第15話 歪んで戻らない愛情
春臣side
クリスマスを終えた翌日。会社は正月休みに入り、後任せにしていた洗濯物を干しながら清々しい朝を迎えていた。
俺は昨日のコンカフェバーが気になり、今日行くかどうか悩む。何か予定がある訳でもない為、向かう準備だけでもしようと服装の準備をする。
そんな中、こんな朝早くからインターホンが鳴り響く。玄関に向かう途中、何度もボタンを押してくる為、押し売りかと思いながらドアを開ける。
すると、そこに居たのは妹の美春だった。
「美春か。お前、合鍵持ってなかったか?」
「持ってるけど、もしかしたらお兄が自家発電に勤しんでる可能性だってあるでしょ?。それを考慮した、わたしなりの優しさです♪」
「生憎だが、俺は大人になってからやってない。だからお前の期待には応えられませ~ん」
「枯れるよ、お兄?」
「うるさいな、俺の勝手だろ。それより何だよ、こんな朝早く……」
「お兄も休みでしょ?。わたしも休みだから、何処か一緒に出掛けようよ♪」
「今日出かける予定だったんだけど……」
「風俗に行くの?」
「朝から行かねぇよっ!?」
「夜は行くんだ……」
「揚げ足取んなっ!」
そんなやり取りをしている内に、美春に行き先を決められ、二人で出歩く事が決まった。美春は体を動かしたいらしく、どこかアミューズメントスポットを探そうと、携帯でマップを開く。
家の近くに大型ショッピングモールがある為、その中に親子連れが利用するアトラクションがある。身体を動かしながら楽しめる施設で、種類も豊富。
豊富である為、一日そこだけで時間を潰せるほど。行き先が決まった所で、向かおうと歩き始めた時、正面から見覚えのある姿を確認した。その人はスキップして俺の名前を呼びながら、通り過ぎようとしていた。
氷鞠だ。
「春臣~、春臣~♪。好き好き大好き~♪」
「氷鞠……。何やってんだ、しかもそんなお洒落して……」
「えっ、春臣!?。ヤダ、聞こえてた?!。遠目で気付いてたなら声掛けてよ……///」
「何言ってんだ、こいつ……。今から何処行くんだよ?」
「あっ、そうそう。春臣、クリスマス予定ある?。寂しい夜は、この僕と一緒に過ごすのがオススメだと思うな~。ねっ?」
「お兄、このビッチは何?。いかにも男を何人も食ってるような見た目の」
美春は氷鞠を指をさしながら訴えてきた為、会社の同僚だと答え、一応男だと伝える。それを聞いた美春は驚きを隠せないのか、朝から中々デカい声を放つ。
「えっ、男?!。あんなデッカイおっぱいぶら下げてんのが?!」
「ごめんね~、男の僕が勝っちゃって~」
「偽乳のくせに威張るなっ!。それにお兄、同僚って聞いたけど。まさかこの人とこの間、デートに行ってたって事!?」
「そうだが……?」
「女じゃん、どう見てもクソビッチの権化じゃん。これ見てデートじゃないとかほざいてたら、眼科に行った方がいいよ!?。それにこっちはデートに行くんで、邪魔しないで下さい」
凄い剣幕で怒る美春に、俺は言葉を話すことが出来ない。中身が男であれば何も問題は無いと思いながら、その次に俺が発した事が発端で、火に油を注ぐ事態になった。
「美春もデートとか言うけど、そう言うのは好きな人と行けよ。それに、俺もう先輩と付き合ってるし」
「は?」
「は?」
先輩と付き合ってること伝えたら、瞳孔開きっぱなしなんだけど……こわぁ。
何か別の話題で逸らさないと、ドンドン二人が近づいてくる……。直視できないほど怖い。
「ねぇ、春臣……。僕に何の説明も無しに、茅花先輩と付き合ってたの……?」
「わたしも、気になるなぁ……。お兄ぃ……」
「いやぁ……そのぉ……。嘘で~す~……」
「何だ、嘘か~♪。しっかりしてよ春臣~♪」
「お兄は冗談が上手いな~♪」
「あはは……。嘘つきな俺を許して下さい、先輩……」
項垂れて懺悔していると、美春と氷鞠がショッピングモールに向かうと息巻いて俺の両腕を引き摺りながら小走りで歩いて行く。
「楽しみだね、美春ちゃん」
「楽しみですね、氷鞠さん」
何だかんだ仲いいのか、この二人?。さっきまで偽乳だの、男だの罵り合ってたのに。
兎に角、少しでも二人の機嫌を取ってからコンカフェ行こう。
そのまま歩く事30分、ショッピングモールに辿り着いた。ここは元々、北館しかなかったところを改築し、新しく南館が出来上がった事で様々なアトラクションやフードコートが増え、充実していった。
俺達が行くのは新しく出来た南館の方で、アトラクションが楽しめる施設があるらしい。俺も詳しくは無いが、結構なボリュームのアトラクションがあるそうだ。
目的地は最上階にあるらしく、俺達はエスカレーターを選択して上る。一番上まで辿り着くと、下の階より明らかに広いスペースが目視で確認できる。
そして遠くからでも分かる程、アトラクションを象徴するような巨大なゲートが出迎える。
その奥には数多のアトラクションが並び、親子連れが揃って一緒に遊んでいる。ショッピングモールの中に、これほどデカい施設がある事に驚いた。
「すげぇ……」
「遊べる数は31種類あるみたいだよ。制限時間は120分で、延長も出来るみたい」
「春臣、腰いわしちゃうんじゃないの?」
「そんな歳じゃねえ……」
フリーパスのチケットもあるみたいだけど、無限に体力がある訳じゃないから、無難に120分かな。
取り敢えず、ロッカーに貴重品を入れて遊ぶんだが、何処からがスタートか分からない。
「お兄。最初は右からスタートだけど、好きな物から回る?」
「そうだな。31種類もあるんじゃ回り切れないし、気になったものからやろう」
「春臣。あの時の遊園地、思い出すね?」
「な、何の事だよ……」
「メリーゴーランドで撮ったあの写真、オカズに使ってる?」
「笑ってる写真で使う訳ないだろっ!?」
「それ以外だったら使うんだ♪」
「いちいち煩いっ」
「お兄……。いつまでそのビッチと話してんの?」
「すんません……」
最近、俺の妹恐いんだよな……。いつもはふざけてんのに、顔が毎回、能面なんだよ。
二人が先行して気になったアトラクションを探していると、美春の目に留まったのは大きなシーソーだった。
シーソーに二人乗り、上から落ちてくるボールを落とさないように最下段まで持ってこれたら成功。昔、テレビで同じものを見た事がある。
体験人数が二人までの為、俺は身を引いて美春と氷鞠がやる事になった。
「わたしの足、引っ張らないで下さいね」
「貧乳こそ、身軽なんだからテキパキ動いてよね」
「仲悪いなこいつら……」
挑戦は三回までとなり、成功できれば景品がもらえるとの事。
そして早速ボールが落ちて、流石に協力するのかと思ったが、醜い言い争いが始まった。
「そんなに近寄ったら落ちるだろうがっ!?」
「端まで行かないとボールが落ちないですからっ!!」
時間は進んで行き、結果はなんと三回とも失敗。子供でも出来る程の難易度だったと思うが、自分達で難しくしていたと思う。
景品は取れず、そのまま次のアトラクションへと急ぐ。次に目に留まったのは、穴を掘るゲーム。
液晶の大画面に映し出されている映像のお宝を掘り当てるゲームで、スコップにはモーションを読み取る機能が備え付けられており、それが連動してスクリーンとリンクするらしい。
次は兄妹でやってみようと、俺と美春で挑戦しようとしたが、ゲームのタイトルに引っ掛かる。何だよ、『アナホル』って。
「アナルじゃん」
「おい、やめろ氷鞠」
言わないで置いたのに、何でコイツは言うんだよ……。
気を取り直して、間髪言わずにゲームがスタートして土を掘っていく。
一心不乱にスコップを動かすだけなのだが、疲れる。障害になる岩をよけながら宝箱を目指していく。
「お兄、そこに爆弾あるよ!」
「何でここにダイナマイトがあんだよ!?」
「避けて避けて!」
「あぶなっ!?」
仕組みは結構ハードだが、家族と一緒に楽しめるのは単純に嬉しかった。
ただひたすら叫んで、解放されてる感覚がある。二人でよく、『遊んでいた頃』を思い出す。
そして深くまで掘り進め、宝箱が見えてきた。美春の掘るスピードが速かった為、先に宝箱に到着。見事クリアとなり、景品をゲット。
景品は大きいハリネズミのぬいぐるみ。
「わぁ、可愛い♪」
「よかったな」
「うん♪」
幼い頃は、こんなに笑う子ではなかったが、元気に育ってくれてよかった。
次は二人対戦のアトラクションに挑み、今度は俺と氷鞠との勝負となった。遊戯の名前が、手押しボール。
安直な名前で、手押し相撲のようなものがボールで吊るされているバージョン。台の上から落ちれば終了と、至極簡単。
氷鞠からボールを構え、俺目掛けて投げてくる。だが、当たらない。
「下手くそだな~」
「くそっ。こうなったら……」
氷鞠は怪しい動きを見せ、ボールの裏でゴソゴソと妙な動きをしている。疑問に思いながら自分のターンが回り、ボールに触れると僅かに濡れていた。
「何だこれ、濡れてる?」
「ふぅ……。ボクの唾液……///」
「―――っ!?」
俺は反射的にボールを手放し、台から落ちてしまった。誇らし気にドヤ顔をかましてくる氷鞠に腹が立つ。
その時のクシャッとした笑顔と汗で、頬に髪がくっついているのが妙に輝いて見え、不覚にも可愛いと思った。
ある程度、アトラクションを堪能した後、俺達は貸し出されたタオルで汗を拭いていた。喉も渇いた為、俺は三人分の飲料水を購入し、休憩所で飲む事に。
「ありがとう、お兄」
「ありがとう、春臣」
「どういたしまして」
息が落ち着くまでその場で座り、俺は遠くで燥いでる子供達を眺めながらスポーツ飲料を飲んでいた。
すると、近くの少女と目線が合い、数十秒ほど目を合わせていた。
そして何を思ったのか、その子供は俺の方に近付いてくる。
「お兄ちゃん。その飲み物、もらっていい?」
「飲みかけだけど……。いいの?」
「うん!。代わりに飴あげる♪」
珍しい子供だな。俺の飲みもの何てどうすんのか……。
暫く子供と話している内に、親御さんが来て謝罪してきたが、何も無いと言う旨を告げて少女にバイバイする。
そんなやり取りをしている横で、氷鞠と美春がヤバい形相で睨んでいた。
「春臣ってロリコンなんだ……。性癖歪ますかな……あの女」
「子供相手だぞ……」
「お兄の妹はわたしだけ……お兄の妹はわたしだけ……」
「こわっ……」
氷鞠も怖いが、美春はボソボソ呪詛のように唱える為、隣で座っているだけで呪われそうだった。
息も整い、また遊ぶのかと思ったが、二人はもう引き上げる事を告げる。他にも様々な施設が立ち並ぶ場内を回りたいと言われ、その後は二人に服装選びに付き合わされる事になった。
疲れた……。ブティックと化粧品だけ見るのかと思ったけど、結局新しいフードコートでも連れ回された。
それでも今日の目的である、コンカフェに行ける。もう夜だけど……。
以前来た道を進み、今日はまた違うコンセプトと言われていた為、ワクワクしながら入店。
そこには以前来店した時と違い、スーツを着飾った服装ではなく、みんなラフな格好で出迎えてくれた。
昨日接客してくれた銀髪の子が同じように挨拶をしてくれたのだが、様子が可笑しい。
「オッスー……。めんどいから、あそこ座ってー」
「え、はい……」
昨日と全く雰囲気違うし、サイドポニテにしてるからなんかギャルっぽくて怖い……。
取り敢えず、言われた通りに死角が多い個室気味の席を選んで対応を待つ。数秒後に水を運んでくる彼女は、どこか気怠そうに見える。
「はい、水。注文決まったら呼んで」
「わ、分かりました……」
「…………」
「あの、戻らないんですか?。ベルで呼びますけど……」
「近くに居た方が早いでしょ」
「は、はぁ……」
気まずいな、この空気……。今何のコンセプトか、全く分からない。兎に角、メニューから選んでクラフトスパークリングにしよう。
「あの、このクラフトスパークリングを一つ下さい」
「はぁ……。めんどくさいから、何味かも言ってもらえる?」
「あ、すいません。苺味で……」
「ちょっと待ってて」
すげぇ怖い。昨日の雰囲気はもっと対応良かったのに、ギャルだから尚更目線がキツイ……。でも、それだけコンセプトを大事にしてるのは分かる。
他のお客さんは喜んで帰ってるみたいだけど、正直何をモチーフにしてるのか一向にわからん。考えてる内に、こちらに近付いてくる足音と共にメニューが運び込まれた。
「はい、スパークリングベリー」
「ありがとうございます……」
「…………」
何かめっちゃ睨んでる……。余計に飲みずらいが、飲むしかない。
「…………」
「美味しい?」
「はい、美味しいです!」
「よかった……」
その言葉を発した瞬間、無表情だった彼女がトレイを抱き締めて笑った。先程まで不機嫌だと思っていた表情が、二人の空間でしか見せない顔へと変化した瞬間、俺は何とも言えない感情に襲われる。
そして何故か二人でいる時は、先程より柔らかくなる。気になってしょうがない俺は、今日のコンセプトは何か聞いた。
「今日って、何のコンセプトですか?」
「えっ、お店入る前に看板に書いてあったと思うけど……。ダルデレって」
「ダルデレ……?」
「メジャーじゃないから詳しくは分からないけど、普段はダルいとか言いながら、好意のある人には優しくなるとか……?」
「初めて聞きました。でも、可愛いですね。この間、来た時と雰囲気が変わって」
「―――ッ♡。あり、ありがとう……///」
その後は時間を忘れ、店員さんと楽しく喋りながら過ぎていく。そして突然、彼女から昨日の事を尋ねられた。
「昨日の女の人は一緒じゃないんだ」
「デートで来ていたので」
「今日は何で一人なの?」
「ここの雰囲気と料理が美味しかったので、また来ました」
「そっか。あのさ、悩み事とかない?。その彼女さん関連で」
「悩み事はそんなに無いですけど、どうしてですか?」
彼女は何か言い難そうに、顎に手を当てながら唸る。そして何か深刻そうな面持ちで俺に向き直り、喋り始める。
「君の彼女、ここの常連って聞いた事ある?」
「何回か来てる、とは言ってましたけど……」
「言い難いんだけど彼女、君のこと好きじゃないと思うんだよね……」
「えっ、何でそんな事わかるんですか?。いい加減な事だったら―――」
俺は先輩の事を悪く言われた為、語気を強めに反論しようとした時、俺の目の前に写真が提示される。
それは何かと、俺は答えた。
「彼女、女の子が好きでウチの子たちと逢引してるの。それでこの写真は、ホテルに入る直前を撮ってある」
「え……。今までそんな感じじゃなかったのに……」
「前々からウチの子も、職場に遅れて来たり、お客さんへの対応が雑になってる日があったの。それで調べてたら、こんな写真。浮気相手が女でも、こんなの立派な浮気でしょ?。その子も数日たって辞めたし、君の彼女はまた他の女探してると思うよ」
「…………」
絶句した。もう言葉が何も出ない、こんな形で裏切られていたのかと考え、しかも浮気していた相手のコンカフェバーに連れてくること自体、気持ち悪いと思った。
暫く、先輩の事は直視できそうにない。
???side
あぁ、可愛い……。何かを失った君は、とっても綺麗。不安で不安で、誰に頼ればいいかも分からないくらい疑心暗鬼になって、私以外、頼る人がいなくなる。
私以外、全部敵。
項垂れる彼に、私は最後に言葉を告げる。
「心配しなくてもいいよ。私だけは、あなたの味方だから♡」
私はその言葉をかけ、何も言わず抱き締める。
この世界には二人と、私達の子供だけでいい。
要らない物は、この世界には必要ない。
「君は何も悪くない。辛くなったり、嫌になったら私の下に来ればいい……。絶対に離さないから」
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