第27話 ウルダ(27)

ジャンがサブリナの所へ頻繁に行ってから、サブリナの布作りが早く終わった。最後の布が出来上がると、サブリナは嬉しさのあまりにジャンを抱きしめた。サマリナも嬉しそうにサブリナを抱きしめた。


「でも、布作りが終わったけど、・・それは、もうすぐあなたと別れなくちゃいけないって意味だよぉ!」

「本当だ!うわーん!」


先ほどまで喜んでいたサマリナが突然泣きながら言うと、つい先ほどまで笑ったサブリナはつられて泣き出してしまった。


それはその通りだ。なぜなら、二人は違う家に嫁ぐことになるからだ。


けれど、二人の様子を見たジャンは、ただ首を傾げただけだった。結局、ジャンが帰るまで、二人はまだ抱き合って泣いてしまった。


「良く分かりません」


ジャンはまた首を傾げて、外へ出て行った。その様子を見たイブラヒムは何も言わず、微笑んだだけだった。


子どもには早いか、とイブラヒムは思った。彼はそのままジャンと一緒に葡萄を少し収穫してから部屋に戻った。





あの日から2週間が経つと、今度はアミーン家がタレーク家に訪問した。サブリナと結婚する予定の長男ラシャド・アミーンも見えて、とても嬉しそうにザイドたちに挨拶した。ジャンを見ると、彼は丁寧に挨拶して、ジャンを褒めた。あの試合・・を見て、感動した、と。すると、ジャンは丁寧に御礼を言って、頭を下げた。


「本当に丁寧な子どもだね」


アミーン家の当主が言うと、ザイドは微笑んだ。そして両家が穏やかな雰囲気で食事しながら、結婚の日を話し合った。当主同士の会話が始まると、まだ未成年のジャンとサバッダは少し離れた場所で食事しながら他のアミーン家の人々と会話した。イルシャード家の無礼の件もあって学んだからか、アミーン家の人々はとても丁寧だった。


笑顔を絶やさず、親身的に会話する、とサバッダはアミーン家の人々に対して、高く評価した。そして予想通り、サブリナの結婚の日が決まった。


「これからが大変だ」


サバッダがアミーン家の人々を見送りながら言うと、ジャンは首を傾げた。


「どうして?」

「サブリナが結婚するだろう?その準備が大変だ。大きな宴が行われるから、羊もたくさん必要なんだ」

「羊に囲まれて、結婚式をやるのですか?」

「へ?ははは、違う、違う」


サバッダは笑いながら首を振りながら否定した。


「羊を切って、料理にするんだ。アミーン家とタレーク家が同じ村にいるので、互いに羊を何匹ずつ用意するか、そういう意味だ。だから、これからは大変なんだ」


サバッダがジャンに説明すると、ジャンはうなずいた。


「必要なのは羊だけですか?」

「結婚式なんだから、羊だけじゃないよ。男性側の家から女性側の家に贈り物もある。また女性側が独自の物も用意しなければならない。女性が嫁ぐ日に、それらの物をまとめて持って行くのだから、ラクダが何頭必要かも計算しなければならない」

「うわ・・」


ジャンは瞬いた。


「場合によって、荷台で運ばないといけない物もあって、それも計算に入れるんだ」

「難しいですね」


ジャンが言うと、サバッダは笑って、うなずいた。それはそのはずだ。サブリナとサマリナは双子だから、二人とも結婚を控えている。マグラフ村は比較的に小さな村だから、羊の数もそんなに多くない。今回はアミーン家に嫁ぐサブリナの結婚式の日が決まったから、次回はジャザル家との話し合いがあるから、ザイドの頭の中にいろいろと細かいことでいっぱいだ。


その日から、二週間後に、ジャザル家がタレーク家に訪問した。ジェナルは嬉しそうに五男を連れて、ザイドに紹介した。


目つきが悪い男だ、とザイドはそう思いながらジェナルの五男を見ている。彼の仕草がジェナルにそっくりだ。間違いなく、ジェナルの息子だ、とザイドは思った。けれど、自己紹介すると、彼はとても丁寧で、言葉も穏やかだ。すると、ザイドは微笑んで、彼を歓迎した。


彼の名前はアシュハリ・ジャザルだ。


両家は穏やかな雰囲気で会話しながら、結婚の日取りを決めた。やはり第一問題は羊の数だ。二回連続結婚式をやると、羊の数が足りない。だからといって、これから伸ばすと、サマリナがかわいそうだ、とザイドが言うと、ジェナルは考え込んだ。


「同じ日で行えば良いじゃないですか?そうすれば、タレーク家の負担が少し減ります。料理や式など、まとめてやりますから」


アシュハリが言うと、全員彼を見ている。


「ならアミーン家と話し合おう」


ジェナルが言うと、ザイドはうなずいた。サブリナとサマリナの結婚式を同じ日で行われたら、タレーク家の負担も少し軽くなる。何よりも羊を確保できるからだ。


「ならば、後日、わしがアミーン家に尋ねて見る」

「お願いします」


ジェナルが言うと、ザイドは頭を下げた。そして彼らはまたしばらく会話しながら、出された葡萄酒を口にした。


「そうだ、アシュハリ。紹介しよう。わしの孫、ジャンだ」


ジェナルが言うと、アシュハリはうなずいた。名前を呼ばれたジャンは立ち上がって、丁寧に挨拶した。


「噂は聞いた。私はアシュハリだ。よろしく、ジャン」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


アシュハリは微笑みながらジャンを見ている。不気味な笑みだ、とジャンはドキッとして、そう思ってしまった。


「串焼きのたれが、口元とほっぺに・・」


アシュハリがしゃがんで、ジャンの耳元で小さな声で言うと、ジャンは慌てて顔を拭いた。けれど、消えるどころか、広がってしまった。アシュハリは笑って、自分のポケットからハンカチを出して、ジャンの顔についたたれを拭いた。慌てて駆けつけて行ったサバッダも謝罪しながら、ジャンの手を拭いた。


アシュハリは微笑んでうなずいただけで、そのまま席に戻った。案外、良い人かもしれない、とサバッダがそう思いながら、ジャンを下がらせた。


「ジャンはわしの従兄弟の従兄弟の孫だ。訳あって、今はタレーク家にいる」


ジェナルがそう言いながらアシュハリのグラスに葡萄酒を注いだ。


「きみはサマリナと結婚して、少しでも落ち着いてくれよ」

「はい」


アシュハリは短く返事して、そのまま葡萄酒を飲んだ。


「アシュハリ、結婚したら、まずやって欲しいことがある」


ジェナルは葡萄をつまみながら、アシュハリに言った。


仕事か?、とアシュハリが耳を傾けて視線をジェナルに移した。


「なんでしょう?」


アシュハリは葡萄酒をまた飲んで、ジェナルの言葉を待つ。


「孫を作ってくれ」

「ぶーっ!」


アシュハリが思わず噴いてしまった。近くで座っているザアードは思わず笑って、ハンカチを差し出した。ザイドはびしょ濡れになったジェナルに笑いながらナプキンを差し出した。ジェナルはブツブツと文句を言いながら顔や手を拭いた。


「良いか、アシュハリ。わしは孫が欲しい。かわいい男の子の孫だ。分かった?だから結婚したら、おまえはしっかりと子作りに専念しろよ」

「・・がんばります」


ジェナルが言うと、アシュハリはうなずいただけだった。ザイドは苦笑いして、食事をすることにした。





数日後、ジャザル家からタレーク家に手紙が届いた。アミーン家はジャザル家の提案に承諾した、と言う内容だった。結婚式はジャザル家の要求によって、本日付から一ヶ月間後に行われることになる。予定よりも、早くなった。となると、今からやらないと、間に合わない、ということになる。当然のことで、ザアードやサフィードの妻たちは二人の花嫁にかかりきりとなった。5年前に母親を亡くした双子だから、今は兄嫁たちに世話してもらうことになった。


そんな忙しいタレーク家と同じく、ジャヒールとアミールたちも忙しい。町まで米や豆、そして砂糖や干し葡萄なども大量に買わないといけない。結婚式や宴のために、大量に必要だ、というジェナルの要請に小頭のジャヒールはその仕事を引き受けた。タレーク家から第三部隊の隊員らがラクダに乗って一緒に行くことにした。


「では、行って来る!」


ジャヒールがサフィードに向かって言うと、サフィードはうなずいた。ジャンは手を振って、サバッダの隣でラクダに乗っている。


「今回はどこの町に行くの?」

「イッシュマヤの町だ」


ジャンが聞くと、ジャヒールはそう答えた。どこかで聞いたことがある、とジャンは思った。


「南東辺りにある港町だ」


サバッダが言うと、ジャンは首を傾げた。


「ジャンはイッシュマヤの港から来たのか?」

「覚えていません。気づいたら船から下りて、そのまま馬に乗ったから」

「じゃ、町の様子は知らないのか?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「でも、お祖父様が船乗りの人に確かにイッシュマヤという名前を何度も言った。意味は分かりませんが・・」

「アルキア語かウルダ語ではなかったのか?」

「違います。私が知らない言葉でした」


ジャンはそう言いながら記憶の中にその出来事を思い出した。サバッダはジャンを見てから、再び前を見ている。


「きみのじいさんはいろいろな言葉ができる人だね」

「はい」


アミールが言うと、ジャンはうなずいた。


「暗殺者にとって、他国の言語や方言はとても大事だ。きみたちも、ジャンに他国の言葉を教えてもらえ」

「はい!」


ジャヒールが言うと、アミールたちは同時に返事した。来年成人するアミールはもうすでに答えを出した。彼は「裏」を選ぶので、これからその関係の知識や仕事を学ぶようにしている。


「ジャン、今度俺にイルカンディア語を教えてくれ」

「あ、はい」


アミールが言うと、ジャンはうなずいた。


「でもどうしてですか?」

「なんとなくだ」


アミールは笑った。


「まずイルカンディア語、その後他の国の言葉も勉強したい」

「タックス語はできますか?」

「当たり前だ。俺はタックス語ができる。母さんが昔タックスの奴隷だったから、小さい時にいろいろと教えてもらった」


アミールがそう言いながら前を見つめている。


「じゃ、その代わり、私にタックス語を教えてください」

「良いよ。ははは、俺が先生になるか、ははは」


アミールが笑うと、ジャヒールたちも笑った。互いの弟子が教え合うことは良いことだ、とジャヒールは思った。


彼らはしばらくそのまま南へ移動した。そして大きなオアシスで昼ご飯を取って、そのまま東へ向かった。東方面でまたオアシスの村に泊まった。小さなオアシスだったので、彼らはオアシスの近くで野宿することにした。


「もう寝なさい」

「はい・・おやすみなさい・・(すー)」


ジャヒールがそう言うと、もうすでに眠そうなジャンはうなずいて、そのまま寝袋に入った。サバッダは笑って、ジャンの寝袋の上にもう一枚の厚い布をかけた。ジャヒールたちはしばらく会話してから、それぞれの寝袋に入った。今日の見張り番はタレーク家第三部隊がやるから、ジャヒールたちは安心して眠ることができる。


朝早く、ジャンたちは起きて、朝ご飯を済ませてから、早く出発した。今日も昨日と同じく、次々とオアシスに休憩して、夜にまたオアシスに泊まる。今回はなるべく安全なルートを選んだジャヒールとタレーク家第三部隊はその理由をよく知っている。


これ以上、ジャンの名前を広めないようにすることだ。時間がかかっても構わない、とザイドは彼らが出発する前に念入りに言った。


そのような旅が五日間も続いて、やっと港町に着いた。


イッシュマヤ、という港町だ。


ジャンはラクダの背中で周囲を見ている。記憶にない場所だ。明らかに彼は上陸した場所と違う港だ。ジャヒールたちはラクダの縄を引っ張りながら忙しい港町に歩いている。大きな船が数隻も岸壁に止まって、荷物を降ろしている姿が見えた。


けれど、一番端っこにある船を見ると、ジャンは固まった。


「どうした?」


ジャヒールがジャンの様子に気づいて、聞いた。


「あの船、一番端っこの船」

「あの船がどうした?」

「イルカンディアの船です」

「どうして分かった?船には何も書かれていないぞ?」

「横に、三色の色がありました。それはイルカンディアの船の特徴です」


ジャンがそう答えると、ジャヒールたちは険しい顔で船を見ている。そして何もなかったかのように、彼らはその場を去った。


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闇のジャン ブリガンティア @brigantia

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