後編、Combination

「はぁ…、はぁ?」



息切れしてるのだか、疑問形を浮かべるのだか色んな感情がないまぜになっている彼の姿を見て我ながら表情が死んでいるのを今日ほど感謝した事は無かった。



「嘘だろ…、サラさんいつから気が付いてた?」


「確信したのは、一週間前よ。」



いつも私がいっているコンビニは、彼も同じところに行ってるから当然店員の顔も一緒。



「あのコンビニはいつも醤油の大きいカップ麺だけ、やたら棚の半分ぐらい定期的に消えてたから。そんな、上客がいるのかなって三年前くらいから思ってたのだけどね」




「貴方、一週間前にあのコンビニであのゲームの設定資料集を受け取ってたじゃない」


その時に、だいふくもはっと思い出したらしく眼を見開いていた。



「あの設定資料集はプレイヤー名で、作画さんがサインをいれてくれるサービスをしていた。そして、この場所からも判る通りあまりにも目と鼻の先だったから当然通る道も一緒。だから偶然、それを見てお向かいさんが長年のゲームの相棒だって気が付いたわけ」



そして、ものすごく頑張ってやっと口元だけが動く様な表情で私は言った。



「はじめまして、だいふくさん。ウォーオブタイガーの元八年連続チャンピョンの元雪 沙良(もとゆき さら)です」



その言葉に、だいふくさんが眼を見開いて画面の中と同じようにあたふたしだす。



「ウォーオブタイガー?!あの、有名な?サラさんが忽然と姿を消した伝説のソロ世界チャンピョンの?」


長い大会歴とサービス期間がある老舗のゲームで、確かジャンルはFPS。

チームが圧倒的有利なゲームなのに、ソロで世界ランカーにたどりついてソロで大会出場して…。


そして、そのゲームからある日突然姿を忽然と消した。



そこで私は、だいふくさんに言った。



「そうそう、そのボッチです。つまり、サラはハンドルネームでもあり本名でもあるの。ただの、登録ミスだけど…ね」



「あー、えーっと。ボクの名前は、海道 浩(かいどう ひろ)。ハンドルネームは、このお腹や体型を見てわかる通りのだいふくさ」



そういって、二人で一緒に歩き出す。



見慣れた道を、歩き飽きたほどの同じコンビニまでに行く道を。


普段とは違う、誰かと歩く…。


いつもと同じなのは、何もない場所からカエルや鈴虫の声が聞こえてきて。

満天の星空が、あることだけ。



「にしても、玄関出てすぐあの旗が見えて、ボクの願望が見せた幻なのかもって思って。それで、ここ数年で一番ありえない位全力で走ったよ」



それでも、横で自転車のおばちゃんに悠々と抜かれる程度の速さしか出なかったけどボクはそれでも必死に旗に向かって走ったさ。




「それと、言いにくい事だけどさ。君は、自分で言う程ブスには見えないのだけど」



それは、人にあうのにメイク位はするでしょ。してなかったら、今頃だいふくさんは宇宙人とご対面よ。


なんて、軽い冗談をいれながら。



画面の中と同じように下らない会話をして、一緒に歩く。





「さて、あっという間についちゃった。近所にコンビニはココしかない、ド田舎だから当然よね」



そんな台詞を言って、古めかしい壊れかけのドアがゆるゆる開くのを待った。





「あはは、いつもはこのお腹だからコンビニがもっと近くにあればなんて思ってたけど。今日は、もっと遠くにあっとけとか思ったよ」





そういって、二人で一緒にカップラーメンのコーナーに行って私は味噌を彼は醤油を手に取った。




お会計をすませて、椅子のカバーがぼろくて削れたような色褪せた丸椅子とカウンターだけのコーナーに行って真後ろにあるポットで湯をいれしばし待つ。




私は、普段必ず持ち帰るけど。彼はたまに、ここで食べているのを見かける事もあった。






確信なんてしなくても、だいふくさんと私の姿は対象的で。

ずっと、気にはなってたから。




いつも、楽しそうな貴方。

いつも、つまらない私。



ドアがめいっぱい開かないと、店に入れない貴方。

ドアが殆ど空いていなくても、店に直ぐ入れてしまう私。



何をしても、誰かの為に頑張る貴方。

ずっと一人で、ただ才能だけで生きて来た私。



ゲームの外でも、ゲームの内側でも対称的で。




貴方とゲームの中で会話している時間だけ、私は人として生きていた。


キーボードを使って、会話していた理由なんて簡単。





私は殆ど喋れないから、長年一人で生きてきて。

外で働いている時以外、独り言や愚痴ですら殆ど言えずに生きていた。




だから、今日だけは一歩を踏み出して。




誰かと、話そうと決めたんだ。




ラーメンはいつも食べてる奴だから、そんなに味は変わらないけど。



だいふくさんは、どこか楽しそうにラーメンが出来るのを待っていた。



私は、お腹が減ったから何となく食べているそれを。

実に楽しそうに待っているのが、凄く印象的だった。




「ねぇ、サラさん。これから、どうするの?」


何処か真剣な顔で、彼は私に聞いた。




「次のゲームか…、何をやろうかな」



そんな一言が、不意に口をついた。




本当は、そんなゲームをやる予定は全然なくて。


本当は、そんな気分にも全然なれなかった。



「ボクはさ、次はリベレーションに行こうと思ってるんだ。世界でもかなり売れてる方だし、サ終が遠そうで面白そうなゲームをあの告知を見てからずっと探してたんだ」




あぁ、そうなの。



「私は、あのゲームが気に入ってたから。全然、探して無かったわ」



貴方と一緒に居たから楽しかったのだし、ずっと下らない話が出来ると思ってたから。




「一緒に始めない?ボクも、自分でタウンがカスタムできるゲームを一生懸命探してたんだ。ずっと、楽しかったから」




私は、そうね……と少し考える。



「私は、しばらくゲームはしないかな。心の整理ができるまで、少しかかりそうだもの」




そう言って、髪の毛が落ちないように手で支えながらカップ麺を食べ始める。



だいふくさんも、自分のラーメンにとりかかって二人でラーメンを食べる音とコンビニ内でありきたりな音だけが流れていく。





「ボクは、待ってる。親友が来るのを、ゲームでずっと待ってるよ」




私は、空になった器を後ろにあったゴミ箱に捨てる。




「親友か、画面越しの長年の友情。良い事も悪い事も、辛い事も楽しい事も沢山あったけど。白々しく聞こえない、言葉は中々新鮮ね」



そういって、私は笑っていたと思う。




伝説か…、ボッチの伝説なんて。




「ねぇ、だいふくさん。私が仮にそのゲームを始めなかったとしても、貴方はきっと誰かを助けるために色んな事を頑張るのよね」




そう、貴方はいつも自分の事は置いてきぼりで。誰かの為に何かをして、貴方の周りにはいつも誰かがいる。




「ボクはさ、助ける事はあっても。助けられる事って、殆ど無かったんだサラさん」



それは、彼の口からでた独白。



「誰かに持ち上げられて、天狗になってそれで痛い目みてさ。そんなキャラじゃないのにゲームの中だけいい人やってさ、でもタウンで君とつっかえつっかえ話してる時だけロールプレイしてる筈の自分が元の自分に戻れた気がして嬉しかったんだ」




そして、二人で肩を竦め。何とも言えない顔で、二人が苦笑いした。




「そうねぇ、人生を楽にするコツは良い人をやめることかもね」



「ボクも見栄っ張りだから、中々その道は選べないかもしれないけど」




二人でコンビニの駐車場で上を見て、星がこんなにも綺麗な事を思い出す。



「星が綺麗ね、空気が澄んでいる証拠だわ」


「田舎だからね、だからゲームと飲食位しか楽しみがない」



「「でも、私達(ボク達)みたいな人間は、むしろ何もない場所の方が快適だったりもする」」



同じ言葉が重なって、驚いて二人で顔を見合わせた。





「だから、そんなに心も体も丸くなるのよ」



「違いない、でも丸いと言われて笑える日が来るとは思わなかった」




店からでた帰り道に対称的な二人は、夜道をならんで歩いていく。



「ボクはずっと、待ってる。何年でもそのゲームがサービス終了する日まで、君が来るのをずっと待ってる」



ゲームの中のボクの親友へ、何年もボクを支えてくれた女(ひと)。



「バカねぇ、支えられてたのは私よ。私なんか待ってないで、新しい世界を遊べばいいじゃない」



そう、支えられてたのは私。




「君は、私なんかじゃないよ。少なくともボクにとっては、最高の親友だった。最後の最後で玄関出ろは流石にあれ?と思ったけど、それでも信じてドアを開けて良かった」



私は、満面の笑みを浮かべてこう言った。



「あけて良かったでしょ、お互いに」


だいふくさんは、あぁ…と笑った。



「心の扉も、それを信じさせる言葉も。そして、君は飾らないぶっきらぼうな指示と最高の結果をボクにくれる。もう、何年も同じことをくりかえしてたからドアを開ける決心がついた」



私は、バカねぇ…と言って。




「私は無駄な事はしない主義なの、貴方の一番嫌いな効率中毒者そのものよ」



ただし、その効率は…。



「ゲームの中だけじゃなく、誰かが幸せになる事も含まれる」だっけかとだいふくさんの言葉が続く。




ねぇ、だいふくさん。




「そういう、ロールプレイもあるって事よ。良い夢をみんなでみましょうっていう、私にとってはそんなゲームよ人生なんて」



だいふくさんは、笑ったまま泣いていた。



「そうだね、終わったゲームだけど。最高の夢だった、間違いなく最高の…」




私は、頑張ってハンカチで目を押さえただけで済ませた。




「お互い、そういうロールプレイをしてきたって事で。良い夢みれたなら、それは最高の娯楽だったと言う事よ。リアルを持ち込まないから、幸せになれる事だってある」




そういって、それから私はだいふくさんの横でいつもの様にこんな事があったんだやこんな人が居たんだという話を聞きながらゆっくりと帰り道を歩いていく。




「こんなに近くに居たなんて、人生判らないものだなぁ…。」


だいふくさんは、最後自分ちに入る前にぽつりとそんな事をいった。




「世間は狭いのよ、界隈もね。だから、何処かで自分がやった事は良い事は返ってこないけど悪い事や恨まれた事だけ確実に帰ってくる」




いい人やいい出会いなんて、この満天の星空でたった一つの目当ての星を見つけるよりも難しいのよ。



私は、その言葉を言わずに目線だけでだいふくさんを見送った。





そうやって、擦れていた私にとって。

ボッチでチームに勝ち続け、勝利者インタビューでいつも雁首揃えて練習アホ程して勝てないのは惨めよねなんて台詞を毎年言ってたわ。




「ボッチに負けるような奴に、存在価値認めろって?ばっかじゃない、ゲームは勝てなきゃゴミなのよ」



そう、確かそう言った。



「勝てなきゃ、ゴミか。確かにそうよね、幾らゲームが強くても。幾ら賞金を積みあげても、私は最初からゲームではなく何かを培うって意味じゃ負けっぱなしのゴミだもの」


人生も、私にとってはゲームだ。



だから、だいふくさんやだいふくさんの友達と一緒にあのゲームで遊んでいた時。初めて協力して何かをするって事を知った。




そうね、私は今初めて勝敗の判らないゲームをやろうとしてるのかもしれないわ。




「勝てなきゃゴミか、そうよね。自分でそう言ったのよね、チャンピョン」






ねぇ、だいふくさん。





私は、貴方が異性だと知ったあの時から次に始めるゲームは決めてたの。






「次に私がやるゲームは、リアルの貴方を落とせるかどうか。ごめんなさい、貴方が一緒にやろうって言ってくれたゲームよりも私にとってはこっちの方が面白そうだから」






ロールプレイもそうだし、戦うゲームもそうだし、協力するゲームだってそうだ。






「だから、私は明日から貴方に勝ちに行く」








おしまい

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