第3話 必殺技
しんみりとした真琴の声に、夜空を見上げたまま昴もこたえる。
「僕らって、修学旅行とか入学式とか、何なら憧れのキャンパスライフが丸々ふっとんだ世代じゃないですか」
「確かにね。あたしは1年生の時に対面授業があったけど、昴くんたちは入学から1回も学校に来てなくて、まさにリモートの申し子って感じだよね」
「サークル活動も自粛自粛で、やっと開催できたキャンプもこんなことになっちゃうし」
そこまで言って、ふと気づいたように昴は隣に寝転ぶ真琴を見る。
「……でも、真琴さんが愚痴言ってるの、聞いたことがないかも」
ウーンと、伸びをしながら真琴は笑う。
「そうかな? 知っての通り、結構へこみやすいよ。でもその後すぐ、しょうがないよなーって思うかも」
「そんな簡単に思えます?」
「今日はすっごく良い天気で、お星さまもキラッキラだけど、ずっと楽しみにしてたキャンプ場に行けるのに台風接近中とか、まだ11月なのにまさかの雪とか、天候は思い通りにならないものだと思ってるからね。他の事も同じように考えてるのかも」
「人生は天候のようなもの、ですか。なるほど、スケールがでかい」
昴は感心したように声をもらす。
「ふふ。台風だって雪だって、どこまで遊べるかは自分次第だからね」
「えっ、まさか、台風でも雪でもキャンプはしたんですか?」
「うちは熟練の外遊び家族だからね、初心者にはもちろんおすすめしないよ」
真面目な顔で注意した後で、楽しそうに真琴は思い出し笑いした。
「ねぇ? 台風の時に
突然のクイズに、しばらく考えて昴は解答する。
「……糸が切れる?」
「ブブー、正解は、4歳の小さな真琴がちょっと宙に浮く、でした」
「危ないじゃないですか!」
「お父さんが『マコトが飛んでく!』って叫んで、わしっと後ろから捕まえてくれたのよく覚えてる」
「お母さんも大慌てだったんじゃないですか?」
「ううん、家族は一同爆笑。ちょっと浮いた私も大笑いしてたんだって」
「それに冬キャンプも寒いけど楽しいんだよ。テントの中に薪ストーブを入れて、コトコトシチューを煮込むの」
「それ、絶対美味いやつですね」
絶対美味しい、と自信満々で真琴は保証する。
「雪の時、降って来る雪を集めてかき氷を作りたくてね、飲みかけのリンゴジュースをとっておいて、シェラカップ持ってずーっと外に立ってたら風邪ひいたっけな」
「はは、なんかカップもってウロウロしてる姿が、目に浮かぶ気がします」
「あの頃は、あたしだってかわいかったのだよ」
ニシシと笑った真琴に、間髪入れずに昴が返す。
「今でも、かわいいですよ」
ぎくっと真琴の動きが止まり、しばらくの沈黙。
「す、すばるん。さらっとそういう事を言うもんじゃないよ」
ひきつった笑いで真琴が横を向くと、闇の中で昴がじっと見つめている。
「じゃ、もう少し溜めましょうか? 今、絶対チャンスなんで、溜めたら必殺技が出るかもしれませんけど」
「必殺技って……こわぁ。分かった、あれでしょ、ゲームの話ししてるでしょ?」
「真琴さんが可愛いって話なら、ゲームの話じゃないです」
「だ、だからっ! あたしはそういうんじゃないでしょ? 枠的に男子というか、かわいい枠はみんなのアイドルアカネちゃんでしょ。それに、そうだよ、年上に向かってかわいいとか言わないよ」
「いや、真琴さんは正真正銘女子ですし、アカネさんはどっちかって言えば綺麗枠でしょ、全人類の男子が巨乳好きだと思わないで下さいよ」
「アカネちゃんの胸には、夢と希望が詰まってるのに!」
「知りませんよ。それに、年上年上言いますけど、僕、4月生まれ。真琴さんは?」
「……3月」
「1カ月ですよ! たった1カ月生まれるのが遅かったばっかりに、同じゼミにも入れず、後輩クン扱いされ、ここで、こんな距離で寝転がってても、1ミリも意識されてないなんて、ひどくないですか」
「あ、あれ、もしかして、すばるん怒ってる?」
「今はまだ怒ってません。でも、真面目に聞いてくれないなら、ちょっと怒るかもしれません」
「そういうのを脅迫って……」
突然手をぎゅっと握られて、真琴は息を呑む。
「外遊びの話をしてる時、目がキラキラするのがすごく可愛いって、サークル入った時からずっと思ってました」
「去年の夏、星が見えなくてみんながガッカリしてた時、真琴さんが花火やろうよって言ってくれたじゃないですか。海でバカみたいにはしゃいでやったあの花火、帰りたくないくらい楽しかった」
ひたむきな声で、昴は続ける。
「だから、今日は一晩一緒にいられると思って、すげー楽しみにして来たんです。
さすがに2人きりになるのは予想してなかったけど、他の男子連中が欠席になったのは、ちょっとラッキーだと思ったくらいです」
「あんなに早くから来てくれてたのは、買い出し係、押し付けられたんじゃ……」
「違いますよ。早く来たのも、いっつも集合時間前に来る真琴さんと、ちょこっとでも長く話せるんじゃないかという下心です。なのに、帰る時間ばっかり気にされて、傷つきました」
「ごめん、お腹いっぱいにして、お家に帰してあげなくちゃってことしか考えてなくて」
「その僕に対する母親みたいな発想が、一番傷つくんですけどね。そんなに全力で対象外ですか? 男だと思えないレベル?」
「いや、男の子の……後輩レベル」
後輩、という言葉に昴は眉をしかめる。
「なら、今から言うことを復唱してください。私と昴は誕生日が1カ月しか違いません」
「あたしと昴……くんは、誕生日が、1カ月しか違いません」
「5月と6月生まれなら同級生だったと思って、もう一回考えてみてください。そんなに僕は、恋愛対象外ですか?」
直接的な言葉に、真琴の目が見開かれる。
「昴くんと……恋を、するってこと?」
「できそうか、ってことです」
少し震えた昴の声に、真琴の素っ頓狂な声がかぶさる。
「えっ! 昴くんはできるの?」
ほぅ、と昴は目を細めた。
「さっきからそう言ってるつもりなんですけど、やっぱり真琴さんには必殺技が必要みたいですね」
つないだままの手を、自分の方にぐっと引き寄せた昴に、真琴がじたばたと抵抗する。
「わ、待って待って。必殺技しないで。考えるから、一晩考えるから」
「……よかった。ちゃんと、考えてくださいね」
真琴はギクシャクと寝るための準備を整え、2人はそれぞれの寝床に分かれて眠った。
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