第4話 朝

 朝露に濡れる芝生に、小鳥のさえずりが響けば、晴天のキャンプ場が目を覚ます。 

 コッフェルでお湯を沸かして、コーヒーの準備をしていた真琴は、テントから出てきた昴を振りかえった。


「おっはよう!」

 元気ハツラツなあいさつに、昴はげんなりした顔をする。

「えぇ……? おはようございます。何か昨日一晩が消え失せたみたいな脱力感があるんですけど、考えてくれたりしました?」

「ん? いい香りでしょ、コーヒー飲むよね?」


「いただきますけど……。昨日も、オヤスミって言った後、見たわけじゃないですけど、真琴さん秒で寝ましたよね? 僕、もう心折れた方がいいですか?」

「あはは、あたし寝つきいいんだよね。はい、どうぞ」

 手渡されたコーヒーからかぐわしい香りが立ち昇る。

「ありがとうございます。あ、おいしい」

 素直な昴の感想に、嬉しそうに真琴は笑う。


「寝つきもいいし、寝起きもいいんだ。だから夜明け前から考えてたよ」

 もう一度カップを持ち上げかけた手を止めて、昴は真剣な表情で言葉の続きを待つ。


「あたしは昴くんの真面目で、義理堅いところが好き。ゆるゆるのサークル活動だったけど、いつも活動費とかきっちりまとめてくれたし、レポートが忙しい時でも必ず部屋に顔出してくれた」

「今回のキャンプだって、やりたいねって盛り上がったのを、みんなの都合を聞いて日にち調整してくれたり、予約してくれたり、裏方はみんなすばるんがやってくれたよね。私がノリと勢いで動いてるのをいつも助けてくれたこと、感謝してる」

「期待してたのとは違いますけど、そういう風に言ってもらえるのは素直に嬉しいです」


「あとはね、お疲れ様ですとか、ありがとうとか、いつもきちんとあいさつできるところも偉いと思う」

「真琴さん、ストップ。また謎のカーチャン目線になってきてませんか」

「なってないよ。つまりね、よーく考えてみて、人として昴くんのことが好きだと思った。尊敬できる男の子だなって、思ったよ」

 朝のキャンプサイトに吹き渡るすがすがしい風のように、晴れやかに真琴は言った。


「あー、やっぱ朝まで待たなきゃ良かったー。爽やかにまとめられたー」

 うめく昴の横で、満足げに真琴はコーヒーを飲み、ホットサンドメーカーで極上のチキンサンドをふるまってくれた。




 朝食を終えた2人は撤収作業を始める。

「テントを畳む時は、組み立てた時の逆をやっていくよ。まず下の金具から外して、こっちから抜いてくからね」

「で、このポールをパタパタ分割していけばいいんですね」

 どうやら昴は玉砕したようだが、真琴の態度があまりにスッキリ爽快だったので、不思議と気まずさが無い。

 ぽかぽかとふりそそぐ太陽の元、和やかに作業が進む。


「じゃ、最後にインナーテントを畳んで、さっきの外側テントで巻いたら完成だよ。まず半分にして、さらに半分、昴くんの持ってるとこを、こっちにもらって……」

 昴が端を持っていた手が、真琴に触れた瞬間、バサッとテントが落ちる。

「あ、すいません」

 放すのが早かったかと、昴は地面からテントを拾い上げる。

「ご、ごめんごめん。もう一回ね、昴くんの……」


 今度は手が触れる前から、真琴は目をつぶってしまい、全然前を見ていない手が空気をアワアワとつかんでいる。

 昴はそれを見てゆっくりと笑った。


「真琴さーん、もらってくださいよ」

「もらう、もらうから。はい、今のうちに手に乗せて」

 畳んだテントに顔を隠すようにして、差し出した真琴の手を、昴がにぎる。


「ギャッ!」

「ちょ、悲鳴のチョイスひどいですって」

 余裕の表情で文句を言う昴に対して、真琴は必死だ。

「違うの、昴くんをもらうんじゃなくて、テントの端が欲しいの」

「えー、テントのはじっこに負けるのはさすがにショックですけど……」

 真琴の指の間に、昴は自分の指を絡ませる。

「もしかして、意識してくれました?」


「だから、人として、その、尊敬を……」

「そうそう、人として尊敬できる相手と付き合うべきですもんね。僕もとても真琴さんを尊敬しています」

 一言ずつを大切に囁くような昴に、真琴はふるふると首を横に振った。


「お願い、クラクラしてきたから、一回離して」

「ダメです、正気になるとまた爽やかになっちゃうから。そのまま聞いて下さい」

「うぅ……」


「真琴さんのことが、とても好きです。僕とつきあってくれませんか」


 渾身の昴の告白に、真琴は聞いたこともないような弱々しい声で答えた。

「昴くんの気持ちは嬉しいけど、私……誰とも付き合った事がないから、つきあっても何をしたらいいか分からないの」

 明るく快活な真琴が誰とも付き合ったことが無いというのは、意外なような気もするし、これまでの態度を見るにとても納得できるような気もする。

 昴は不安そうな真琴に優しく声をかけた。

「そんなの外遊びと同じですよ、何をして楽しむかは自分たち次第です。まずは、2人でもう1回キャンプに行きましょう」


 昴の提案に、パッと真琴の表情が明るくなる。

「キャンプでいいの?」

 急にホッとした真琴へ「もちろんです」とうなずいて、もう一押し。


「キャンプ初心者は何から買ったらいいですか?」

「おすすめは座り心地がいいって感じるチェアかな。夏キャンプなら寝具は何でもいいし、テントとかの大物は高いからうちのを使えばいいよ」

「じゃあアウトドアショップにも行きたいです。つきあってくれますか?」

「もちろん! いい店いっぱい知ってるよ」


「……じゃ、返事はOKでいいですね?」

「うん、おっけーだよ!」

 軽い調子でうなずいた真琴に、やれやれと昴はため息をつく。本格的に恋人らしくなるには、長期戦を覚悟する必要がありそうだ。


 テントを袋に押し込んだ後で、何気ない調子で昴が呼びかける。

「あ、そうだ。真琴さん、2、3回キャンプに行った後でいいですから、僕のしたいことにも付き合ってくれますか?」

「うん、いいよ。ちなみに昴くんのしたいことって何?」 


「家でも外でもできる楽しいコトです」

「いいね! 楽しみっ!」

 輝く朝に、真琴の笑顔がまぶしく光り、言質げんちを取った昴は、鼻歌を歌いながらトランクに荷物を積み込んでいく。

 

 長かった自粛の季節が明けて、世界は再び笑い声を響かせ、触れ合いながら回り始めた。

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サークルでキャンプに来たのに、2人きりなんだけど 竹部 月子 @tukiko-t

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