画面越しのアイラブユー

@suzutukiryo7891

画面越しのアイラブユー

 私と親友の結羽はおしゃべりが大好きだ。小学生の頃は放課後まで残っておしゃべりをするのが日常だった。スマートフォンを親から買ってもらったときは、すぐに電話番号を結羽と交換して、深夜から朝日が昇る時間になるまでずっとおしゃべりをしたこともあった。そんな私たちも時が経てば、大人になってしまう。


 自宅に向かう深夜の暗い帰り道。私は疲れた足取りでアスファルトを踏みながら、結羽とスマホでとりとめもない雑談をしていた。


「結羽と一緒にいる機会、減っちゃったね」

「ホントゴメンね、由希」

「謝ることはないよ。お互い、忙しいならしかたないもの」

「もう大人だもんねー」

「そうだねー」


 就職をきっかけに、昔のように一緒にいる機会が減ってしまっている。できることならば、高校にいた頃みたいに遊園地とか水族館に遊びに行ったり、くだらない話を電話で夜通したりして、結羽のそばにずっと寄り添っていたい。けれどこれはきっと、私だけの思いだ。私のワガママを押し通して、無理して隣に居座って、結羽を縛る枷となるのはもっと嫌だ。だから、苦しくても我慢するしかない。胸に秘めると、結羽から声がかかった。


「絶対埋め合わせするから。その時まで待ってて!」

「うん。のんびり待ってるよ。それより、結羽、時間大丈夫?」

「やっば! もうすぐじゃん。ありがと、教えてくれて。それじゃあね〜」

「うん。バイバイ」


 名残惜しいけれど、私は通話を切る。直前に、結羽の声で「切りたくねぇなー」なんて嘆きの言葉が聞こえた。結羽の愚痴にちょっとばかり胸が温かくなる。


「……寒い」


 冬の冷たい風が胸の温かさを奪い去るかのように吹き抜けて、私の長い黒髪を揺らしていく。


 × × ×


 そんなやり取りがあったのは、だいたい三ヶ月前の秋のこと。あれ以来、結羽の方から連絡が来ることはなかった。自分から連絡しても良いけれど、結羽から微塵も連絡がないことを踏まえると。躊躇ってしまう。便りがないのは元気な証拠。とは言うけれど……。


「……やっぱり寂しいな」


 築四十年の古びたアパートにある私の部屋の前にたどり着く。通勤バッグから鍵を取り出し、ドアの鍵穴へとガチャリと差し込んで鍵を開ける。十二月の外気で冷たくなったドアノブに触れてひねり、部屋に入った。

 すぐにスーツから部屋着に着替え、ベッドにゴロンと寝転びながらスマホをいじる。


「なーにかないかなぁ」


 動画配信アプリを立ち上げ、無限にある動画をぼんやりとしながら人差し指でスクロールして漁る。結羽との会話以外で趣味らしい趣味のない私はダラダラしていると、私は少女の姿をしたキャラクターが目についた。

 少女のキャラクターは青みがかった白髪で、その髪には百合の髪飾りを付けている。とろんとしたタレ目で、身に纏うドレスは純白。これもまた百合を連想させた。サムネイルには百合野園子とロゴが記載されていた。


「ふふっ、かわいい」


 思わず頬がほころぶ。私は白髪の少女が映ったサムネイルを人差し指でタップしていた。

 動画は彼女の自己紹介をしていて、彼女がメインとして活動していくコンテンツは百合と、とりとめのない雑談を長時間する予定とのことらしい。

 わいわい自己紹介をする彼女をぼんやりと視聴していると、不思議な感覚に囚われた。


「あれ? この声ってたぶん……?」


 私の聞き間違いでなければ、この声は結羽のものだ。


「結羽、配信活動始めたんだ。しかも大手企業の」


 結羽の──いや、まだ結羽だと確定したわけじゃないけれど──所属している企業は、界隈に疎くても、名前は知っているだろうという人が多数を占めるはずだ。

 知らなかった。投稿した日付を目にすると、だいたい三ヶ月と少し前になる。推測するに忙しくなったと言った理由というのがこれかもしれない。再生数も一万も超えていて、人気もあるようだ。結羽のことなら大体知っている私だけれど、結羽の知らない面を見られて嬉しいような気もするし、話してくれなかったショックもあり複雑な気分になる。


「てことは、なおさら前みたいに会って話すことも減ってくのかなぁ」


 寂しさが胸に飛来する。結羽の配信している別の動画を閲覧しようと漁っていると、百合作品の紹介がいくつかとと雑談の配信時間が約六〜七時間のものがたくさんある。他の動画も同じような再生時間だった。結羽は日中は仕事をしているし、私から連絡しても相手にしてくれる時間は取れないのだろう。


「邪魔にしかならないよね」


 私は大の字に寝転がり、深くため息をつく。


「会いたいよ、結羽」


 瞼を閉じ、そう祈りながら私は眠りに入った。


 × × ×


 百合野を見つけてから、私は毎日のように百合野の残したアーカイブを見るようになった。長時間の配信を見続けるのは普通の人なら大変ではあるだろう。けれど、私としては全くと言っていいほど苦にならなかった。通勤時間に会社でのお昼休み。自宅でお風呂に入っているとき。ベッドに入って眠りにつくまで。文字通り一日中見続けていられる。

 仕事にアーカイブ視聴にを繰り返していたら、年を越し、冬を終え、春も過ぎ、六月の終わりもあと一週間といったところになっていた。

 試しに他の配信者の配信はどんなものだろうと見てみたこともあった。けれど、やっぱり百合野の配信が一番落ち着く。


「私が欲しいものって、もしかして……」


 そこまで思考がたどり着いた瞬間、スマホに何かの通知が入ってきた。視線を向けると、百合野が配信を開始した、と書かれていた。


「アーカイブも見終えたとこだし、ライブ配信見よう」


 通知をタップしてチャンネルに移動する。放送はちょうど準備中で、コメント欄に目を移せばリスナーの待機コメントでびっしり埋まっていた。


「私も送ってみよ」


 私もリスナーたちに倣って待機コメント入力して送信する。しばらくもしない内に百合野が画面の右からちょこんと顔を出した。コメントが噴水みたいに勢いよく流れているように、百合野は画面中央に移動した。


「みなさん、ごきげんよう。百合と雑談大好きなブイチューバー、百合野園子でーす」


 女性としては低めの声で自己紹介した百合野は手を振るように頭を動かしながら笑みを見せる。


「今日もだらだら~っと雑談していきたいと思います!」


 それからの時間、百合野はころころ表情を変えながらだらだら雑談をした。私は彼女のおしゃべりをただただ黙って聞く。たったそれだけのことだけれど、私の頬はゆるりと緩む。ああ、私の好きなものはおしゃべりではなくて、大好きな人と一緒に過ごす時間だったんだ。


「……一言だけ送ろうかな」


 私はスマホに写るキーボードをカタカタと叩いて百合野へとメッセージを書いた。


「アイラブユー……送信っと」


 × × ×


「……と言うことで、朝日も昇ってきたことですし、今日はこの辺にしますかー」


 窓の方へ振り向いてみれば、部屋の中に朝日が射し込んでいた。


「それでは。これからおやすみの人も、仕事の人も良い一日をー。バイバイ」


 百合野は別れの挨拶をする。そして、笑顔で画面右へとはけていき、リスナーが描いたエンドカードが表示された。


「今、何時?」


 スマホで時間を確認すると、午前六時を迎えようとしているところだった。午後二十三時から配信していたので七時間ほど雑談していたことになる。


「……寝よう」


 その前にお風呂入ってからだけれども、と独り言を付け加えながら、ぐーっと伸びをしたあと、配信アプリを落とそうとする。けれど、唐突に百合野の声が響いた。


「ごめーん。ちょっと伝えることあるの忘れてたー」


 エンドカードが消え、画面からはけた百合野が戻ってきた。ほんの少し頭が縦にゆらゆら動いている。画面向こうではペコペコ頭を下げている結羽がいるのだろう。そんな姿を想像してクスリと笑ってしまった。


「配信の話なんだけど、一週間ほどおやすみします」


 私は急な知らせに私は固まってしまった。


「なんかあったんじゃなくてね、配信環境を良くするためにお引っ越しすることになりまして。荷造りは友だちに手伝ってもらってほとんど終わってるんだけど、他の作業で忙しくなりますので」


 困り眉で百合野は続けて話した。


「そういうわけで、しばらくライブ放送はないけど、アーカイブがあるのでそちらの方見てもらえればと思います」


 ニカッと笑顔に切り替えて百合野は頭を揺らした。


「それじゃあ、今度こそ。バイバーイ」


 百合野は言い終えると、改めて画面外にはけてエンドカードが表示された。


「そっか。しばらくライブでは聞けないんだ」


 アーカイブは見終えてしまったので、なんとなく寂しい気持ちになる。


「まあ、一週間くらいね」


 私はライブ配信のない間、結羽の残したアーカイブを見返すことにした。


 × × ×


 百合野のアーカイブを何度も見返しているけれど、私は寂しさを拭えないでいた。むしろ、深まったような気さえする。


「ライブ配信見たからかな」


 私の気分的な話だろうけれど、ライブ配信の方が対面しあっている感じがして心地よかった。


 寂しさに負け、電話帳アプリを開いて結羽の電話番号を見遣る。


「連絡……しようかな」


 迷惑にならなければいいけれど、と思いながら番号に触れようとする。

 このまま番号に触れれば話せるかもしれない。でも、本当にいいのかという思いがタップする指をためらわせる。けれど、やっぱり触れようとしてを何度か繰り返していると、スマホが震えて着信が入った。


「わわっ」


 情けない声が漏れ、急な着信でスマホを落としかけたけれど、なんとかキャッチして、すぐさま電話の相手を確認する。相手は結羽だった。私は通話状態に切り替えた。


「もしもし、結羽?」

「由希? そのー、久しぶり。元気にしてた?」


 結羽の声色はなんとなく気まずげに聞こえた。私はを元気づけようと明るめの声で話す。

「うん。元気にしてた? 結羽の方こそどう?」

「してたしてたー」


 私の明るめの声が功を奏したのか、結羽の声が明るくなった。と思いきや、また気まず気な声で、あの〜、と私の様子をうかがうような声を出した。


「急な話で悪いんだけど、ちょっとお願い、聞いてくれる?」


 私は何の話だろうと小首をかしげた。


 × × ×


 結羽のお願いごと。それは引っ越しの荷ほどきの手伝いをしてほしいとのことだった。手伝いに来る予定だった人が風邪を引いてしまい来られなくなったらしい。

 久々にあった結羽は相変わらずだった。元気さを感じさせるショートヘアに動きやすそうなTシャツとジーパン。結羽らしい格好だ。


「元気そうだね。結羽」

「由希こそいつも通り可愛いじゃん」

「ふふ、ありがと」


 私は結羽に案内され、部屋へと足を踏み入れる。結羽が借りた部屋は海が近くにある新築のアパートで三階の角部屋だ。結羽の話によると、隣と下の部屋にはまだ入居者はいないらしい。


「いいでしょ、ここ」

「うん。とっても」


 窓に近づいて外へ目を向ける。眼下には浜辺を見渡せて綺麗だ。日当たりも良好で、梅雨が明けたばかりの太陽の日差しが部屋の中を照らし、部屋の中を暑くさせる。そのはずだが、備え付けのエアコンのおかげで快適な涼しさで荷解きができる。


「さ、さっさと荷ほどき終わらせよう」


 そうだね、と私は返事をして、立ちはだかる段ボール箱の山へと向かう。


「ところで結羽、二つほど聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なになに?」


 私の身長ほどの高さにある段ボール箱にフローリングの床に下ろしながらかけながら、私は結羽に問いかける。


「どうして荷造りのときは連絡くれなかったの? 言ってくれれば手伝いに来たのに」

「それは〜……その〜……」


 言いづらそうに指先をもじもじさせながら、結羽は話した。


「嫌われちゃったかな……って」

「嫌う? 私が」

「だって由希、電話くれなくなったじゃん」


 口をとがらせて結羽は話を続ける。


「なんか嫌われるようなことしちゃったのかなー、とか思ってさ。それで、声かけづらくなっちゃって」

「嫌うわけないよ。絶対ありえない」

「じゃあ、どうして電話くれなかったのさ?」


 結羽は問いかけると、私はそのままストレートに思っていることを口にした。


「百合野園子って名前で配信活動してるんでしょ? 結構人気みたいじゃん。だから忙しいかなって」


 目を見開いて、ええーっと大げさに結羽は驚いてみせる。


「ん? あれ? なんで知ってんの!? あたし、言ったっけ!?」

「いや、たまたまネットで配信してるの見かけて」


 結羽はへろへろと力なくうなだれた。


「うぅ……秘密にしてたのに……」

「別に隠すことじゃなくない?」

「えー、知り合いにバレるのって何かハズくない? 趣味モロバレじゃん」

「百合好きなのはとっくに知ってるし」


 段ボール箱の山の中にある内のいくつかに、配信で紹介した百合漫画が入っているのだろう。


「たしかに。でも、やってみたらわかるって、このハズさ」

「やらないよ」


 私は結羽にツッコミを入れるようなノリで軽くはたく。こんなに気楽でいられるのは結羽の前でだけだからだ。それから私は話を続けた。


「話、戻すけど、忙しいだろうから控えた方がいいかなって思って」

「そんなことないよ! 配信切ってでもするし」


 身を乗り出して言い切る結羽。さすがにそれはリスナーに対してどうなのだろうと感じたけれど、黙っておく。

 もう一つ気になっていることがある。部屋の多さだ。リビングとキッチン、そして今いるこの部屋。これまでは分かる。けれど、隣になぜかもう一部屋あるのだ。


「もうひとつの質問だけど、ベッドがあるってことは、ここって寝室にするんでしょ」

「そだよ」

「一人で住むには部屋多くない?」


 配信活動とか何かに使うのだろうか。けれど、フェルトペンでパソコンと書かれた段ボール箱が私の隣にある。寝室と配信部屋を一緒にするのだろうか。だとしたら、ますますもう一部屋あるのが分からない。


「それなんだけどさ……」


 まるで告白直前の恋する乙女のように結羽はもじもじしだした。


「ホントはね、一緒に部屋選びしたかったけど、さっきも言ったとおり声かけづらかったからさ。勝手に選んじゃったのだけど……」


 結羽は私のことをじっと見つめてきた。


「由希が嫌じゃなきゃ一緒に住まない?」

「ルームシェアってこと?」

「そうそう。配信中は話せないけど、ずっとそばにいられるじゃん……どうする?」


 願ったり叶ったりの提案だ。私は花を咲かせるような満面の笑みを浮かべ、問いかけた結羽にすぐに答えを返し、勢いよく抱きついた。


「そんなのするに決まってるよ」


 それから私たちは幸せに暮らしましたとさ。

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