おれが あらわれた!
やざき わかば
おれが あらわれた!
朝、眼が覚めてリビングに行くと、俺がいた。
俺は大声を上げてへたり込んでしまったが、もう一人の俺は俺を無表情で一瞥すると、彼の今までの行動であったであろう、料理の準備に戻っていった。
呆然とする俺の目の前で、手際よく朝食の準備を二人分終えると、彼は「食え」と言わんばかりに皿をテーブルに並べた。
その緊張感のない雰囲気に毒気を抜かれた俺は、椅子に座って、今、俺が作ってくれた朝食を食べる。俺が俺と向かい合って朝食を食べているのだ。ハムエッグトーストと付け合せのレタス。それにコンソメスープだ。美味いことに腹が立つ。
食事の時間中、「お前は誰だ」とか「食材はどうした」とか聞いてみたものの、話しかけられる都度こちらを見はするが、答える気はないようだ。一切声を発しない。釈然ともせず完食する。空いたお皿もヤツが片付けてくれた。
今日の大学の講義まではまだ時間がある。俺はリビングのソファに寝っ転がって、この状況を考えてみるが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。次に起きたときには、講義どころか、バイトにすら三時間も遅れていた。
急いでバイト先に電話をすると、なんと「俺」は出勤して働いているらしい。電話先の店長に怪しまれたので、親戚の振りをして早々に切ってしまった。
いつも俺が帰るくらいの時間帯に、「俺」は帰ってきた。荷物からして、どうやら大学へも行っていたようだ。「俺」は俺を気にすることもなく、シャワーを浴び、俺の分の夕食も作って、また「俺」と俺で一緒に食べて、寝てしまった。
洗濯や掃除などは午前中、大学に行く前に済ませていたらしい。
なんなのだろうか、この完璧な「俺」は。どこから来たのかも、その目的も分からないが、少なくとも俺に害を与える存在でないことは確からしい。
俺は、次の日もあえて大学とバイトを休んだ。ヤツがどういう行動を取るか、見たかったからだ。結果、ヤツは大学で講義を受け、バイトへ出勤した。
これは正直、俺にとって得しかない。やらなきゃいけない煩わしいことはアイツに丸投げして、俺は俺のやりたいことだけをやれば良い。幸い、ヤツが働いた給料は俺の口座に入る。俺は大喜びした。
それに気付いた俺は、遊び倒した。とは言っても、趣味のキャンプやバーベキュー、登山などだが、思う様楽しんだ。その間に出来た彼女と、旅行もしたしデートもたくさんした。
それからしばらくして、俺はあれだけ楽しかったアウトドア趣味や、彼女とのデートが面倒くさくなってきた。しかし大丈夫。俺には「俺」がいる。ヤツに任せておけば、万事うまくやってくれるだろう。そして実際うまくいった。
気付けば俺はどこにも出掛けず、完全に引きこもりとなった。動かないものだから体重と脂肪は増え、日光を殆ど浴びないので不健康に白くなり、筋肉も衰えた。しかし、「俺」がいるから大丈夫だ。楽に食べていける。外にも出ず、誰とも接することもせず、パソコンで好きな動画ばっかり観ていた。
しかしある日、「俺」がいなくなった。俺はパニックになった。家事などもう全然やらなくなっていたし、何より金が心配だった。今までの蓄えはあるから、しばらくはそれでなんとかなるだろうが、先行きは不安だ。
それから数ヶ月後。「俺」が、ある画期的な発明を成し遂げた技術者として、テレビ番組のインタビューを受けていた。世界中の企業からオファーが殺到しているそうだ。そして当時の彼女はいつの間にか「俺」の妻となっていて、しかも新進気鋭の小説家、脚本家として今、業界で話題となっていると言うのだ。
何故こうなった。俺は突然やってきた「俺」に全てを奪われてしまった。「俺」がいなければ、その画面に映っている成功者は俺であったはずだ。俺は無様に、不健康に肥えきった身体を抱え、外に出た。
歩いている人々が眩しく感じる。久しぶりの外だ。太陽の光だ。俺は道行く通行人を片っ端から捕まえて、俺の写真を見せ、「これは俺なんです。本当はこいつじゃなくて、俺なんです」と訴えた。
そうだ。あれは「俺」だ。「俺」でなきゃいけないんだ。「俺」があそこに映っていなくてはいけないんだ。あれは「俺」の人生だ。
「俺」の叫びは、誰にも理解されることはなかった。ニュースの中で俺と彼女は、仲睦まじく笑っていた。
おれが あらわれた! やざき わかば @wakaba_fight
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