Ⅱ
「……さい……起きて下さい。ぼっちゃま」
――じぃの声が聞こえる。それに……何か揺れている感覚。それに“ぺちぺち”小さな音が聞こえる――
蒼空は『なんだろう……』と寝ぼけ眼をゆっくり瞬かせる。左右に揺れているのは自分の顔で、音の正体は頬からだと認識する。
そして、この酷い仕打ちを行っているのは誰だと視線を降ろすと、上半身に跨って蒼空の顔を真剣な眼差しで見つめている大和だった。
だんだんと意識がはっきりしてきた蒼空は、聴覚、嗅覚、痛覚などを取り戻していく。『痛い……』と頭に文字が浮かび上がる。
だが彼は自分に言い聞かせる。『きっと何か虫でも……』と必死に涙目で、それを堪えながら……。
「――痛いよ!!」
「おや? やっとお目覚めですか。おはようございます、ぼっちゃま」
蒼空の頬を叩いていた手を止め立ち上がった大和は、燕尾服に出来た皺を手の平で伸ばし整える。
「おや? ……じゃないよ! どうして、そんな澄ました顔で何事もなかったように振る舞えるの!? あと、おはよう!!」
「お目覚めもよろしいようで何よりです。おはようございます」
大和は、蒼空ににっこりと微笑みかける。
「そりゃ、目覚めも良くなるよ!! こーんなに両頬が腫れるほどビンタされてたらね!! 両親にだってこんなにビンタされたことないよ!! もっと普通に起こせないかな!?」
「申し訳ございません、ぼっちゃま。何度お呼びしてもお目覚めにならなかったもので……致し方なく……」
両頬を真っ赤にして捲し立てるように怒りながら話す蒼空。その様子に、思わず声を出して笑いそうになった大和は、顔を反らし笑っているのがバレないよう手で口元を隠す。しかし蒼空は、大和が笑ったのにすぐ気付いた。
「いま笑ったよね!?」
「いえ……申し訳ございません蒼空様。次、起こすときは一発で」
「うん、死ぬよ? もうそれ、ぼく一生目覚めることないからね?」
大和は内ポケットから何やら取り出すと、満面の笑みで蒼空の方に向けて見せる。それは『ドッキリ大成功』と書かれた皺くちゃの紙だった。蒼空は、その紙を呆れたようにじと目で見る。
「いや、そんな寝起きドッキリみたいな感じされても困るんだけど……しかも、その皺くちゃの紙って、探偵業営む前から持ってるよね? 物持ち良すぎじゃない? どうやって保存してるのさ……」
と言う疑問に対して大和は、ポケットから透明の袋を取り出した。
――あー“ジッブロッグ”!!――
思わず某芸人の手を前に出すツッコミの真似をしてしまう蒼空。しかし、朝から余計なカロリーを消費して疲れるのが嫌なのか、すぐに止めた。
それから、コートの内ポケットをガサゴソ漁ると、昨日の自己紹介中でも見せたシルバーの懐中時計を取り出して蓋を開く。
その蓋の内側部分には、幼い頃、母親と2人で撮った写真が飾られている。蒼空は写真を親指でなぞると、懐かしむように少し微笑んだ。
そして、ローマ数字で指された時刻を確認したものの『当てにはならないな』と、パタリと懐中時計の蓋を閉じた。
美島蒼空の異世界探偵録 櫟ちろ @kunugikko5
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