「春ー。何してんの、コソコソして?」


「いえ……あの……。何でもないです……」


「アタシ買い物に来てたんだけど、その帰りなの。一緒に歩かない?」


「は、はい……」




 いくら嫌いになったとはいえ、一瞬で態度を変える事は出来ない。例え嫌いな人であっても、今までの関係値を壊すのは怖い。


 先輩の後を付いて行き、暫く会話の無いまま帰路を辿る。その不審な俺に気付いたのか、先輩は疑問を投げかけてくる。




「春、どうしたの?。元気ないけど……」


「いや、あの……」


「具合悪い?」




 いつもの先輩の態度に困惑しながらも、俺は意を決してクリスマスツリーが飾られてる場所で写真を見せた。


 先輩は終始、何の写真なのか唸りながら考えている。




「何この写真?」


「この写真、先輩ですよね……?」


「う~ん……。確かに金髪だから、アタシにも見えなくはないけど……この写真がどうかしたの?」


「俺、教えてもらったんです。これは先輩とその女性が、ラブホテルに入っていく姿を後ろから撮った写真です」


「えっ。な、何でアタシがその女とラブホなんか入んないといけない訳!?。だいたい、こんな顔もよく分からない写真が証拠としては不十分でしょ!?」




 俺はそれだけでは無いと告げ、コンカフェバーのメリーさんに言われた事を話した。続けている内に、先輩の血相はみるみる変わっていく。




「何それ……アタシが店員と逢引?。そんな事して、アタシに何のメリットがあんの?。春はこの話、信じてんの……?」


「分かりません。でも、火の無い所に煙は立ちませんよね?。疚しい事があるから、そんなに狼狽えてるんじゃないですかっ……」


「違う違うっ……。春が何を言ってるのか分からないの……。アタシはそんなことして無い、アタシは春が好きなだけ……春を裏切って何か―――」


「先輩は嘘を付いた事は無いんですか?」


「―――っ」


「些細な嘘、優しい嘘は許容できます。でも、知らない所で裏切られる気持ちにもなってくださいっ……。別れましょう先輩……さよなら……」




 先輩は何も言葉にせず、その場に佇む。多少心は痛むが、これで終わりだとけじめをつける。


 それから大粒の雪が降り、辺りは一瞬で白く塗られていく。真っ直ぐな道を進み、暫くしてから後ろを振り向くと遠目でも分かる程、先輩の髪には雪が積もっていた。


 これで終わった、俺の恋愛も。これで、まっさらだ。




























茅花side


 何が起こってるのか分からない。何でアタシは振られたの?理由は?。何もかもデタラメ、支離滅裂な理由だけ並べられて、一方的に……。


 何もかも上手くいってたのに……。誰が唆した、誰が誑かした?。あの写真も、あの逢引の理由付けも、身に覚えが無い。


 誰だ、誰だ、だれだ、ダレダダレダダレダダレダダレダダレダッ――――――。


 アタシの幸せを奪ったのは、ダレダ?。




 あぁ、寒いな。春、あっためてよアタシを……。アタシの春―――。



























春臣side


 先輩と別れて翌日。昼間にも来ていいとの事だったので、早速コンカフェバーに行く事にした。


 昨日、先輩との恋人解消を報告する事とメリーさんと逢いたい気持ちが強くなり始めていた為、訪れる事に。


 ドアのベルを開け、耳心地のいい音が鳴り響く。それに応じて、店内からメリーさんの明るい声。


 今日は何のコンセプトなのかと考えている間に、茶髪のメリーさんが俺の体に抱き着いてくる。あまりの衝撃に頭を掻いていると、以前とは比べられない程の笑顔を見せていた。




「春臣君、また来てくれたんだ!。嬉しい……」


「あの、メリーさん。今日は何の日ですか……?」


「もぅ、また看板見てないの?。今日はの日!」


「あぁ、それは聞いた事ありますね。凄い甘えてくるシチュエーションの……?」


「そうそう。だから今日は、この前のお詫びとして私が目一杯、ご奉仕してあげる♪」




 いつもながら思うけど、メリーさんの演技には感服する。起伏が激しい役でも、静かで冷たい役でも、魅力があって可愛い。


 正直、本当のメリーさんを知らない為、本来の彼女の姿を見てみたいと思った。


 そしていつもの席に案内され、ブラックコーヒーを頼んだ。店内にもお客さんで賑わい、明るい雰囲気が漂っている。


 お客さんと店員さんの一対一での会話で、みんなその子との歓談が繰り広げられている。少しもしない内に、コーヒーの香りが近づいてくるのが分かる。


 メリーさんからコーヒーを手渡され、お礼をしながら口に運ぶ。酸味と苦みの味がコクと共に流れ、鼻を抜ける香ばしい香り。人の温もりも感じるような味で、研究している事がすぐわかる。




「どう、美味しい?」


「美味しいです!」


「あはっ、よかった!。春臣君の舌に合うかなぁと思って、私がブレンドして考えたんだ~」


「すごいですね……」




 感慨に耽りながらコーヒーを啜ると、メリーさんが例の事について話し始めた。




「それでさ、どうだった……?」


「先輩についてですか?」




 メリーさんはどこか申し訳なさそうに尋ねてくる。浮気をしていた事実があるとはいえ、二人の関係が崩れるのはメリーさん的にも心苦しい部分はあるのだろう。


 ただ俺は、そこまで負い目を感じていない。息詰まる感じより、清々しい気持ちの方が遥かに勝っている。




「きっぱり別れることが出来ました。写真を見せた時も、ずっと動揺していたので確信に変わりました」


「そっか……。春臣君が落ち込んでなくて、お姉さん安心した……。何か困った事があったら、私に相談してね。いつでも力になるから」


「はい、頼りにしてます」




 まるで自分の事みたいに心配してくれる彼女を見て、愛情にあふれている人だと思った。出来るだけ相手を傷付けないように、努めようとしてくれているのが伝わる。


 この人なら、受け入れてくれそうだと思える。


 そんな事を考えていると、メリーさんから思いがけない言葉が聞こえてきた。




「力になるついでに、お姉さんが良いこと教えてあげる♪」


「何ですか?」


「春臣君って洗濯、後回しにしちゃうタイプ?」


「へぇ~、よく分かりましたね」


「なんとなくね。それに、洗濯する時間にだいぶ時間取られたりしてない?」




 確かに最近、洗濯を後回しにして、まとめて洗濯機に入れている。量もあった為、二時間以上時間を取られている。最近の悩みを言い当てられてしまった。


 そしてメリーさんから、洗濯のレクチャーを受ける事に。




「衣類は裏返しにしたり、落ちにくい汚れとか直接洗剤かけたり、洗濯機の短縮機能とか使えば早く終わるから便利だよ」




 メリーさんの言っている事は、俺が今までやってこなかった事をまとめて話してくれた。何もかも見透かされているような気持ちになり、若干の怖さを感じる。


 そんな事を感じつつ、長い時間を彼女と共に過ごした。話している最中、メリーさんは俺の隣に座り、顔を近づけてくる。




「あのメリーさん、これはサービスの一環ですか……?」


「ん~? 私が隣に座りたいだけ♪。それに春臣君、今フリーだし」


「えっ……」




 細目で覗き込んでくる彼女の素顔に、俺はドキッとする。邪な考えを振り解こうとすると、彼女は離れてニヒルに笑った。




「な~んて♪ 可愛かった?」




 まんまと騙された俺は、少し期待自分に羞恥心を感じ、メリーさんの顔を暫く見れなかった。


 彼女は手を合わせながら謝り続け、そしてまた楽しい時間を過ごす事となった。


 こうやって男は勘違いするのかと、思いながら今度の約束も取り付け、退転する。



























???side


 彼が店を後にして、夕方まで普通の業務を熟し、自宅へと帰る。


 私はいつものように鞄を放り投げ、パソコンを起動させてモニターを見る。食事を済ませるより大事な事、彼が無事に家に辿り着いた事を確認する事が先決。


 ボタンを切り替えながら、彼が何処にいるかチェックする。そして彼が、言った事を早速実行している事に喜びを感じる。




「あぁ、なんてお利口さんなの……♡。教えた事をすぐやるなんて……」




 私はアナタの行動がすべてわかる。どんな生活をして、どんなものを食べて、何処から洗うのか。


 好みの料理も、好きな服も、好きなタイプも、苦手な物も何もかも。


 これのお陰で、アナタを近くで感じられる。一緒に着替えて、一緒にご飯を食べて出勤する。


 でも、この生活も終わり。もうすぐアナタは私の物になる。


 私が欲しくて堪らない、私が居ないと何もできない体になるの♡。


 


 アナタは私の光。みたいに。


 あの窓と空しか知らなかった私を、元の世界に連れ出してくれた光。あの出会いは運命、歓喜。


 当たり前に出来なかった私に、勇気をくれた。あの行動が無ければ、私はもうこの世にはいない。


 だから、もう少し待っててね♡。

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重めの愛でも支えられれば大丈夫 泰然 @ayahi0426

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