番外編 訛る私はお好きですか?
レナートは母が病に倒れ、帝国の今の医療では到底助けることは出来ないと言われて苦悩することになったのだ。
「遥か昔であれば、万病を治す魔道具が存在したと言いますが、今の世の中にはその技術は廃れて残されていないのです」
医者はそう言っていたのだが、だったらその太古の魔道具とやらを探してくれば良いのではないか。そう考えたレナートは、忘れ去られた魔道具が眠ると言われるティエス王国のマカバ・ヌファヤットを目指すことに決めたのだった。
十歳のレナートは皇子であっても比較的自由であったし、大人顔負けの魔法の使い手であったため、マカバ・ヌファヤットに潜入するまでは簡単に出来たのだが、
「臭い・・気持ち悪い・・吐き気がする・・耐えられない・・」
ゴミ溜めの臭いに辟易とし、満足に水を飲まないまま魔道具を探し続けていた為、炎天下のなか倒れこんでしまったのだった。
もうこのまま死ぬかもしれない・・母さんごめん・・と思いながら目を瞑っていると、ひんやりとした手が自分の額に置かれている。
目を開ければまだ幼い少女が自分を見下ろしていて、
「水飲む?」
と、言い出したのだった。
「飲みたい・・・」
「じゃあ、起きて」
少女に無理やり起こされたレナートは、少女が差し出してきた水を貪るように飲んだ。それは薬草の匂いがする水で、喉越しも爽やかで、何杯でも飲めるほど美味しいものだった。
「待って!待って!飲み過ぎ!飲み過ぎ!」
「えええええ〜!」
「今は乾季だから水が少ないのだもの、みんな、少ない水を分け合って生活しているのよ?」
「じゃあ、雨が降ればいいのか?」
「それはそうかもしれないけど・・」
レナートは天に指を向けていくつもの魔法陣を描いていった、すると雨雲が上空に集まり、雨がパラパラとゴミの上へと降り注いでいく。
「これでいい?」
「なんなの一体!あなた何者なの!」
菫色の瞳をした可憐な顔立ちの少女は、飛び上がるほど驚いた。
大魔法使いの生まれ変わりとも言われるレナートは大概のことは何でも出来る。ただ、人の病だけは治すことが出来ない。
「お母さんの症状を教えてくれる?」
赤ちゃんがやたらと転がる天幕へと移動した少女は、レナートから母の病の症状を聞くと、小さな光る石を一粒、粗末な棚の中から取り出して、祈るように石を自分の額に当てながら瞳を閉じたのだった。
そうして次に目を開いた時には、その瞳が虹色に輝いていることに気がついて、自分を助けた少女が只者ではないことにレナートは気がついた。
「肺の病気のようだから、この癒しの魔石を三日間、あなたのお母さんの胸元に置いてちょうだい。袋に入れて首からぶら下げる形が良いかも、お家の人に用意してもらったら良いと思うわ」
「本当に治るの?」
「治るわよ!」
少女はレナートの目の前に手の平を差し出して、
「金貨一枚」
と言い出したのだった。
少女、フェリシアは不思議な娘で、魔石を探し出す力と、魔石の力を取り戻す力を持っている。ごみ漁りで一番金になるのが魔石だというのは常識だけれど、フェリシアは魔石以外にも洋服や食器をいつも漁っていた。
母が無事に完治したため、御礼に金貨百枚を持っていくと、
「それはいらない、もうお礼はいただいているから」
と、少女は無欲なことを言い出した。
「過ぎたるは及ばざるが如しとおばあちゃんが良く言うの」
「難しい言葉を知ってんだな!」
レナートは呆れ返りながらも、少女のことがこの時すでに、大好きになっていたのだ。
赤子の時にここに捨てられたフェリシアは神の御子に間違いない。だからここに住むおばあちゃんも、おばあちゃんの家族も、フェリシアを掌中の珠のように守り育てている。
だけれども、とてもとても、このままでは守りきれないとレナートは判断した。
丁度、醜女に変身することが出来る呪具を拾ったレナートは、フェリシアの為に改良をして、言葉が訛る魔道具と一緒にプレゼントした。
誘拐されても、レナートがすぐに助けられるとは限らない。身を守る魔道具をレナートはフェリシアに次々とプレゼントした。
まさかティエス王国の王子を助けて王宮に連れて行かれるとは思わなかったし、親の独断で婚約者が出来るとも思わなかったけれど・・
「あいつはクソ野郎だぁ、なんしろオレの話なんてちっとも聞かねえ、勝手に自分で考えて、勝手に決め込んで、それで最後にはお払い箱だかんなぁ。死ねばいい!」
と、憎々し気に言い出すフェリシアを見て吹き出して笑ってしまった。
フェリシアは修道院送りにされるその最中に、凶悪そうな男たちに誘拐されそうになったのだが、レナートがせっせとプレゼントしてくれた魔道具を起動して、レナートの所まで移動することに成功したのだ。
そんなフェリシアを、レナートはニコニコ顔で抱きしめた。
自分よりも親が決めた婚約者がよっぽど良いとか、愛しているとか言い出した暁には、レナートはティエス王国を滅ぼそうと考えていた。やると言ったらやるのがレナートなので、頭の中では幾つものシミュレーションが出来上がっている。
「みんながなぁ、オレのこの訛りが浅ましいとか卑しいとか、そりゃもう文句タラタラなんだぁ。褒めてくれたのはイトゥカ様とか、その周りの美しい姉ちゃんばっかで、王宮出たらほぼ地獄。何度この魔道具を外してやろうかと思ったか」
「嫌だよ!その訛りがいいんじゃないか!」
「ほんどにおめはこの訛りすきだなぁ?」
呆れたような顔で見上げるフェリシアは、透明になって見えない指輪をひと撫ですると、
「訛る私はお好きですか?」
と、鈴の鳴るような声で問いかけながら、小首を傾げてレナートを見上げてくるのだった。
「もう!どれだけ我慢させればいいの?どれだけ試し続けるつもりなの?やめて!襲っちゃいそうだから!その下から見上げて首こてんはやめて!」
フェリシアが王都に行ったのも自分の意思、バルターク公爵邸に行ったのも自分の意思。
フェリシアの乳母がおばあちゃんの娘であり、フェリシアの誘拐を阻止しようとして殺されたという経緯がある。
マカバ・ヌファヤットに捨てられたフェリシアをすぐに保護したのがおばあちゃんなのだが、その時にはフェリシアの母も殺されて、公爵は二人を亡くした悲しみからヘルミーナに依存しているような状態に陥っていた。そのため、そのまま王都には帰らず、マカバ・ヌファヤットで身を隠す決意をしたのだという。
悪い人ではないんだけど・・という枕詞がつく自分の父に一目会うためと、母親の死の真相を明らかとするために向かったのだが、王都には性悪たちが揃いぶみとなっていた。
ゴミ溜めで生活をし続けてきたフェリシアは、他人からコケにされるのが大嫌いだ。
封印の魔石を使って隠されていた書類を発見したフェリシアは、ヘルミーナが母を毒殺した経緯と、今は側妃と組んで、フェリシアを亡き者にしようと画策している証拠を見ることになる。
いくら聖女と言われるフェリシアであっても、広い心で許すわけがない。
ゴミ捨て場の聖女と言われたフェリシアは、陥れようとしても意味がない。いつでもどんな場所からでも這い上がり、どんなことがあっても、反対に相手を陥れてやる。さてさて、どうやって敵を罠に嵌めようかと、毎日考えているような粘着気質の聖女なのだ。
それに、そんなフェリシアにはレナートがいる。
「フェリシア?何考えているの?」
「復讐」
「どんな復讐にしようか?」
レナートはいつだってニコニコ顔でフェリシアを見つめているのだ。
〈完〉
ゴミ捨て場の聖女 〜陥れようとしても意味がない、私普通にやり返しますから〜 もちづき 裕 @MOCHIYU
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