ゴミ捨て場の聖女 〜陥れようとしても意味がない、私普通にやり返しますから〜

もちづき 裕

第1話  そこはゴミ捨て場

 ティエス王国の王都トゥーバは海に面した美しい都市、この都市から徒歩で半日ほどの場所に『マカバ・ヌファヤット』という地域が存在する。


 アシリク山の麓に位置する場所であり、アシリク山の向こう側はコウヴォラ帝国が広がっている。そのため、国境にも位置するこの場所には、王都から排出されたゴミが山のように捨てられていた。


 元々このゴミ捨て場は王都のすぐ隣に位置していたのだが、悪臭問題と治安の悪化によって今の場所へと移された形となる。


 帝国とティエス王国との間に広がるアシリク山、この山を越えて万が一にも帝国の兵が押し寄せた際には、このゴミの悪臭で退ければ良いという冗談のような理由と、数百年も前にもゴミ捨て場として利用されていたという歴史がある為、これは再度、この場所を有効活用しようという話になったらしい。


 何にせよ、ゴミはどんどん捨てていかないと美しい王都にゴミが溢れかえることになってしまう。そのため、大きな荷車に乗せられたゴミは毎日、毎日『マカバ・ヌファヤット』へ運ばれていくことになった。


 元々、土壌が汚染された土地であるため、村も街もないような場所だったのだが、ゴミ置き場が移動することによって、ゴミ置き場に住み着く人々も移り住むことになったのだ。


 王都から運ばれてくるのは生ごみや破れた衣服、割れた食器、壊れた家具や崩壊した建材の他に、壊れた魔道具も含まれる。生活を助けてくれるのは高価な魔道具であり、この魔道具は魔石を動力とすることになるのだが、廃棄された魔石が意外なほどに金になる。


 ゴミ漁りをする者の中には、壊れた家具を専門にして探す者もいれば、衣服の中でもまだまだ着られそうなものを探し出して売りに出す者もいる。ゴミの中にはまだ使えるものも混ざっているため、ゴミ漁りは生活の糧として機能しているのだが、やはり換金率が一番高いのは魔石、それも破損していない魔石は高額で取引されることになる。


『マカバ・ヌファヤット』は数百年前にもゴミ捨て場として利用されていた為に、昔のゴミが地層となっている場所も多くある。この地層から稀に地崩れを起こして、数百年前に利用されていた魔道具が発見されることがある。


 太古の魔道具は今は失われた技術が詰め込まれているため、一つ見つけるだけで『マカバ・ヌファヤット』を卒業できる。つまりは、ゴミ漁りなどはやめても、まっとうな生活を送ることができると言われていた。


 欲に走った金持ちが古代の魔道具を発掘しようと資金を投入したことがあるそうなのだが、何せ、ゴミの山が広大すぎるのだ。砂漠の中で砂金を一粒探すような作業は金と労力を消費するだけで終わることが多い。


 そんなゴミが溜められた場所で、


「おばあちゃん、今日は大漁だったよ」

「フェリシアや、自分で回収したものは自分のために使っていいんだよ」

「ううん、いいの」


 自分の身の丈ほどもある麻の大袋を抱えてきたフェリシアは、ゴミの山の中から漁ってきた衣服を取り出して、

「どう?何か欲しいものある?」

と、天幕の中で子供の世話をしている老婆に声をかけた。


「そうだね、この生地なんかオムツを作るのにちょうど良いかもしれないよ」

「私もそう思ったの」


 肌触りの良い綿で出来た穴付きの敷布を手に取ると、フェリシアは腰に下げたポーチからハサミを取り出して、オムツにするのに丁度良い大きさに切っていく。


 マカバ・ヌファヤットに村は存在しないが、ゴミを漁る人々がそれぞれ古びた天幕を張って生活をしている。老婆の天幕の中では今、三人の乳児が育てられていて、里親を探しているような状態だった。


 このマカバ・ヌファヤットでは、時折、ゴミに混ざって乳児が捨てられているのだ。おそらく意図して産んだわけではない子供や、生活の負担になるからと捨てられていく子供達であり、王都から運ばれてくるゴミの中に紛れた子は、大概が死んでいるのだ。


 だがしかし、まれに生き延びた子がこのマカバ・ヌファヤットに辿り着くことがある為、ごみ収集人はそういった時にはおばあちゃんの所まで運んでくることになる。


 おばあちゃんは元々産婆として王都で働いていたのだが、何かの事情があってこのマカバ・ヌファヤットまで流れてくることになったそうだ。以降は、このゴミ溜めの中で妊娠をしてしまった女性を助けたり、赤ちゃんの世話をしたりして生計を立てている。


 フェリシアもまた、このマカバ・ヌファヤットに捨てられた赤子の一人であり、おばあちゃんに育てられた子供のうちの一人となる。

 十五歳となってからは独り立ちをして、ゴミ漁りをしながら一人で生活をしている。フェリシアが一人で使う天幕もあるし、生活の基盤は確立している。


 ここで未成年の女性が無事に生活するのはなかなか難しいのだが、フェリシアには姿を変える魔道具と、レナという後ろ盾があるから生活自体に何の問題もないのだった。


「それじゃあおばあちゃん、私、回収したゴミを売りに行ってくるわ」

「ホンザに会ったら、今日は夕食を一緒に食べようと伝えておいてくれるかい?」

「ええ、伝えておくわ!」


 天幕の中で老婆と会話をするフェリシアは、菫色の瞳に月光を溶かし込んだような髪色をしており、まるで月の精霊のような美しい顔立ちをした少女となるのだが、手首に巻いた腕輪をひと撫でするだけで、漆黒の髪に濁ったような赤目をした、痘痕だらけの少女へと変身する。


 これはゴミの中から発掘した呪物の一つであり、この呪物で姿を変えることが出来るため、フェリシアは今まで無事に過ごすことが出来たのだった。


「そんではバッチャ、オラ行ってくるごどにすっから、バッチャも気をつけてくんろ」


 もう一つの魔道具は訛りが酷くなるものとなるため、フェリシアの声が幾ら可愛くても、訛りの酷さにみんながゲンナリすることになるのだ。


 二つの魔道具を起動させたフェリシアは、大きな麻袋を担いでゴミの山の麓の方へ急いで移動することにした。


 このマカバ・ヌファヤットではゴミ回収人という人たちが居て、拾ったゴミをお金に替えてくれるのだが、午後には街へと移動をしてしまう為、午前中しか取引が出来ない。ゴミの山の麓には、回収人が並べた馬車と天幕が毎日並んでいるのだけれど、おばあちゃんの息子であるホンザが立てた天幕には毎日、長蛇の列が出来ているのだった。


 ホンザは駄物にお金は払わないけれど、上物には他より三割増しの値段をつけてくれる。自分で目利きが出来ない人間はまずはホンザの天幕へと並び、その後に別の天幕へと移動する。この界隈ではホンザほど腕っぷしが強い集団がいないため、このようなシステムがまかり通っているのだった。


「フェリシア!こっちだ!」


 痘痕に覆われたフェリシアは病を患っていると思われているため、麓を歩いても誰も近づいて来やしない。この界隈では『魔女』との異名をつけられているのだが、必要な時に薬草を安く分けてくれる事から、みんな無碍にはしないのだ。 


 天幕から出てきたホンザは盗賊みたいな見かけの男で、妻との間に十歳、八歳、六歳の子供が三人いる。子供と妻は街で暮らしているが、ホンザはおばあちゃんが住んでいる天幕と街の両方を棲家としているのだった。


「今日はどうだった?」

「ホンザさん、今日はなかなかの大漁だったんだぁ」


 破れたドレスや汚れたドレスの切れ端を引っ張り出したフェリシアは、麻袋の底の方から小さな革袋を取り出した。


 その中には小粒の魔石が山のように入っており、

「どうやったらこんなに上物が見つけられるのか・・相変わらず訳がわからねえ」

 と、ため息を吐き出しながら、ホンザは革袋を自分のポケットの中に突っ込んだ。


「金はいつものようにしておけばいいか?」

「うんだぁ」

「母さんが好きなことが出来るのも、全てフェリシアのお陰だな」

「いつも言うが、気にするんでねえよ。ここまで成長できたのもバッチャのおかげだし、オレの生活が成り立っているのもホンザさん達のお陰なんだからなぁ」


 フェリシアがそう答えて小さく肩をすくめると、

「ホンザさん!言われたものを持って来たんですけど、ここに置いておけばいいんですか?」

と、赤毛の若者が元気よく声をかけて来た。若者は天幕に居たフェリシアをマジマジと眺めると、

「うわっ!噂の魔女だ!初めて見た!」

驚きの声を上げてあとずさる。年齢はフェリシアと同じくらいだろうか、そばかすが散らばる鼻の上を皺皺にしながら嫌悪感を満面に表して仰け反っている。


「おい!言われたものをこっちに持って来ないか!」

「は・・はい・・」

 若者はなるべくフェリシアの近くには寄らないように気をつけながら、持って来た麻袋をホンザに渡すと、ホンザは赤毛の若者とフェリシアに見せつけるようにして袋を開いた。


「う・・うぐぇええええ!うええええぇ!」

 袋の中には干からびた赤子が数体入れられており、それを見つめた赤毛は気持ち悪そうに口を押さえながら激しくえずきだす。


 その袋をフェリシアが受け取ると、

「て・・てめえ!・・それを・・ウエッ・・それをどうするつもり・・ウェッ・・・」

 と、吐き気を堪えながら赤毛が問いかけてくる。


「ゴミの中で干からびた赤子は美容に良い成分があるんだってよ?」

 ホンザは赤毛の肩を叩きながら言い出した。

「王都の美女達の美容を守るため、魔女どのはこの赤ちゃん達を有効活用するのさ。お前、赤ちゃんのエキスを煮出すための作業を手伝ってくるか?」

「じょじょじょじょ・・冗談じゃないっすよ!嫌っす!絶対に嫌っす!」


 袋を受け取ったフェリシアは憂いを含んだ眼差しで袋の中を見つめると、

「そんれは残念だな、貴重な戦力になるかと思っただけどもなぁ」

と、答えながら袋を閉じて握りしめた。


 このマカバ・ヌファヤットに住み暮らす人間は、集めた赤子をフェリシアがどうするかを知っている。赤子はゴミの山の頂上に穴を掘って埋められる。幼子の魂が女神の元へと無事に移動できるようにという祈りを込めて、ゴミで作った十字の木が差し込まれるのだ。


 ゴミの山の上はすでに百を越す十字の木で埋め尽くされている。それだけの赤子が埋められたことが一目で分かるその山の上を見上げて、ゴミ漁りをする人々も冥福を祈るのだ。


 赤子が入った袋を担いで山を登っていくフェリシアを見送りながら、ホンザは赤毛の若者の肩をポンと軽く叩いた後で、

「お前は明日から来なくていいよ」

と、宣言を下した。


「な・・な・・何でですか?」

「お前はゴミ山には向かないから」

「な・・なんで・・」


「あのなぁ、このゴミ山には魔女様以上の見かけの奴はごまんといるし、赤子の死体どころか大人の死体もゴロゴロ転がっているような場所なんだよ。だからな、お前にはここは向かない。仕事なら街で探せ」


「そんなあ・・」


 フェリシアの見かけも中身も、人を選別するにはとても重宝するとホンザは考えている。このゴミ溜めでフェリシア程度の見かけに蔑視を向けた時点で向いてない、魔女が赤子を利用するという話を信じた時点で終わっている。


「さあ、街までは送ってやるし、今日働いた分は金を払ってやるから、さっさと帰る準備をしろ」

 ホンザは赤毛をせっつきながら歩き出す。この後、起こる波乱の予兆に全く気が付くこともなく、購入したゴミを詰め込んで街へ帰る支度を始めたのだった。


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