第5話 結果としては
大砲60門のフリーゲート艦を先頭に、30隻の戦列艦がティエス王国の港を取り囲むように砲門を向けた。ティエス王国の王都トゥーバは港を有する大都市であり、テムスの丘の頂きにある王城は簡単にパニックに陥ったのだった。
「ルカーシュ!我がティエス王国はもう終わりだ!我が国がコウヴォラ帝国に太刀打ちできる訳がないではないか!後はもう、戦って死ぬか、無血開城とするか、どちらかにするしか方法がない!次期王位を継ぐお前はどちらを選択する?」
顔を真紫色にしたパニック状態の国王を見下ろしたルカーシュ第一王子は、真面目な顔となって、
「私が次期王位を継ぐ形でよろしいのですか?」
と、問いかけると、
「お前以外に誰がいるんだ!」
と、父は怒りの声を上げた。
「は・・はっははっは」
美しい側妃に良い顔を見せたいが為に、今まで王太子を決めずに来たから、第一王子派、第二王子派に分かれて危うく国を二分するというところまで来たのだ。それが、国が滅亡の一歩手前まで来た途端に、お前こそが次の王だと言い出すとは、片腹痛いとはこのことかとルカーシュ王子は考えた。
「では父上、すぐさま王位を私にお譲りください」
「なんだと?」
「帝国との折衝をするのに、私が王太子身分では話になりません。私を今すぐに、ティエスの王とするのなら、この国が滅びることのない全く別の選択肢を選び取りましょう」
「む・・むう」
紫色だった国王の顔が、今度は真っ赤に染まり上がった。逡巡はいつまでも続くように見えたが、王はあっさりと息子に後を譲ることを決意した。
帝国の戦艦に包囲をされた時点で王都はパニック状態に陥り、多くの貴族が状況を把握するために王城を訪れていた。何故、帝国がティエス王国を征服するためにやってきたのか、その理由を集まった貴族たちは知らない。
ルカーシュは即座にバルターク公爵一族と、アプソロン公爵一族を捕縛した。次期皇帝と名高いレナート皇子の妃が、フェリシアであると説明をすると、集められた貴族たちが驚倒したのは言うまでもない。
ティエス王国の罪は、前バルターク公爵夫人の暗殺と乳児だった令嬢の誘拐から始まり、神の御子である二人をまんまと排除して後釜となったヘルミーナ夫人とユーリア嬢を野放しにしていたことにあるとした。
この悪魔のような夫人と娘の策略に溺れ、簡単にフェリシアを捨てたエルモ・アプソロンも、アプソロン公爵家も、悪の手先となったも同じこと。また、悪魔の夫人ヘルミーナと王の側妃が親しき間柄なのは有名な話であり、側妃がフェリシア嬢を誘拐し、排除するのに一役買った証拠も出てきたと説明。
神の御子を守るために聖戦を掲げる帝国軍に対して、我が国がまずやるべきことは悪の手先の排除であるとルカーシュが宣言すると、
「・・・・・」
家臣一同、まずは情報を整理するのに時間を要することとなったのだった。
まずはルカーシュと婚約者のイトゥカが帝国の船に乗り込んで会談をすることとなったのだが、
「フェリシア!無事でよかったわ!」
フェリシアを見つけるなり、興奮を抑えきれない様子でイトゥカはフェリシアに抱きついた。
イトゥカは噂話が出回った時点でフェリシアを王宮で保護しようと考えたのだが、ヘルミーナ夫人の動きは早く、あっという間にフェリシアは地方都市の修道院へ送られることになってしまったのだ。
「それで?第二王子とそれ以下は何処に居るのかしら?」
イトゥカの質問に、レナート皇子が苦笑を浮かべながら答える。
「船底で拘束されたままだけれど」
「色々と証拠も揃ったことだし、正式に裁判を行なって、国の法に則って裁く形でもいいかな?」
椅子に座りながらルカーシュが問うと、
「それで構わない」
と答えてレナート皇子も席についた。
逃げ出したフェリシアはレナートの元で保護を受けている間も、イトゥカと連絡を取り続けていた。そうして、これからどうしていけば一番良いのかを、話し合う機会に恵まれたのだった。
レナート皇子は、今の帝国が牙を抜かれた腰抜けだと判断した上で反旗を翻そうとする国内の一部の勢力に苦慮しているところであったし、ティエス王国のルカーシュは、正妃と側妃、どっちつかずの国王の態度に辟易としているところだった。
側妃側から暗殺者を差し向けられ、危機的状況に陥ったルカーシュは、側妃可愛さに見なかった事にした父の姿を見て、ある意味、踏ん切りがついたと言えるだろう。
今回の一連の騒動は、帝国側としては怒らせたら怖いんだぞという周辺諸国や国内勢力への戒めにもなったし、王国側としては、いらない公爵家二つと側妃の勢力を一気に潰すきっかけにもなったのだ。
「それでは、帝国に対して我が国としては、公爵家を潰して集めた賠償金の支払いと共に、ティエス王国内の港湾使用料ゼロ、水の無料供給、関税ゼロでの帝国との貿易を提示。また、レナート皇子の妃が住み暮らすことになったマカバ・ヌファヤットを特別保護区として、期間を設定しての帝国側の所有を認めるということでどうだろう?」
急いでまとめてきた案が書き記された書類に目を通したレナートは一つ頷くと、
「特別保護区の所有は二十年として欲しい、それ以外はこのままの案を受け入れよう」
と、あっさりと答えている。
これから東大陸との貿易が盛んになることを見込んで、水や食料を補充するための寄港地を用意する必要がある。帝国は3カ国の中から交渉を始めようと考えていたところ、ティエスが港湾使用料ゼロ、水も無料、関税撤廃をしてくれると言うのなら、それに越したことはないのだ。
「マカバ・ヌファヤットの古代遺物は、発掘したもの全てを帝国の所有として構わない」
古代遺物は金になる。だがしかし、そんな古代遺物の所有権よりもルカーシュには欲しいものがあるのだ。
「その代わり、東大陸の貿易にはティエス王国も一枚噛ませて欲しい」
東大陸は今、好景気に沸いている。是非ともティエスとしては東大陸の貿易に参加したいと思っているのだ。
「うちの船の船倉を貸し出すのは構わないが、金はきっちり徴収するぞ?」
「全然!大丈夫!問題ない!」
今のティエス王国では自国で東大陸まで航海することが出来る船を開発するのは難しい、だからこそ、船の開発に成功した帝国に便乗したいと考えているのだ。
「ははは、それじゃあ、水だけでなく食料も安く仕入れさせてもらわなくちゃだな」
「問題ない!全然問題ないよ!」
こうして帝国と王国は手を組み、共に発展していくこととなるのだが、聖戦騒ぎから一転、帝国の懐に入り込むことに成功したルカーシュの手腕は後々まで語られることとなるのだった。
さて、最後まで自分たちの正義を主張したヘルミーナや側妃だが、神が愛する御子の暗殺に関わった罪は大きく、極刑に処せられることが決定した。
娘のユーリアは国外の修道院へ、第二王子はまだ十二歳ということで、王位継承権を剥奪後、王都からも離れた場所にある荘園への幽閉が決定。
バルターク公爵家は子爵位だけは残されてマクシムの弟が引き継ぎ、フェリシアの父であるマクシムは平民となって領地で働くこととなった。マクシムは悪い人ではないのだが人の意見に流されやすく、ヘルミーナの都合の良いように騙された部分もあるため、情状酌量の余地があるとされたのだ。
アプソロン公爵家はこの騒ぎの中で汚職が明るみとなり、バルターク公爵家同様、子爵位だけが残されて、エルモの従兄が引き継ぐこととなった。
ルカーシュの元側近となるエルモは平民落ちした後、従兄を助けて働いた。色々と足りないところはあるものの、根は善良で、惜しまず働くところがある。後に領地の娘と結婚して幸せな日々を送ることになったという。
まだ帝位は継がないレナート皇子は、妃と共に、マカバ・ヌファヤットの発掘事業に乗り出すことになった。ゴミ溜め場で住み暮らす人々には一旦、退いてもらった上で、王都から集められたゴミはレナートの火炎魔法によって全て焼却処分されることとなったのだ。
その後、今までゴミを漁って日々の糧としていた人々は発掘作業に参加することによって賃金を獲得し、多くの人々が天幕生活をやめて街へと移動していくことになったという。
ルカーシュが王位を継ぐと、すぐさま公爵家お抱えだった魔法使いたちを召し上げて、国をあげてのゴミの焼却処分に乗り出した。
ゴミは燃やす前に目利きによって分類され、使えるものはリサイクルし、本当にいらないものだけ焼却処分をしていったところ、国に蔓延る疫病問題が目に見える形で改善していくことになったという。
また、捨てられる赤子の保護を王国として乗り出すことで、多くの命を救うことになったのは言うまでもない。
聖女が作った赤子の墓地は王国の戒めとしてそのままマカバ・ヌファヤットに残されることが決定した。こうして、ゴミ捨て場に現れた聖女の話は、尊き身分の方でも、育った場所に貴賎は関係ないということで、後世まで語られ継がれることとなったという。
〈完〉
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