第3話  ごみはゴミが大好きでしょう?

 ティエス王国の第一王子であるルカーシュを助けたフェリシアは王宮に移動した後は、下にも置かない扱いを受けることになった。


赤子の時に誘拐された公爵令嬢であると思われるフェリシアは、丹念に何度も王宮の侍女によって洗われ、バラバラだった髪の毛も整えられ、素晴らしいドレスに身を包んで化粧を行えば、何処からどう見ても貴族令嬢にしか見えない。


「私はイトゥカ、ルカーシュ殿下の婚約者なの。殿下を助けてくれて本当に有り難う!」

 イラーチェク公爵令嬢であるイトゥカは、フェリシアが王宮に滞在する間は、自らサポートを申し出たのではあるが、

「そっだら姫様にオレのサポートなんて、申し訳ねえにも程があるべ」

 可愛らしいフェリシアの口からこぼれ落ちる訛りの酷さに、最初、驚き固まりながらも、

「まあ・・まあ!まあ!まあ!なんて可愛らしいのかしら!」

と言って、彼女の訛りをとても愛したのだった。


 物語のようにフェリシアが助けたルカーシュ王子と恋に落ち、二人でイトゥカを追い落として結婚をするというのなら、この訛りは大きな問題になるかもしれないが、

「私にはイトゥが居るのに?何故?理解が出来ない?何を言っているんだ?」

と、言い出す朴念仁のルカーシュ王子が何かの事件を起こすようには到底思えない。


 そもそも、フェリシアと父である公爵が王宮で面会する時に、ルカーシュの側近であるエルモが婚約を申し出たのだ。公爵もエルモがフェリシアの婚約者になることに否はなく、とんとん拍子に話が進んでいくことになる。


 そうしてフェリシアは一旦、自分の生家に帰ることになり、イトゥカは寂しい思いをすることになるのだが、そんなイトゥカの元へ流れて来たのは、到底信じられないような噂だったのだ。



         ◇◇◇



 あれよあれよという間にティエス王国の王都トゥーバへと移動することになったフェリシアは、ルカーシュ王子の婚約者であるイトゥカから行儀作法を教わることになったのだ。


 王家に嫁ぐ予定のイトゥカが教える作法は本格的なものではあったのだが、全てレナから教わったものと遜色ないものであった為、特別苦労することもなかったわけだ。


 王宮での生活がこのまま続くものかと思っていたら、マクシム・バルターク公爵が王宮へとやってきた。赤子の時に誘拐された娘が現れたと聞いて飛んできた公爵は、フェリシアを一目見るなり大泣きをしてしまったのだった。


 フェリシアの容姿はまさに妻の生き写しであり、間違いなくフェリシアは自分の娘だと公爵は宣言した。そこで前に出てきたのがルカーシュの側近であるエルモ・アプソロンで、フェリシアとの婚約を許してくれと今日会ったばかりの父に申し出たのだ。


「マッダグ意味がわからねえな。そもそもあんまり話しだこともねえのに、こっちに求婚するんでねぐ、今会ったほぼ他人の父親に言うだがよ。王宮式はやっば、わがんねえな」


 父の隣に立つフェリシアは小さな声でぼやいたのだが、そのぼやきはエルモには聞こえなかったらしい。だがしかし、隣に立つマクシムには良く聞こえていたようで、


「フェリシア、君にはよく分からないかもしれないけれど、貴族同士はまずその両親に結婚の申し込みをするものなのだよ。エルモ君はルカーシュ殿下の側近だし、アプソロン公爵の嫡男でもある。僕としては、君が幸せな人生を送るためには、彼と結婚するのが一番だと思うよ?」


 そう言って、マクシムはエルモの申し出を受けてしまったのだ。赤子の時に誘拐されて十五年の歳月を置き、本日、赤ちゃんぶりに会ったばかりの娘の結婚を即答で決める父親の薄情さに驚きながらも、

「あああ、結局はそういうことだっぺえ」

 後に公爵家に移動することになったフェリシアは大いに納得することになるのだった。


 正式にバルターク公爵家の娘として王国から認められることになったフェリシアは父のエスコートを受けながら公爵邸に帰宅することになった。

 フェリシアの母はフェリシアが誘拐されたのを悲嘆して病に罹り、すでにこの世の人ではなく、後妻となった義母ヘルミーナと、フェリシアの義妹となるユーリアが出迎えることになったのだ。


「お姉様!おかえりなさい!お姉様が帰ってきてくれて私たち本当に嬉しいわ!」

「娘がもう一人出来て本当に嬉しいわ!仲良くしましょうね!」


 燃えるような赤い髪にエメラルドの瞳を持つヘルミーナとユーリアは、ニコニコ顔でフェリシアを出迎えたが、歓待したのは公爵が王都の屋敷に滞在する三日だけのこと。


 公爵が居なくなった途端、フェリシアを部屋に閉じ込めて、朝、昼、晩と食事はゴミ箱から拾い上げたものを出すようにしたのだった。


 そうして、突然帰ってきた公爵令嬢に対して興味津々となっている噂好きの貴婦人たちに対して、

「やはりゴミ溜めの中で暮らした所為なのか、自分の部屋にゴミを溜め込んでしまうんですのよ」

と、涙ながらにヘルミーナやユーリアは語ったのだ。

「食事も私たちがまともな物を用意してもゴミしか食べませんの、なんて可哀想な娘なんでしょう!」


 巨大なゴミ溜めとなっているマカバ・ヌファヤットで見つかったというのも前代未聞だというのに、公爵家の自室にゴミを溜め込み、ゴミしか口には入れないという。

 公爵家に突如現れた令嬢はセンセーショナルな話題となって千里を駆けることになったのだが、本人ばかりがそんな噂話を知らない状態に陥った。


「フェリシア、君は本当に自分の部屋にゴミを持ち込んだりしているのかい?」


 婚約者となったエルモにとって、婚約者がゴミを持ち込むとか、ゴミを食べるなどという噂は到底看過できるものではない。


「今すぐに君の部屋に行きたいんだ!案内してくれないかな?」

「はあ、オレの部屋に行きてえってか」


 未婚の女性の部屋だというのに、無理やり行こうとするエルモの態度に辟易としながらも、フェリシアは仕方なしに親が決めた『婚約者』とやらを案内することにした。


「ねえ、フェリシア、君はマナーの先生に言葉遣いは直されないの?」

「はあ?」

「あのね、アプソロン公爵家の妻として、今の君のままの言葉遣いは本当にまずいんだよ」

「はあああ?」


 王宮に移動したばかりの時は、ルカーシュ王子の婚約者であるイトゥカ・イラーチェク公爵令嬢がフェリシアの訛りを、

「可愛い!響きが可愛い!」

と、絶賛していた為、ルカーシュの側近であるエルモも、

「本当に可愛いですよね〜」

なんて言いながらやに下がっていたというのに、今や、ゴミの下に湧き出る蛆虫を見るような眼差しでフェリシアを見てくるのだ。


「まあ!アプソロン公子さま!まさかこれからお姉様の部屋に行くわけじゃありませんわよね?」


 廊下の向こうから駆けるようにしてやってきた義妹のユーリアは、涙ぐみながら自分の鼻を押さえて、

「おやめになった方がいいわ!どう言ってもお姉様はやめてくださらないもの!」

 泣くのを堪えるようにしながら言い出したのだ。


 こうなってはエルモもフェリシアの部屋の訪問を止めるわけにはいかない。噂が真実かどうかを確認する必要が自分にはあるし、万が一の場合は、今後のことを真剣に考えなくてはいけなくなるのだから。


 止めに入るユーリアを振り切り、部屋の入り口で大騒ぎをする使用人を押し退けて問題の部屋へと向かったエルモは、とんでもない惨状を目にすることになったのだった。


 天井を飾る小さなシャンデリアから芋の皮がぶら下がり、床一面に生ゴミがぶちまけられた部屋は異臭で鼻が曲がりそうだ。

 枕には魚の骨が並べられ、ソファの上には豚の生首が置かれていた。


「お・・お・・お嬢様が・・この方が落ち着くと仰いますので」

「う・・う・・嘘だろう!」


 あまりの惨状に悲鳴のような声を上げると、

「ふわぁあああ、金持ちのやることってほんど理解できねえことばっかだなぁ」

と、ようやく部屋にやってきたフェリシアが言い出したのだった。



 婚約者であれば、フェリシアがこの屋敷でどんな目に遭っているのかを心配するべきであろうし、部屋の中の惨状を見た時点で、フェリシアを公爵家または王宮へ移動させるべきだろう。


 王宮に移動した際にもフェリシアは生活に支障をきたさなかったし、あのゴミ溜めの中で生活をした時でさえ、彼女の天幕の中は清潔に保たれていたのだ。


 だがしかし、

「お姉様!やめてください!ゴミなんか食べないで!」

 フェリシアの奇行を止めるように腕に飛びつく義妹ユーリアの姿を見て、どちらが正しいのかという判断を間違えることになってしまったのだ。


 姉を必死になって止めるユーリアの姿が健気に見えたとしたら、エルモの瞳は節穴だろう。この時、集まった使用人たちの姿の異様な様子に気が付かなかったエルモは、第一王子の側近としては失格ということになるのだろう。


 この時の出来事が決定打となって、ゴミ捨て場で発見された公爵令嬢は修道院に送られることが決定した。


 移動の最中に不幸な事故に巻き込まれ、生死不明の状態となったとしても、その後の安否が不明となったとしても、噂好きの人々は次の噂に飛びついている最中だったので、大して気にすることもなかったという。


 なにしろ、ゴミの中から拾い上げた公爵令嬢から多大な被害を受け、大きな心の傷を作ることとなった公子を、同じように被害を受けていた妹ユーリアが愛の力で癒すこととなり、二人は晴れて婚約を結ぶこととなったのだ。


 それは幸せな二人の物語、傍迷惑な姉の排除に成功したラブストーリー。二人は末長く幸せに暮らせました、ということになるのだろうと、噂を聞きつけた夫人たちはほっと感嘆のため息を吐き出したという。


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