にせものロゼ
けろけろ
第1話 にせものロゼ
ニコラスの仕事の相方、兼、恋人レベッカのマンション。エレベーターホールから部屋へと続く内廊下。
ニコラスはレベッカに会いに行くため、鼻歌交じりのがに股で歩いていた。ニコラスの動きに同調して、がちゃがちゃとうるさい音が立っているのは――レベッカへの土産で二本購入したワイン瓶が、買い物袋の中で擦れているからだ。
「あんましお高いのは買えないけどー、まぁ要は気持ちだよ、気持ち」
お財布事情を自分に言い訳しているうちに、レベッカ宅へ到着する。ニコラスはチャイムも鳴らさず慣れた様子で、レベッカ宅の玄関ドアを開けた。暗証番号なら、指先がすっかり覚えてしまっている。ニコラスは無言で遠慮なく部屋の奥へ進み、やがて風呂上りのレベッカを見つけた。しっとり濡れた金色の髪、桃のように色づく白い肌。まだバスタオルを巻いている。ニコラスはこっそり咽喉を鳴らした。
「やほーレベッカちゃん、俺ですよー、レベッカちゃんの愛する俺ですよー」
「……ニコラスさん! 自由に出入りしていいとは言いましたけど、一応ノックくらいしてください! 女性の部屋なんですから!」
「なんでぇ? いいじゃん。俺、どんなレベッカでも受け容れるよ?」
シャンプーの香りを楽しもうと、ニコラスがレベッカを抱き寄せる。ニコラスの腕の中でレベッカはつーんと怒っているが、それでも構わずニコラスはレベッカの尖った唇にキスした。レベッカの態度が軟化するまでそのキスは続き、最終的にはレベッカが根負けする。
「ああもう! で、ニコラスさんは何をしに来たんですか? キスですか?」
「ん、まぁキスもいいんだけどさ。なぁレベッカ、ワイングラスとコルク抜き出してきてよ」
「は?」
「今日はレベッカに土産あるんだぜ、ほら」
ニコラスが買い物袋をひょいと持ち上げた。袋の外にはワイン瓶の先端が見える。平素レベッカの酒蔵を空にする一方のニコラスが、こうやって酒を持参するのは珍しい。なので、レベッカはニコラスに言われるまま、ワイングラスとコルク抜きを取り出した。
「……まぁシャワーを浴びたところで咽喉も渇いてるし、丁度良かったです」
「素直に嬉しいって言えよー。ったく、うちのレベッカちゃんは素直じゃないねぇ」
ニコラスが買い物袋からワインを二本取り出す。まずは赤、次いで白。それでおしまい。レベッカは空になった買い物袋をじっと見つめ、少しがっかりした様子で口を開いた。
「これ、私へのお土産ですよね? 私の好みがロゼだと知ってて、このチョイスですか?」
「あ、いやー、ロゼが店に置いてなくてさぁ。そこで俺は、いい事を考えました!」
そう言いながら、ニコラスはきゅっきゅとコルク抜きを使う。そのまま一気に両方のワインの栓を抜いたので、レベッカは驚いてしまった。
「ど、どうせ全部飲むにしたって、順番に空けていきましょうよ。どうしてニコラスさんは、そういう風に、がさつな――」
「いやいや、これでいいの!」
ニコラスが赤と白のワイン瓶を同時に傾け、レベッカのグラスへ注いでいく。まるでカフェオレでも作るような動作だが、レベッカには理解できないようで――。
「ちょっ、何やってるんですか!」
「ほれ、にせものロゼの出来上がり! 飲め飲め」
「はぁ!?」
グラスには、赤とも白とも呼べないワインのカクテルが入っている。まず色合い的にロゼとは程遠いと思ったらしく。レベッカは文句をつけた。
「……ニコラスさん、ロゼはもうちょっと色が薄いですよ」
「あ、そだな。んじゃ白を多めにするか」
ニコラスは今度は自分のグラスに、言ったとおり赤は少なく白を多く注ぎ入れた。今回は、何となくロゼ風の色合いだ。レベッカはニコラスに勧められ、恐る恐るという様子で口をつける。
「うっ」
レベッカは短い呼気を上げた。眉間に皺が寄り、どう考えても味を楽しんでいるようには見えない。やはり赤は赤、白は白で飲んだ方が良さそうだ。ニコラスはしゅんと肩を落とした。
「ごめんなー! うがいして来いよ!」
「い、いえ、飲み慣れたら美味しいです!」
「ホントに?」
「本当ですよ」
頷くレベッカを覗き込んで、ニコラスは喜ぶ。レベッカが無理して「飲み慣れたら美味しいです」なんて返事したとは露ほど思っていない。レベッカの事を心の底から信じているのだ。
そんなニコラスがレベッカにキスを降らせる。それはレベッカの口内に残っているワインを味わうような深さで、レベッカの頬はロゼのように色づき――そのお陰で、にせものロゼは二人の定番になった。
にせものロゼ けろけろ @suwakichi
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