173話 ごちそうスープとご自愛スープ 2


「何をしているんですか? あなたは」

「いや……その、良かれと思ってだな……」


 冒険者ギルド長室で副ギルド長のシャロンから叱責を受けるのは、この部屋の主であるセドリックである。

 大きな体を縮こませてシャロンの話に頷くセドリックだが、なぜ叱られているのかは理解していないようだ。

 腰に手を置いたシャロンはふぅとため息をつく。


「おそらくギルド長が多忙の合間をぬって訪れていることや、ギルド長に風邪をうつすことを気にして帰るよう促したんです……!」

「そ、そうか。てっきり本当に一人になりたいものかと思って……」


 素直に自分の気持ちを伝えないオリヴィエ、何事も率直に、悪く言えば単純に考えるセドリックは長年の付き合いである。

 それゆえ、お互い遠慮せずに物を言う傾向があるのでセドリックはオリヴィエの言葉をそのまま聞き入れてしまったのだ。

 肩を落とすセドリックにリアムが助け舟を出す。


「実はトーノ様にオリヴィエの食事を依頼したんだ。それを俺がオリヴィエの元に届ける。だから、セドリックは仕事に集中しても問題ないぞ。それから、薬草も冒険者ギルドにも薬師ギルドにも多く卸してくださるそうだ」

「本当か! いや、それは助かるな……今年の風邪は流行しそうなんだ。オリヴィエのこともよろしく頼む」


 ここ数日、仕事の合間を縫ってセドリックはオリヴィエの宿に通っている。

 宿の従業員も様子を見てくれているらしいが、友人の状況をセドリックは放っておけなかったのだ。

 しかし、この時期冒険者ギルドも多忙である。なかなか仕事を抜けることも難しいはずだ。


「そうか、薬草を使うんだな。それを使えば回復が早まるだろうからな」


 恵真は冒険者ギルドにはバゲットサンドとして、薬師ギルドにも薬草を卸している。それを使ったスープで回復を促していくのだろう。

 そう思ったセドリックだが、リアムは首を振る。その理由がわからず、セドリックがリアムを見つめると軽いため息と共に説明をし始める。


「風邪を治すにはそれでいいだろう。しかし、それがオリヴィエにとって良いのかは判断に悩むところだ。だが、薬草に関しては現状を知ったトーノ様が卸す量を増やしてくださるそうだ」


 今度はセドリックとシャロンが安堵のため息をつく番だ。

 リアムの意図はわからないが、確かにオリヴィエの症状がただの風邪であれば重症化している者に優先的に薬草を渡るようにすべきである。

 リアムの考えに賛同できぬわけではない。

 

「長く生きているがまだオリヴィエはハーフエルフとしては子どもに入るからな。もう少し俺らにも頼ってくれればいいんだが……。しかしそうか、トーノ様の食事ならオリヴィエも食べるから安心だな」

「あぁ、俺が届けるからセドリックは彼女の言うことをよく聞いて仕事に集中するように」


 白い歯を見せるセドリックに、リアムは曖昧な笑みを返して、その場を後にする。

 冒険者ギルドを出ると強く吹く風にリアムは首を竦めた。

 冬になり、地面さえ冷え込んで霜が降りる。そんな道を歩きながら、リアムは先程の会話を思い起こす。

 リアムはオリヴィエがなぜ携帯食を食べるようになったかを知っているのだ。

 オリヴィエには誰かと食卓を囲むことに苦手意識がある。

 それは魔導師時代、その能力で疎まれたことに起因している。

 周囲から注がれる冷たい視線、食に異物を盛られたこともあったという。

 そこで安心していつでも食べられる携帯食を選ぶようになったようなのだ。

 

「喫茶エニシでスープを飲んでいるのは凄い進歩ではあるんだがな……」


 だが、オリヴィエ自身もまだ気付いていないことがある。

 リアムはそこに気付いて欲しいと思っているのだ。

 濡れた枯葉と霜を踏みつつ、リアムはため息をつく。それは白い蒸気となり、灰色の空へと消えていった。



*****



 外と内との寒暖差で窓には結露が出来ている。日が暮れるのも早くなり、瑠璃子の家の周辺は七時台というのに真っ暗である。

 食卓には温かい食事が並ぶ。ネギをたっぷり加えた牛肉と白菜のトロトロ煮、ショウガ入りの具沢山の豚汁、春菊の胡麻和え、そして今年の新米だ。

 

「風邪はどうしてもこの時期から流行するものねぇ。オリヴィエ君、心配だわ」

「おばあちゃんも気をつけてね」

「はいはい。あ、そうだ。ハンナさんは大丈夫らしいけど、アッシャー君やテオ君はどうなの?」


 風邪が流行っている話を聞き、祖母の体も気にかけ、恵真はこうして体が温まるショウガやねぎなどを入れた夕食にした。瑠璃子の心配をする恵真だが、当の本人は兄弟達のことが気がかりらしい。


「えっと、二人はマフラーを使って防寒してるし、元気そうだよ。ほら、去年おばあちゃんがあげたやつ!」

「あら、使ってくれてるのね。嬉しいわ。……それにしても、オリヴィエ君一人なんでしょう? 大丈夫なのかしらね」

「そうだね。こっちと向こうじゃ、そういう感覚も違うんだろうけど、体調もあるし心配になっちゃうよね」

 

 恵真も瑠璃子もそしてアッシャーとテオも、オリヴィエがハーフエルフであることを知らない。彼を見た目通り、十四、五歳の少年だと思ってみているのだ。

 そのため、オリヴィエの現状への不安はより大きなものとなる。

 携帯食しか食べないオリヴィエが今、どのような状況なのか、恵真としては気がかりであった。

 

「食事は栄養を摂るためだけじゃないよね、きっと」

「そうね、今日恵真ちゃんが作ってくれた料理も美味しいだけじゃなく、私の体を気遣ってくれたものだものね」

「あ、気付いてたんだ。ほら、ねぎもショウガも体を温めるって言うからさ」


 温かい食事が並ぶ食卓であるが、温度だけではなく恵真の気遣いもまた温かい。 孫娘恵真の瑠璃子への気遣いが感じられるものだ。

 そんな恵真はオリヴィエのスープのこともあれこれと考えているのだろう。

 時折、なにかを思いつくかのようにふと動きを止める。

 食事中にマナー違反ではあるのだが、料理のこととなると夢中になるのが恵真なのだ。

 とろりとした牛肉と白菜の煮物をレンゲで掬って、小皿によそいつつ、そんな孫娘の様子にくすくすと笑う瑠璃子であった。


 

 今夜もまたオリヴィエは一人ベッドで丸くなる。

 寝心地が良いベッドなのだが、最近は眠れないことが多い。

 風邪で咳が出るせいで、なかなか寝付けず、昔のことばかり思い出してしまうのだ。

 喉が痛み、なにかを口にしたいと思ったオリヴィエの頭に浮かんだのは、喫茶エニシで飲むポタージュスープだ。

 あのソファーに座りながら、アッシャーとテオ、恵真の姿を見ながら飲むスープ。それを今、オリヴィエは思い出したのだ。

 なぜと思いつつ、不思議とその光景はオリヴィエに安らぎをもたらす。

 だんだんと重くなる瞼に逆らわず、オリヴィエはそのまま眠りについた。

 

 

 寝る前に恵真は小鍋に水と丁寧に拭いた昆布を入れておく。

 明日の朝、昆布を取り出して、次は鰹節を入れて煮出す予定だ。 

 これは明日、オリヴィエに届けて貰う料理の準備である。


「体力も落ちてるし、喉も痛むはずだから食べやすいものがいいよね」

「みゃう」

「んー、鰹節は明日だし、クロにはあげないよ」

「みゃうみゃ」


 失礼な! とでも言わんばかりに抗議するクロだが、キッチンに立った恵真の姿に何かご相伴に預かれるのではと思ったのも事実である。

 少々ふてくされるクロを抱き上げ、恵真は二階へと向かう。

 小鍋の中の昆布はじっくりと時間をかけて、その旨味は鍋全体に広がっていくだろう。明日の朝の楽しみに、恵真は口元を緩めつつ、階段を上がる。

 期待が外れたクロが抗議するように「みゃう」と小さく鳴いた。

 

 

 

 


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《10/15発売》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~ 芽生 @may-satuki

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