探偵少女、カメラをまく
四月二十三日、十六時。
鮮やかな緑の葉を付けた樹木が音を鳴らし、初夏の近づきを感じさせる中。地味な制服を着た響は川口駅前で待機していた。探偵になるための書籍を読みながら時間を使っていると、鈴佐が声をかけてくる。
「響。元部長の南村先輩が来ないことについてどう思う?」
「どう思うって言われてもな……来ないんだぁとしか思わないよ」
「……桜江はどう思うの?」
「南村先輩、来年卒業だから受験勉強しているんじゃないかな。毎回成績上位だし、自習室に残っていてもおかしくないと思うよ」
響たちの主張を聞いた鈴佐は腰に両手を当てながら長い溜息をついた。俯きながら縦に小さく顔を振っている中、近くにいた一倉が不思議そうな顔で話しかける。
「えっと……僕には聞かないんですか?」
一倉の質問を聞いた鈴佐は機嫌悪そうに返事を返す。返事を聞いた一倉は不服そうに反論を口に出すが、彼女は一つも聞く耳を持たない。
「馬鹿ね。あれは最低限の仕返しよ。アンタには死ぬ気で貢献して貰うから」
鈴佐は苛立ちながら短気な調子で返事を返した。一倉は首を振りながら響たちへ助けを求めたが、聞く耳持たずである。一倉がうなだれながら手をゆらゆら揺らしていると、てってっと足音が聞こえてくる。
「ごめんなさい! 待たせてしまいました……!」
息を切らしながら、白を青を基調とした清純な印象を与える制服を着た佐倉井がやってきた。彼女は上がる息を整えながら、膝小僧に両手を当てている。息の上がり方から相当走ったのだろうという印象を与える。
「問題ないわ。人を馬鹿にする阿保よりも真面目でいいと思う」
「言葉の刃突き立てるのやめてください。つらいですよ」
「それなら貢献しなさい。今の状態のあなただと、私たちに事件解決を依頼した人物という立ち位置でしかないわ。兎にも角にも、目に見える結果で残せばいい。簡単でしょう?」
鈴佐は堂々とした態度で一倉のほうを見つめている。女子四対男子一という状況の中、一倉は啖呵を切る。
「あぁもう! わかりましたよ!! 雑用でも何でも、やったりますよ!!」
彼があげた大声は、駅構内を歩いていた人々に響き渡る。周りの学生たちが「面白いやつがいる」「拡散したろ」と言いながらスマホを取り出し始める。
「……あんたたち、走るわよ!!」
「え……えぇ!?」
響が声を出すと同時に、鈴佐が先陣を切って走り始めた。スカート姿であるにもかかわらず、決して衣装が乱れない。美しいフォームでありながら俊敏性は失わない。まさに、理想の走りといえるだろう。
「フォームきれいだなぁ……負けてられないや」
鈴佐の走りを見た響は闘志を燃やす。鈴佐が五メートルほど距離をあけたときに、響はスタートを切る。素早さを求めるには必要となる要所を押さえたフォームだ。風切り音と鋭い足音を鳴らしながら二人は合流する。
「なんで……走るの!?」
「決まっているじゃない。ネットに動画を晒されることを避けるためよ」
「……なるほど、敵がネットから私たちの情報を仕入れる可能性があるからか」
「えぇ。仮に男二人が粛清されていなければ、私たちの顔が割れている可能性は高いわ。そして――学校名さえわかれば」
「今度は私たちを標的にして、芽を摘みに来る……!」
響は鈴佐の洞察力に驚いていた。ゼロではないリスクを摘み取れるのは、探偵として重要な力の一つだ。その技術を、彼女は生まれながらに身につけていたのである。
「ご名答。流石、私の見込んだ私立探偵さんね」
階段を勢いよく駆け下りながら鈴佐が不敵な笑みを浮かべている。
「……ふぅ。そろそろ馬鹿どもを切り離せたでしょうね」
「みんなも、切り離しているみたいだけどね」
「……は?」
響の発言を聞いた鈴佐が振り向くと、ぽかんと口を開けた。彼女の視界には、仲間たちが誰もいなかったのだ。
「もしかして、おいてきちゃったかしら」
「だと思うよ。反応できたの私だけだったし」
「……仕方ないわね。とりあえず待ちましょうか」
「……仕方ないかぁ」
響は彼女の提案に賛同し、少しばかり待つことにした。しばらくの間、車が通る音だけがなっている中、響が質問を切り出した。
「そういえば、今日会う木住さんだっけ。何をされている方なの?」
「観戦記者って言ってたわ」
「観戦記者……っていうとあれか。プロの方の棋譜をまとめるみたいな感じ?」
「その認識で合っているわ。最も、普段の彼奴からそんな雰囲気感じないけどね」
響は疑問符を浮かべながら「オフの時はどんな感じなの?」とつぶやいた。鈴佐は上目づかいにして考え込む様子でしばらく黙り込んだ後、返事を返す。
「普段はオカルトマニアね。一時期ネットで上がった「眠り塚」とかみたいな心霊系ニュースを追っている感じ。時々ミステリースレとかに顔を突っ込んで情報収集とかもしれるわね。はっきり言って超暇人よ」
「なんというか……将棋記者ってそんな感じなんだ」
「あくまで木住が特殊なだけよ。安心しなさい」
「というか、犯罪に特化したみたいな記者じゃないんだね」
「そうね……でも、私が信頼している相手だから、安心しなさい」
そんな会話を交わしていると、階段の方からどたどた足音が聞こえてきた。ほかの仲間たちが合流してきたようだ。
「はぁっ……はぁっ……急にはしらないでくださいよっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……疲れた……」
「ぜぇ――ひゅ――ぜぇ――ひゅ――」
軽度状態の桜江に対し、佐倉井は呼吸を荒くしていた。急ぎ足で駅へ向かった後、呼吸を整える暇なく走らされたのだから負担が大きくなるのは至極当然である。
「一倉、肩を貸してあげなさい」
「言われなくてもやりますよ。大丈夫ですか、佐倉井さん?」
「ひゅぅ……はい、大丈夫……です……っ………」
一倉は佐倉井に肩を貸しながら心配そうに声をかける。呼吸が苦しそうではあるが、返答に支障はないようだ。
「桜江。念のため聞くけど、動画は取られてないよね?」
「うん。私たちは映ってないのは確実だよ。一倉君だけ反応が遅れたから映ってるかもしれないけどね」
「………そう。一倉だけなら、変な高校生がいるってだけ思われるしいいか」
一倉は顔を赤くしながら「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 普通が取り柄の僕がそんな目立ってどうするんですか!?」と返事を返す。周りのメンバーは冷ややかな視線を彼に向けていた。
「………さて、それじゃあ向かいましょうか」
「無視しないでくださいよ!!」
鈴佐は全員の状態を確認した後、ツッコミを無視しつつ足を進めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます