Feath the heart

めいき~

前編、Wings


「そうか・・・、とうとう終わっちゃうんだね」


過疎ってたのは判ってた、一生懸命ホストを頑張って。



失敗して、さらされたりもした。



ゲームをつけて、最初にお知らせが表示されるタイプのゲームでサービス終了が見えた時一つ画面の前でサラは溜息をついた。



自分と同じ名前のアバター、キャラクターの顔をずっと考えて気がつけば四時間たっていたのはいい思い出。



どんな、ゲームにだって終わりはくる。



八年…、良く続いたなと我ながら呆れかえっていた。



しかし…、八年のプレイ時間中七十パー位は一緒にやってた友達。



サービスが終わるという告知がきても、相変わらずタウンで楽しそうにチャットをして。


ねぇ、だいふくさん。



いつもかっこよかった、だいふくさん。



キーボードに不慣れで、ずっと返信が遅くて。



「自分のお腹を見て、アバターの名前をだいふくに決めたって言ってた」



それが、どうにもクールで。



「べらべらとしゃべってる様に、文字を打ってるこっちがなんだかすごく薄い気がしたのよね」



だいふくさんはいつも、誰かを助けてた。



始めたての人も、効率中にどやされた人も。


難関で困るガチ勢も、攻略班にも顔が利いた。




「私達の関係も、サービス終了と同時に終わりかぁ」




だいふくさんは、凄くものしりで。

私がインした時にはもういて、私が必ず先に眠る。



だいふくさんの、アバターがいつも手をあげていらっしゃいと定型文を出して。

だいふくさんの、アバターがいつも手をあげておやすみなさいと定型文をだすのをみて。


それが、私のこのゲームのルーティンだった。




「ねぇ、サラさん。この、ゲーム終わっちゃうね」



女の子のアバターから聞こえる、男の人の声。



「キーボードどうしてもなれなくてさ、聞苦しいかもしれないけど買って来たんだ。サラさん、今までありがとう」




(だいふくさん、男の人だったんだ)




私は、その時初めてだいふくさんの中の人が男の人だって知った。



キーボードで、私は返事した。



「だいふくさん、男の人だったんだ」



あたふたするエモーションをする、画面の中のアバター。



「あはは、変かい?」



「いいえ、ゲームだもの。大事なのは、腕と信頼よ。アバターなんて、ガワだもの」



「相変わらずだね、サラさんは」



そういって、私がデザインしたマイタウンに二人のアバターが座った。



「ボクは、サービス終了まで語りたい事も話したい事も沢山あってさ。でも、サラさんみたいにキーボードうつの早くなくて。だから、マイク買って来たんだよ」



「財布に、中ダメージってとこね。だいふくさんが、次何かゲームをしなかったらそのマイクはきっとホコリをかぶっちゃうわよ」



そこで、少し言いよどんで涙ぐむ様な鼻をすする音が聞こえた。



「ずっと、ずっとありがとう。サラさん、君がもしいなかったらきっとこんなに続かなかった」



画面の前で、私はコーヒーを一口のんで少し考える。



「ねぇ、だいふくさん。それの言葉は、私にだけじゃないわ」



激しく、タオルか何かで涙を拭いてる音をマイクが拾って伝えてくる。




「私も、貴方も。そして、私達がホストして参加してくれた人達も。このゲームを一緒に遊んだ人に対して言うべき言葉じゃない?」




二人っきりの、いつものタウンで。

過疎ってからは、二人で喋るだけで終わっていたタウンで。




たまに、だいふくさんの友達がクリアできないって大騒ぎしてくる度。

私が、こうしたらいいのよってぶっきらぼうに。



「サラさん…、やっぱり貴女は変わってる。ボクと同じで中身は男かもしれないけど、それでも君と出会ってからの六年はボクにとって最高の時間だった。どんなにリアルで辛くても、どんなに困難なクエストが配信されても。どんなに、絶望したとしても。君は必ず、一日もあけずにゲームに居てくれた」




(ゲームをつければ、必ず君に会える)



「中身も残念ながら女よ、だいふくさん。但し、ゲームばっかして手入れはサボるから顔はお察しだけどね」



また、アバターが画面の中であたふたしているのが見えた。




「そう…か、サラさんは女の人だったのか」



「あんまりぶっきらぼうだから、男の人には良く間違われる」




そうやって、キーボードを叩いたらなんか声で笑い出した。



「それは、お互い様だよ。これはゲームでリアルなんて関係ない、大事なのは信頼なんだろう?」



思わず、あぁブーメランだわなんて思いながらコーヒーが鼻に入った。



「腕もよ、エンジョイ勢のだいふくさん」



そういって、私はアバターのモーションを胸をはるように動かした。




「ボクは…、そのエンジョイ勢っていわれるのあまり好きじゃないのだけど……」



私は、画面の前で苦笑した。




「少なくとも、サービス終了日まで不遇武器担いで誰かを助ける為にあっちこっち奔走するような人は私の中ではエンジョイ勢よ」



だいふくさんのアバターが、またあたふたしだした。




「君に言われる分には、あんまりに悪い気はしないね。なんでだろう、やっぱり言われた人の違いかな…」




それが、信頼よと私は文字をうって。アバターを、笑顔のモーションにする。




「うん…、やっぱり君と出会えた事がこのゲームを最高の時間にしてくれた」




私達の最初の出会いは、そうやっぱりだいふくさんがおろおろしてるとこだった。



初心者の装備を手伝う部屋で、いきった奴が部屋を立てた人が下手くそでお前も初心者じゃないかと出ていったと聞いた時には私はだいふくさんには話せないがお腹を抱えて笑ってしまった。



ふと、机をみるとその時コーヒーをふきだして壁にシミを作って。後で一生懸命拭いたけど後になってしまって、その名残が見えた。




「あの時、私がやるからこうしてねっていう指示さ。どこの、ホストよりもシンプルだったのは今でもボクの中ではいい思い出さ」



私は、沢山文字を打つのがイヤだっただけだ。



「右から順番に、お願いします」


たったこれだけを言って、私は全てクリアまで面倒見たんだった。





乾いた心で駆け抜ける、それがだいふくさんと出会うまでの私のゲームだったもの。

話す相手もなくて、誰かの面倒を見る事もうざったくて。


正直、何が面白いのよって思ってた。

チートをやる連中も、必死になって効率を追いかける連中も。



「所詮、ゲームじゃない…」


私は、別のゲームでは世界ランキング上位陣だ。

ソロではトップクラスと言ってもいい位、そしてトップクラスの中で恐らく…。



才能だけで、勝ってきた稀有な例。

他の努力をねじ伏せ、他のチームワークをあざ笑う。




現実版の反則(チート)

どんな規約にも引っかからない、どんな運営も罰する事が出来ない。


でも、だいふくさんには最後まで黙ってよう。




「それでも、初心者をつれてそこそこのクリアタイムで全員のアイテムが終わるまでクエストを付き合ってくれてさ。あの後、君が帰った後噂になってたよ」



これなら、難しく無いって。

凄く喜んでたと、だいふくさんは笑っていた。




「攻略をなぞるなら、確かに攻略法によって狙う場所やヘイト管理が違うのだからしょうがないわよ。絶対に剥がさない、倒れない自信があるならどれから倒しても一緒よ」



敵を倒せば、ゲームクリア。

攻略は、プロセスを誰でも出来るように落とし込んだだけだもの。


タイムアタックは、ワンミスでクラッシュしても理論値を目指していく一つの形だしね。



相手は初心者と判ってるのだから、全部ホストが負担すれば参加者の方は凄く簡単でしょ。でも、あれだとホストの負担はバカみたいにきついのよ。ただでさえ、ホストの負担が大きくて誰もやりたがらないのにあれでやって下さいなんて言われたら逃げるわよ。



攻略通りにやれないのなら、ホストはイヤですってね。



「でも、サラさんはそれをやってあげたわけだ」



気まぐれよ、部屋の空気が悪くなってたし。もっとこう、ゲームって楽しくやるもんでしょ。



「私は、だいふくさんと一緒にやるまでゲームを楽しいと思った事なんてないけど」


なんて、現実の私は呟いた。



「あれから、ボクも同じように出来ないかずっと練習してたんだ。ダメだったけど、あれができればって」



私は画面の前で苦笑しながら、大福さんのアバターを見た。



「苦労するだけよ、ホストなんてやるもんじゃないわ」



ホストがいなくちゃ、誰かが損しなきゃ人が居ても解散しちゃうようなゲームに未来があるわけないでしょうが。




何が悲しくて、ゲームの中でも人の仲裁やら人同士の争いに首を突っ込まねばならないのか。


赤の他人の介護なんて、バカバカしい。



「サラさんとは、その後一緒に他人のタウンに残って喋ってた時からずっとこの関係だったね」



そういって、だいふくは思い出すように間をあけた。




「確か、その時はだいふくさんが好きなカップラーメンの話だったわよね」



だいふくの、アバターが頷く。



「あぁ、サラさんはカップラーメンは味噌しか勝たんって言ってさ。ボクは、醤油の大き目カップの奴が好きだって話で盛り上がってたはず」




画面の前の私がにこりと笑う、そう私とだいふくさんは同じメーカーのカップ麺の違う味が好きでいつもそのカップ麺の良さを語っていた。



「まさか、一日一食で。ここ数年、インスタントと冷凍食品以外口にしてないような女もやめてるようなのは私だけだろうけど」



それも…、だいふくさんには言えなかった事。

言えるはずもないか……、死ぬまで秘密を持ってく人の気持ちはこんな感じなのだろうか。



私は、このゲームをやる前は海外遠征もして何億もの賞金を荒稼ぎして。

プロチームにも、何度もスカウトされてそれを蹴ってきた。



「まさか、なんのお金にも名声にもならないゲームにはまったのがたった一人の友人と出会ったからだなんて笑い話よね」




今までやったゲームの中で、一番楽しかった。

それが、もう終わるのか。



気が付けば、私は声を殺して泣いていた。



今日ほど、キーボードで会話してて良かったと思った事はなかった。





だいふくさんと、出会うまで。

私の部屋にはゲームをする為の機材と、コーヒーを入れる為のポットと。



殆ど服の種類が入っていないクローゼットに、寝る為の布団があっただけだ。




仕事して、帰るだけの部屋。外にも出かけはしないから、化粧品も殆ど最低限で同じ安物だけが入った引き出しがあるだけ。



「何をやっても、毎日がモノクロだった。」




そんな、自分の声が部屋に響いた。




私が、とあることを知ったのは偶然だった。

これを、今言うべきか否か。




思わず、親指の爪を噛んだ。



これを言ってしまえば、だいふくさんは怒るだろうか。

それとも、苦笑するのだろうか。




「知ったのは偶然だけど、キモイ女と言われるのが一番きついわよね」



言わずにいれば、ずっと綺麗な思い出と共に…。




(どうする、サービス終了まではもう三時間もない)




そうやって、考えてる間にも時間は過ぎていく。




どうしても、決心がつかなくて。

どうしても、その一歩が踏み出せなくて。



もう、サービス終了の時計が十五分を切った時。





「ねぇ、だいふくさん。最期に、一つお願いがあるの」



「なんだい?、サラさん改まって」




すっと現実の私は眼を閉じて、キーボードを打つ手を止めた。



「サービス終了したら、貴方の家の玄関をあけて。そして、外に向かって手を振って欲しい」



だいふくさんのアバターが、またあたふたしだす。




「やりたくないなら、やらなくていいわ。私達が、お世話になったゲームに手を振ってお別れしたかっただけだから。貴方がやらなくても、私はそうすると思う」




だいふくさんは、あぁ……と言った。



「そうだね、ボク達は何年もこのゲームにお世話になったし。そんな、気持ちにもなるのは判る」



(それだけじゃないんだけどね…)



我ながらいじわるだなと思いながら、空になったカップを見つめた。




「このカップも、大好きなアイス屋のスタンプを集めてもらったものをずっと後生大事に使っているのよね」



小さな柄が一つのカップを見つめて、思わず苦笑いした。



「この柄の小ささが、私みたい」





小指の爪の大きさの、小さな子猫の柄が一つ。



そして、テーブルの上に置いた旗。




ものすごく、大きな文字で今までありがとうの文字。




「私が、こんなものを作ろうなんて末期も末期よね」




現実の私が呟いて、だいふくさんとの楽しい時間が過ぎていく。




(だいふくさんは、驚くだろうか気づくだろうか)



その旗の右下に米粒サイズで、こう書かれていた。





(延長戦は如何ですか?)




「それじゃ、もう明日はないけれどまた明日」



だいふくさんは、最後の十分ずっと泣いていた。





「明日もあってくれと、今言うのはダメな事かな」


「そうね、だいふくさんが以前言ってた事を今いうわよ」



(ゲームが終わっても、生きていれば明日はやってくる)



「あぁ、お願いするよ」


「ゲームも、人もいつかは終わる。だから、ボクらは終わった時に悔いを残しちゃいけないんだ」



「ボクは、そんな事言ったけ」


「言ったわよ、二年と四ヶ月と六日前に」



「なんで覚えてるの?」


「覚えてるわよ、私はずっと色んなことを悔いて来たから」


「今ほど、過去の自分が恥ずかしいと思った事はないよ」




そういって、二人で苦笑した。



「さようなら、今までありがとう」


そういって、タウンを出ていくだいふくさんのアバター。




しっかり消えたのを確認してから、現実の私は言った。



「それは、私の台詞よ」



そして、彼が玄関を開けたのなら。私の旗に気づくはず…。



何故なら、彼の家の玄関から私の住んでるマンションのベランダは見える位置にあるんだから。




「まっ、それで気がつかなければこの話はジエンドって事で」





顔を洗って、旗をもって。



そして、ベランダでそれを広げ洗濯ばさみでがっちり止めた。




一番マシな、黄色のワンピースを着て。

月光がほのかにおりてきて、導く様にベランダを照らした。



黒い髪を紅いゴムで束ね、ゆっくりと足を踏み出す。




そして、ベランダにでてすぐ眼がばったりあう。

初めて現実の彼を見た時、あぁ確かにお腹がだいふくかもなんて思った。



だいふくさんが、こっちに走ってくるのが見えたので私も一階に下りた。


顔とお腹の肉がぶるんぶるん揺れたのが見えて、随分顔を取り繕うのに苦労したが。


「サラさん?」と指をさしながら口がパクパク動いてるのが見えた。


私はそっと手をあげて、手を振った。




「ども、近所でーす」



なんて、冗談をいってはみたが笑っては貰えなかった。



ただ、彼は変な顔で拳を握りしめていた。



距離的に聞こえなかっただけかもしれないが、それでも私は努めて何でもなかったかのように。




「延長戦に、座れるコンビニでカップ麺食べにいきませんか?」

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