第14話 コンカフェバー、初体験

春臣side


 部長が霊の呪縛から解放され、意識を取り戻したのだが、タイミングの悪い事に先輩に誤解される形で倉庫部屋で見つかってしまった。


 そして部長は何も言わずに、恰も自分がやったように説明し、そのまま先輩に連れて行かれた。


 俺を庇ってくれた部長に対して、俺は疑問と不安に襲われている。そんな事を考えながら暫く経ち、クリスマスを迎えようとしている。


 部長が謹慎中で居ない中、あれからどう過ごしているのか不安になりながら溜息をついていた。そんな俺を心配してか、先輩が声を掛けてくる。




「春、元気ないね。調子でも悪い?早退しようか?」


「いえ……。少し、考え事をしてただけなので……」


「…………。春、クリスマス予定ある?」


「予定は無いですね」


「じゃあさ、デートしようよ。気晴らしに」


「デート……?」











 気晴らしにデートをするようなものだろうかと考えたが、普段から同僚や後輩に慕われる先輩なりの優しさだと捉えた。


 付き合い方は不純であれ、交際している身であるならば、断る理由は無い。


 そこからまた数日が経ち、クリスマスイヴの24日の夜。俺は先輩に言われるがまま、会社終わりに大通りへと歩いて向かっていた。お互いスーツのままの為、周りのカップルとは異質に見えるが、一味違うように思える。


 俺達は肩を揃えて歩き、先輩は『チラチラ』と自分の顔を見てくる。




「先輩……。俺の顔、そんなに気になります?」


「元気かな~って。この前まで、思い詰めた顔してたし」


「色々あり過ぎて、気は動転してましたね。でも、部長は悪くないんです。悪いのは―――」


「はいはい、蒸し返さない。春は被害者で、部長が加害者。あんな光景を見せられたら、一目瞭然でしょ?。それに、邪魔になる女は減ってくれた方が嬉しいし……」




 話を濁された後、先輩は小さい声で何かを呟いていたが、何を言っているのか分からない。中心街を進んで行くと、街の歩道上にある植樹帯にデコレーションされた色とりどりのイルミネーションが壮観に立ち並び、恋人たちは足を止めてお互いに顔を合わせながら、写真撮影をしている。


 公共の場でイチャつけるのは今だけではあるが、正直言って恥ずかしい。昔の俺ならば、静かに舌打ちをしながらその場を離れるが、今は先輩と『恋人同士』ではある。


 そんな恋人たちの喧騒に揉まれながら、先輩は今どこに行こうとしているのか今更ながら聞いてみた。




「先輩、今から何処に行くんですか?」


「う~ん……。ちょっと変わったところ」


「買い物ですか?」


「お店には行くけど、買い物ではないかな~」




 クリスマスは浅い知識しかない為、デパートで買い物するか、高級レストランに予約をして夜のムーディで甘い時間を過ごすのが当たり前だと思っている。


 だから、クリスマスでちょっと変わった所と言われても、何処なのか全く見当がつかない。


 取り敢えず先輩に言われるがまま、付いて行く。だが、ここで少し違和感を覚える。普段は腕を組んだり、様々な事をせがんでくる事が大半の先輩だが、ここまでの道程では肩が擦れる程度のもの。



 これは今始まった事ではなく、付き合う事が決まってから必要以上にスキンシップをしてこなくなった。俺自身、何故なのか分からないと考えながら付いて行くと、少し細い道に入っていく。


 奥へと進むと通行人も減り、ピンク色の街灯が目立つ。街灯が並ぶ道を進むと、開けた場所に茶黒の木造屋敷が見えてきた。小金持ちが所有してそうなイメージで、こんな路地にあるのが不思議。


 入り口には看板が立て掛けてあり、メニューが喫茶店かバーのようなお店である事が分かる。促されるまま、俺達は店へと入る。すると、店内から数名の店員がお出迎えしてくれていた。




「「「「お帰りなさいませ。旦那様、お嬢様」」」」




 手厚い歓迎を受け、呆然として立ち尽くしてしまった。状況が呑み込めないまま、席へと案内され、二人用のテーブルに腰を掛ける。


 座ると同時に、ここはどんなお店なのか、取り敢えず先輩に尋ねた。




「ここはコンセプトカフェバーかな。カフェとバーが融合したような場所で、昼夜同じ形態で運営してるの。それでここのコンセプトは、執事かな。みんな女の子で男装だけど」


「へぇ……女性なんですね。何でコンカフェなんですか?」


「アタシ結構ここ好きで、何回か来てるの。好きな所は、好きな人と共有したいじゃん?。それに付き合う前は絶対連れてこないけど、付き合ったから大丈夫かなって」


「そ、そうですか……。みんなカッコいいですね」


「もう浮気?」


「女性にカッコいいって言うのはセーフですよね!?」




 何とか取り繕うと、先輩を宥めてその場を収めると、銀髪が印象的で片目が隠れているスーツ姿の女性がメニューを持って歩いてくる。


 その女性は、先程の会話を聞いてたのか、恐る恐る俺に尋ねてきた。




「旦那様、如何致しました?。先程まで、お嬢様と口論をしていたようですが……」


「いえ、何でもないです……」


「旦那様、そのような敬語は執事の私には不要です。いつものように、メリーとお呼び下さい。こちらがメニューになりますので、お決まりになりましたらハンドベルを鳴らしてください」




 その女性は一度お辞儀をしてから俺に向き直り、優しい笑顔を送ってきた。その姿勢に俺は少しときめき、常連になりそうになる。


 その間、呆けていると先輩が凄い形相で睨んでくる。その顔が怖くなり、俺は誤魔化すようにメニューに目を配り、料理名の長い何とかのソース添えのステーキとスパークリングを頼んだ。


 先輩は固いパンに、シチューのようなものを流し込む料理を決める。料理名の下には、オーストリアの典型的な料理と書かれている。先輩曰く、ここは様々な料理を提供してくれるらしく、月毎にメニューが変わり、多くのお客さんが足を運ぶ。


 そんなお店の為、高いのではないのかと先輩に尋ねる。




「一般的なお店と同じで千円前後の値段だし、大丈夫」


「そうなんですね、結構人もいるみたいですし」


「女性も男性も同じくらいの比率でくるから、大人気だしね。コンセプトも男装だけじゃないし」




 話によると男装だけではなく、作品とのコラボを積極的に取り入れたり、属性別などもある。属性別とは、俗に言う『ツンデレ』や『クーデレ』、他には『ヤンデレ』や『デレデレ』、変わったもので『サドデレ』や『ダルデレ』が挙げられる。


 自分的には、ヤンデレ時のコンカフェには来ないようにしよう。会社内だけでもお腹いっぱいだし、疲れそう。


 色々話している内に、先程の女性が料理を運んできてくれた。




「お待たせ致しました、お先に旦那様の方を説明させて頂きます。牛ステーキ、ブルーベリーとプルーンの赤ワインソースで御座います。そしてお嬢様の方が、ガーリックとポテトのスープです。容器がパンとなっておりますので、スープが無くなり次第、パンを食す事が出来ますのでごゆっくりお召し上がりください」




 テーブルに置かれた料理に心を弾ませながら、早速ステーキを口に放り込んだ。美味い、言語化できないが兎に角うまい。


 正直コンカフェの域を越えているように思え、少し驚きながら完食する。先輩も黙々と食べ勧め、食後にコーヒーを飲みながら落ち着いていた。




「ふぅ……。気分転換になった?」


「え……?。何がですか?」


「ははっ、部長の事でしょ?。忘れるくらい楽しんでくれたのならいいけど」


「あぁ、そう言えば忘れてました……。ありがとうございます、先輩」


「お礼なんていいって。春が元気になれば、それで十分だし」




 先輩の優しさは身に沁みてわかるのだが、やっぱりベタベタしてこないのが寧ろ不気味ではあった。考えても仕方ないと思い、先輩と楽しく話を続ける。


 談笑する中、時折あの銀髪の女性に見られているような気がしていた。自意識過剰かもしれないが、店内に少し目をやると視線の先に彼女がこちらを見ている。


 その時、目線は逢うのだが、直ぐに視線を外して無かったかのように仕事に戻るのを何回も繰り返していた。


 取り敢えず、あまり気にしないように考え、良い時間になってきた事もあり、お会計を済ませて出入り口に向かう。その際に、担当してくれた彼女がお見送りをしてくれた。




「旦那様、またいつでもいらして下さいね。夜であれば、私がいつでも対応しますので」


「雰囲気がとてもよかったので、また来たいと思います。メリーさん、またお願いします」


「はい。明日もコンセプトが変わりますので、またお越しの際は楽しんで―――」


「早く行くよ、春」


…………」




 無理矢理会話を打ち切られた為、最後にメリーさんが何と言ったのか聞き取れなかった。だが、彼女の声は加工が施されたような低い声で返事をしていたように思え、疑問に思いつつ、引き摺られながら不安は消えていった。

 
























茅花side


 やっぱりクリスマスデートで連れてくる場所じゃなかった。付き合って余裕が出来てきたから、大人な女性を演じ切ろうとしたのに、あの銀髪が会話に割り込んできて雰囲気が台無し。


 まぁ、でもこのくらいでイライラしててもしょうがないし、いつもみたいにスキンシップをしてこないアタシに春は動揺してるみたいだし、今回の作戦は大成功かな。

 それにしてもあの銀髪、どこかで見た事ある顔なんだよな、笑顔が特に知り合いに似てるような感じ。


 そのまま深くは考えず、アタシ達はこの後どうするか目的を決める。




「春は疲れたりしてない?」


「はい、大丈夫です。これから何処か行くんですか?」


「あそこに行くのが目的だったから、この後の予定も無いし、帰る?」


「えっ?!この後、家に行くとか、性の6時間を過ごすとか。強制連行しないんですか?!」


「何言ってるの春。無理に連れ出して、アタシのせいで余計に疲れたら本末転倒でしょ。特別な夜を過ごせただけでも、幸せだったし。いつでもデートは出来る訳だし」


「そ、そうですか……。いつもの先輩じゃないんだよなぁ……」




 やっぱり普段のギャップに困惑してる。いつも通りのアタシだったら、ここで迷わずホテルに行くところだけど、彼を見送るのもいい女の務め。


 たまには引く事も大事だし、付き合ってるから春から離れる事は無い。


 そうこうしている内に、春の帰りの駅前に到着。




「春、気を付けて帰ってね」


「先輩も気を付けて帰ってください。変な人に捕まると大変なんで」


「そんな奴いたら金玉蹴り上げてやるし、そんなに心配しなくてもいいよ♪」


「はい。今日は、知らない事が体験できて楽しかったです。では、また」




 春は改札を抜け、自分の乗る電車へと向かった。アタシは彼が見えなくなるまで見送ろうとその場に立っていると、春は振り返って小さく手を振り笑いながら、軽い会釈をして階段を下りていった。


 アタシは心の中で、奥さんってこんな感じなんだなと思いながら、ニヤケ顔を掌で覆い隠す。


 同じようにアタシも自分の家路に向かおうとしたが、最後の彼の不意打ちで『逢いたい』と言う衝動が大きくなり、どうしようかと迷っていた。


 迷走したが、結局彼への欲望には逆らえず、春の家まで付いて行く事に。時間差で電車に乗り込み、振り子のように揺られながら数十分。



 春の家に着いたのは11時過ぎを回って、周りの住宅は電気を消している家もチラホラ見える。彼の家はカーテンが閉め切っており、光が漏れだしていない為、寝ている。


 それを確認したアタシは、彼の玄関まで小走りで向かい、密かに作っていた合鍵を差し込み、中に入った。


 春の寝床へと向かうと掛け布団で顔を隠す程、覆い被さり、疲れていないとはいえ、これ程までに熟睡している。


 疲れていないとは言っていたものの、アタシに気遣って言ってくれていたと思うと、優しさで心臓が持っていかれる。その事にも母性本能が刺激され、アタシは迷わず彼の顔に近付き、顔面に穴が開く程、眺めた。




「あぁ…………可愛い♡。これがアタシだけのものかぁ……」




 もう邪魔する者はいない。彼との既成事実を作ったも同然だし、氷鞠も春の口から聞けば理解するでしょ。


 


 春は将来の事なんて何も心配しなくてもいい。アタシが全部、害虫から守ってあげる。部長も恐らくクビになるだろうし、何もかも上手くいってる。


 全ての運がアタシに味方してる。

 もう、抑えられない……ムリ……♡。
























???side


 あの女、何て言った?。付き合ったから大丈夫かな?。


 確かに飲み会の時、付き合えばいいじゃんって言ったけど、本心じゃない。ウチの店に来てまで、あの雰囲気で、あんなに顔を近づけて、お店に来て


 私の方がもっと彼を理解できる。私の方があんな下品な女より、ずっと綺麗だし可愛い。私の方があんな女より幸せに出来るし、不幸になんて絶対にしない。


 気持ち悪い、消したい。

 友達面して、自分だけはのうのうと……。


 でも、もういい。その時間も、もうすぐ終わり。こっちにだって、幾らでもでっちあげる事だって出来る。


 私が無害だと思ったら、大間違いだよ。

 ……。




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