第2話 天体観測
しばらくして、袋一杯に飲み物を買い込んだ昴が戻ってくる。
「好きなのがどれか分からなかったんで、色々買ってきました。どうぞ」
「気が利くー! のど渇いてたんだ。やっぱり焼肉にはレモンサワーだよね」
袋をのぞき込みながら真琴が首をかしげる。
「……ん、このレモンサワーってノンアルコール? じゃなかった。こっちも……こっちもビール。あれ、全部お酒だよ?」
驚いた様子の真琴に、昴は表情を変えずに答える。
「そうですよ。今、レモンサワー飲みたいって言ったじゃないですか、普通のと甘さ控えめの2本買ってきましたよ。どうぞどうぞ」
「もうっ、それは冗談だよ。飲酒運転ダメ絶対! ドライバーは飲みません。昴くんは……4月生まれだよね? じゃ、もうハタチ越えてるから飲んでヨシ」
昴はうらやましそうな真琴を横目に見ながら、プルタブを開けてゴクゴク美味しそうにチューハイを飲む。
「真琴さんも飲みましょうよ。テントも寝袋もあるんだし、デイキャンプなんて言わないで泊まっていけばいいじゃないですか」
「あー、まあ、その手もあったんだけど……。もうタイムオーバー、終バスの時間が過ぎちゃった」
焼き網から焦げた肉を回収しつつ、真琴は再度時計を見る。
「それ飲み終わったら、真っ暗になる前に片付けようか。あー、助手席まで荷物でいっぱいなんだった。ちょっと窮屈かもしれないけど、ちゃんと昴くんの家まで送っていくから心配しないでね」
車を見ながら荷物の積み替えの算段をしている真琴は、昴が意を決したように息を吸ったことに気付かない。
「送らなくていいですよ。僕も……泊まりますし」
言った後、目を逸らした昴を、真琴はしばらくポカンと見つめ、次第に表情を険しくする。
そして昴の手を引き、テントの中に引っ張り込んだ。
黄昏時の幕内は薄暗く、ジッと真琴が入り口のジッパーを閉めた音が響く。
「昴くんは、分かってない」
「……真琴さん、怒りました?」
外から「カブトムシ取りに行こうよ」と、子どもたちがはしゃぐ声が聞こえてくる。
「怒ってます。あのね、ここは外だけど、外じゃないんだよ」
「へ、へぇ。なんか哲学的な感じですけど……あの、近くないっすか」
昴の目の前まで距離を詰めた真琴は、彼の背後の天幕に触れる。
「テントの生地はこんなに薄いし、外の人の声も聞こえてくるけど、基本的にテントは密室なの」
吐息のかかる距離に、ごくりと昴の喉が鳴る。
「お隣のサイトの人だって、テントの中にはよっぽどのことが無い限り、助けに来てくれないんだよ。分かる?」
「えっと、はい、わかります」
昴の返事に、さらに真琴の眉がつりあがる。
「分かってるなら、そこにあたしとふたりきりで泊まろうなんて不用心すぎるよ、襲われちゃうかもしれないんだよ!」
たっぷりと10秒は間が開いて、昴が口を開いた。
「えっ……それ、真琴さんが男の僕にする説教ですか? 逆でしょ?」
「逆?」
「逆っていうか、なんかそれじゃあ、真琴さんが僕のこと襲いますって宣言してるみたいですよ」
「私はそんなことしないよ? 一般論だよ」
不思議そうに首を傾げる真琴は「してもいいですけど」とつぶやいた昴の声には気付かない。
「昴くんはキャンプ初心者でしょ? だから、テントのこととか良く分かってないかもな、って思って」
「そうですけど、男と2人で泊まろうなんて不用心ですよって、キャンプもテントも関係なくないですか?」
「無い……のかな?」
あれ、あれれ? と混乱したように真琴は後ろへ下がる。
「じゃ、怒ってごめん。ほんとに泊まってく?」
待ちわびた問いに、昴は少しはにかんでうなずく。
「はい。真琴さんが……いいなら」
「うん、まぁいいよ。昴くんはインナーテントの中に寝なよ、あたしはこっちにハンモック出して寝るから」
あっさりと言った真琴に、今度は昴が慌てる。
「えっ、ハンモックって木に吊るすやつですよね? テントの中のどこに結ぶんですか? それにほら、蚊に刺されちゃいますよ」
昴はそう言って、顔の前にプゥンと飛んでいた一匹を叩き落とす。
「ハンモックは自立式だし、
青年の下心にとんと疎い真琴は、車のトランクを開けてサクサクと準備を始める。
「かわいい後輩には、秘蔵のエアマットとシュラフで天国のような寝心地を体験させてやろうじゃないの」
「はぁ……。後輩思いな先輩で感動しました」
ガッカリ感を隠せない昴は、このまま就寝タイムになだれこんでは大変と、少し考えてから口を開く。
「真琴先輩。ついでにお願いがあるんですけど『かわいい後輩』の頼み、聞いてくれますよね?」
22時でサイト内の照明は、ぐっと絞られ、時折酔っ払いグループの笑い声が響いてくる。
「あのもやっとしたラインが天の川ですよね、で、ベガとアルタイル」
「じゃあ」
真琴の指先が夜空にむかって三角形に動く。
「こーれーで、夏の大三角形だ」
「そうそう、じゃ、北極星はどこでしょうか」
「ひしゃく星の延長線上の……あれ? 無くない?」
「伸ばすのそっちじゃないですって、この先だから、あれかな? 結構暗い星ですよね。船乗りが北極星を目印にして航海してたってホントなのかな」
敷物の上で仰向けに夜空を見上げる二人は、次々に指先で星座をたどる。
「遅くまで残って星が見たかったなら、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「だって僕ら天文サークルは、星を見るのが活動ですよね?」
「あはは、さすが真面目なすばるん。あっ、サキが来れなかったから、天体望遠鏡も無いや。ごめん」
「何で真琴さんが謝るんですか。いいですよ、こんな満天の星空なのに、望遠鏡で星1個だけ見るなんてもったいないです」
「たしかに……もったいないねぇ」
「あーあ、もっといっぱい活動したかったな。この前にみんなで集まったのって、去年、海で花火したあの1回だけじゃないですか?」
「そーだね。すんごい曇りで、星がいっこも見えなかった星空観察会ね」
クスクス笑っている真琴に、口をとがらせた昴は、うらみごとを続ける。
「しかもあの時の帰り道、僕が家まで送ってもらっちゃって、次は絶対送らせてくださいねって言ったのに、その機会も無いままですし」
「それはいいの。後輩の安全は、何にも勝るのだよ」
煌めく星空に目を向けて、真琴はゆっくりと息を吐く。
「でも、そっかー。なんか大学生の実感が無いまま卒業なんだなー」
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