探偵少女、記者に出会う

 午後四時半に差し迫ったころ、響たちは四〇三号室に到着した。マンション利用者に配慮し階段を使ったためか、多くのメンバーが疲労困憊だ。


「来たわよ、キズミ。扉を開けてちょうだい」


 先頭に立っていた鈴佐がインターホンを押しながら願うと、扉の向こうから足音が聞こえてくる。開錠音が鳴ってから、一人の男が姿を現す。赤色の吹き出物が少々散見される、二重瞼の男だ。ホワイトシャツと短パンとラフな格好であり、客人を出迎える人間とは到底思えない。


「キズミ。あんたは本当に服装ちゃんと考えないわね」

「ははは、申し訳ございませんねぇ、ささ、どうぞどうぞ」


 木住は苦笑いを浮かべながら家に入るよう手招きする。鈴佐を先頭に家に入ると、予想外にもこぎれいな部屋だ。仕事用パソコンや将棋書籍が詰められた部屋からは彼の仕事に対する向き合い方が確認できる。


「くつろいでいていいからね~~」


 緩い口調でそう伝えた木住は違う部屋に消えていった。静寂が訪れる中、響は会話の種を探すべく将棋本が入った棚に目を向ける。将棋ミステリー同好会である以上、将棋の話が最も盛り上がると考えたからだ。話題を探すべく、おぼつかない手つきで丁重に本を引き出してはしまっていく。どのような本が良いか考えていると、最終的に詰将棋で良いかという発想に落ち着いた。


「詰将棋とか、どうですか?」

「詰将棋ねぇ……桜江と一倉は解ける棋力ある?」

「それなりなら解ける自信ありますね」

「私は、少し苦手かな。攻めること大好きだけど、長考しちゃうタイプだから」


 二人の返答を聞いた鈴佐は相槌をうちつつ少し悩むそぶりを見せる。


「響。今日は詰将棋じゃなくていいんじゃない? ここで頭つかっても、疲れちゃうだけだと思うんだよねぇ」

「そ、そっか……言われてみれば確かに」


 響は鈴佐の真っ当な意見に反論できず、本をしまった。子犬の様にしょげた表情を浮かべていると、鈴佐が両手をパンと叩く。何か思いついたようだ。


「折角だしさ。恋バナとかどう?」


 鈴佐の発言を聞いた響は目を丸くした。ミステリー大好きな狂人から恋愛に関して語り合う発想が出ると思っていなかったからだ。響は恋バナという部門に関しては、全く縁のない人生を送ってきた。これまで友達が全くいなかった彼女に彼氏ができる可能性なんて無いに等しかったからである。


(いや、流石に盛り上がらないはず……)


 響が辺りを見渡しながらそんなことを考えた直後、予想外のことが生じる。


「えぇ~~恋バナかぁ。恥ずかしいけど、話しちゃおっかなぁ~~」

「恋バナの話、私も賛成!」


 佐倉井と桜江がほとんど同時に賛同したのだ。これで三対二。

 多数決理論で決まるとすれば、負け確定である。


「一倉はどうする? 参加する?」

「そうですね……長話していいなら参加しますよ」

「やっぱ参加禁止で」


 鈴佐ははにかむ一倉に冷めた視線を向ける。


「え、なんでですか!? 事件解決に繋がるかもしれませんよ!?」

「響はどう? 恋バナ参加する?」

「無視!? 無視ですか!? それはさすがにひどくないっすか!?」


 一倉がギャーギャー喚くなか、響は少し考えたのち返答する。


「私はいいかな。面白い話ないから」

「そうなのね。なら、気軽に聞いてなさい」

「ありがとう、鈴佐」


 響は鈴佐たちの恋バナを聞きながら、一倉からののろけ話を捌いていた。

 そんな風に時間を過ごしている中、木住が姿を現した。


「はいよ、簡単なものだけれどつまんでってくれや」


 テーブルに美味しそうな匂いを漂わせるたこ焼きが乗った皿が置かれる。香ばしい匂いが腹の虫を動かすなか、鈴佐が目を細めて突っ込みを入れる。


「なんでたこ焼き? そこは飲み物じゃないの?」

「だってよ。たこ焼きはこの世で一番美味いし、飲み物みたいに食えるだろ」

「まぁ、そうかもね。ただ飲み物も持ってきてほしいわ」

「へいへい、働かせていただきますよ。スズサお嬢さん」


 木住はたこ焼きを机に置いた後、面倒くさげな表情を鈴佐に少しだけ向けてから部屋を後にした。湯気が上がるたこ焼きを眺めながら、四人席にどう座るか話し合っていると木住が飲み物を持って戻ってくる。


「お待たせ。緑茶だけどいいかな?」

「いいわよ。ありがとうね」

「光栄です、スズサお嬢さん」


 木住が召使の様に頭を下げると、疑問符を浮かべた響が首をかしげる。


「なんで二人はお嬢様と召使みたいな会話をしているんですか?」

「え、だってお嬢様だから」

「え、だって召使だから」

「??????」

「なんなんだこの人たち……」


 響と一倉がそれぞれ反応を示していると、鈴佐が「ほら、飲み物と食べ物が来たんだから少しだけゆったりしましょ」と声をかけた。何も解決していない疑問に脳内を支配されそうになるが、考えないようにすることで解決する。


「あ、これおいしいですね」

「だろう? うまいだろう?」


 たこ焼きを食べながら英気を養っている中、木住が一倉を睨みつけた。


「君、名前なんて言うんだっけ」

「一倉です」

「一倉君か……君、この状況どう思うんだい?」

「この状況といわれると……」

「男女比率だよ。凄いと思わないのかい?」


 木住は死んだ魚の目を向けながら一倉へ周りを見ることを促した。彼がゆっくり頭を振り状況を認識した後、表情が崩れる。


「へへへ~~譲りませんよぉ~~」

「……初対面だけど、すんごい殴りたいよ。その顔」


 鼻の下を伸ばしながら笑っている一倉に怒りを


「……なんだか一倉君、変に上機嫌じゃない?」

「男の子だもの。女の子に囲まれれば嬉しくなるでしょ」

「つまり猿ってことね。玉無し猿にでもしてやろうかしら」

「怖いこと言わないでよ!?」


鈴佐がおもむろに質問する。


「さてと。あなたもしかして、たこ焼きと飲み物飲んでもらってから返そうとはしていないでしょうね」

「勿論」


 木住は短く返答してから、部屋に置かれたパソコンを見せる。各メンバーの視線が画面に集まるや否や、女学生連続誘拐事件と書かれたスレッドが現れる。


「このスレッドに、今回の事件について詳細がのっているのさ。あまり出回らない様な情報を集めるには、特定内容に絞ったスレッドが有効だったりするのさ」


 木住は得意げに語っているなか、鈴佐がくぎを刺す。


「楽しげに語っているところ悪いけど、こんな情報はとっくのとうに知っているわ。他に有力な情報はないの?」

「まぁまぁ、慌てなさんなって。美人が台無しだぜ?」


 鈴佐がムッとしながら睨みつける中、木住はMP4形式の映像を見せる。その映像を視認した将棋ミステリー同好会一行は、全員目を見開いた。

 

 何故ならその映像には――


 三竹さりなが誘拐される一部始終が記録されていたからだ。

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