世界はそれを愛と呼ぶんだぜ

 気がつくと見知らぬ個室にいた。

 ソファーに腰掛けながらに思う。


 ──ここはどこ?


 薄暗くて、やけにチープな内装。キョロキョロと辺りを見回してようやく、ここがカラオケの一室であるということを認識する。入室した覚えなんてないが、どうやらそういうことらしい。

 あまりにほうけすぎていたせいか、現状の把握がまるでできていない。

 さすがに「私は誰?」とまで言うつもりはないが、一つ一つ、状況を確認していこうと思う。


 俺の名前は佐和大輔。

 あだ名はサービスマン。

 日々、人助けに奔走ほんそうする、ちょっと変わったナイスガイだ。


 そこまで思い浮かべると、周囲から「大宮くん、待ってましたーっ」という奇声が上がる。そちらに目をやると、どうやら壇上だんじょうにいる友人がこれから一曲披露するらしい。聞こえてくる野太い歌声をBGMに、さらに思考を深めていく。


 そう、今日は合コンがあった。

 そこで二次会に誘われて、今はカラオケにいるという次第しだいである。

 ただ、その前に──とても衝撃的な出来事があった気がする。


 いよいよ思考が問題の核心へと迫る。すると、今度は「きゃー小宮くん、じょうずーっ」という嬌声きょうせいが上がった。どうやらタンバリン片手にもう一人の友人がパフォーマンスを披露しているようだ。楽しそうだなとぼんやりと考えつつも、正直どうでもいいことなので、彼らのことは意識の外へと追いやる。

 今はもっと優先すべきことがある。


 思い出されたのは一人の少女──九重結菜さん。

 彼女のことを考えると、大輔の脳髄のうずいがオーバーヒートした。

 その理由を求めようとすればするほどに熱暴走は激しくなる。

 なんだ……これはいったいどういうことか?


 考えれば考えるほどドツボにはまる。

 そして当の九重さんといえば、あの後、満足そうな笑顔を見せて「また明日学校で」と颯爽さっそうと去っていった。熱に浮かされていた大輔は、結局、彼女のその振る舞いの意味を尋ねることができなかった。

 ふと、壁にかけられている鏡の存在に気づく。カラオケの室内に鏡が置いてあるなんて珍しいが、今はその理由を考えている余裕はない。これ幸いと覗きこみ、自らの顔色を確認する。

 真っ赤な林檎りんごがそこにはあった。


『盛り上がってるかーいっ!!』


 マイクを持つ友人の叫び声が聞こえる。

 コールアンドレスポンスを試みたようだが、そうそうノリの良い反応なんて返ってこないだろうから、期待しない方がいいのに。


『いえーぃ!!』


 ところがどっこい、本日のオーディエンスはテンションアゲアゲだった。

 したがって、一人だけ声を上げない大輔が目敏めざとく取り沙汰されてしまう。そうして『今度は佐和が歌えーっ』と指名を受けてしまった。

 

 ──仕方がない。

 

 未だ心情はまとまらず、今にも声を上げてしまいそうなほどの焦燥しょうそうが身を焼いているのだが、あまりグズグズしているといらぬ猜疑さいぎを受けてしまう。それに物は考えようで、叫びたくなるほどの情動であるならば、いっそ咆哮ほうこうしてしまえばいいと開き直る。カラオケという遊戯はヤケクソを起こすためにある。

 大輔はマイクを受け取ると、壇上へと上がった。


「曲はどーする?」

「あーもう入れてるから、大丈夫」


 選曲は適当だ。

 ただ歌える題名が目についたからそれを入力しただけ。


 イントロを待つ間にも考える。

 はたして今の自分の気持ちはなんなのか……いや、おおよそは理解できている。かつて大輔はこれに似た感情を経験し、それを『こい』と呼んだ。だから今回のコレも恋に落ちているのだと思うことにする。


 しかしどこか、納得しきれない自分がいるのだ。


 するとなると、この感情はいったい何のなのか……崇拝すうはいなのか憧憬どうけいなのか、はたまたやっぱり恋慕れんぼの情なのか……グルグルと堂々巡りだ。

 

 ──やっぱり結論は出ない。


 すると曲のイントロが始まり、とうとう大輔の出番となる。

 今はすべて置いておくことにしよう。

 自分の気持ちはその後だ。


『それでは聞いてください──』


 大輔はフラストレーションを払拭ふっしょくするように、歌い出す。


『世界はそれをあいと呼ぶんだぜっ!』

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サービスマン、願いを叶える 久保良文 @k-yoshihumi

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