第26話 ウルダ(26)

ジャンとイスハックの戦い以来、ザアードはジャンにとても優しくなった。彼の子どもたちもジャンにとても懐いている。特にジャンが助けたサブリとその兄、サルマンが時間が許すかぎり、彼らはすぐにジャンの所へ行った。二人の兄、長男のサルファラズと次男のサリムはほとんどそれぞれの先生と一緒に住んでいるため、たまにしか家に帰らない。来年、サルマンも家から出て、先生と一緒に住むことになる。


「先生を、どうやって見つけるのですか?」


ジャンが葡萄をつまみながら聞くと、サルマンは考え込んだ。


「確か、それぞれの先生が教えられる人数の枠を張り紙に書く。その張り紙に、条件や試験の日が書かれて、興味がある人はその日に先生が決めた場所に行く。試験を受けて、枠に合格した人だけは先生の弟子になれる」

「ふむふむ」

「一番難しいのはジャヒール先生、アルマイド先生、カレブ先生、そしてカイル先生だ」

「ふむふむ」


ジャンはもぐもぐしながらサルマンの話を聞いた。


「サルマンさんはどの先生の元へ行きたいの?」


ジャンが聞くと、サルマンは考え込んだ。


「僕は今家庭教師のイクサン先生と一緒に勉強している。サブリも一緒に勉強している。けど、イクサン先生は10歳以上の弟子を取らないから、どうしようかなぁ・・」

「じゃ、まだ決まっていない、ということですか?」

「はい」


サルマンはうなずいた。


「ジャヒール先生は今、サバッダ叔父さんとジャン叔父さんを抱えている。本来なら、一人の先生に同じ家門の人を二人以上抱えることはない。けど、ジャン叔父さんは特別らしい」

「そうなんですか・・」

「それに、来年はサバッダ叔父さんは成人になるから、その辺りもジャヒール先生が忙しいだろう」

「成人になると、何かありますか?」

「最終試験があるんだ。合格したら、仕事ができる」

「じゃ、合格しなければ?」

「もう一年やり直すらしい」

「大変だ・・」

「成人式も一年を延ばす」

「へぇ・・」


ジャンは葡萄をつまみながら驚いた。


「成人が遅くなると、どうなりますか?」

「結婚も、仕事も、できない」

「厳しいですね」


ジャンが言うと、サルマンはうなずいた。


「アルマイド先生には、サマッドさんが行くことになっていますね」


ジャンが言うと、サルマンはうなずいた。


「あの先生はとても厳しいから、弟子に志願する人が少ない。試験もほとんどの人が落ちてしまう。だから、今年は枠が二つ空いていて、サマッドが入ったことで、問題ないだろう」

「でもサマッドさんはまだ9歳と聞いていますよ?」

「特別に入った見たい。お祖父様のご命令もあったから」

「なるほど」


ジャンはうなずいた。


「じゃ、残りはカレブ先生とカイル先生ですね」

「ふむ」


ジャンが言うと、サルマンはまた考え込んだ。


「正直に言うと、僕はその二人に良く分からないんだ」

「じゃ、見に行きましょうか?」


ジャンが言うと、サルマンとサブリはうなずいた。


「行きたいです」

「分かりました。ちょっと許可を取ってきます」


ジャンが近くで立っているイブラヒムに言うと、彼はうなずいて、家の中に入った。そしてしばらくしてから、二人の男性を連れて、戻って来た。


「ザイド様がお許しになりました。ただし、この二人も連れて行くように、と命じられました」

「はい、分かりました。よろしくお願いします」


ジャンが二人を見て、丁寧に頭を下げると、二人も頭を下げた。


「お名前を伺っても良いですか?」


ジャンが聞くと、二人はイブラヒムを見て、確認した。


「この人がタバラクで、その隣はマアズでございます」


イブラヒムが紹介すると、ジャンは微笑んで、うなずいた。


「私はジャンです。改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


タバラクが頭を下げながら言うと、マアズもまた頭を下げた。


イブラヒムがつれて来た二人は、どちらかというと、とても強そうな人達で、ただの使用人ではない、とジャンは思った。恐らくイブラヒムと同様、暗殺技術を身につけている護衛官だろう、とジャンはそう思いながらサルマンとサブリと一緒に出かけた。


ジャンはイブラヒムにカレブとカイルが普段いる場所に尋ねると、彼は村の外れに案内した。そこでカレブの弟子たちが一所懸命に練習している姿が見えた。かなり高度な技術だ、とイブラヒムが言うと、ジャンはうなずいた。


「お!誰かと思ったら、ジャン・タレークではないか!」


一人の男性が声をかけると、ジャンたちは彼に頭を下げた。


「俺はカレブ・ハフィズだ。ここに、何の用?」

「こんにちは、甥のサルマンさんのために、カレブ先生の授業を少しだけ覗かせて下さい」


ジャンが丁寧に言うと、カレブは大きな笑みでうなずいた。どの先生でも、タレーク家出身の弟子が欲しい。お金があって、実力もあるから、タレーク家なら歓迎だ。


「どうぞ、どうぞ」


カレブはうなずいて、ジャンたちに弟子たちの練習を見ている。


「試験には、どんなことを見るのですか?」


ジャンが聞くと、カレブは考え込んだ。


「まず動きを見る。そして武器が使えるかどうかを確認する。毒の知識があれば、文句なしでね」


カレブが言うと、ジャンはうなずいた。


「サルマンさんは、毒のことを勉強した?」

「あ、まだ」


サルマンは首を振った。


「じゃ、帰ったら、勉強しないといけませんね」

「はい」


サルマンはうなずいた。サブリは武器で互いを攻撃しているカレブの弟子を見て、瞬いただけだった。


「ジャンさんは今も小頭こがしらの弟子か?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「あの試合・・は見たよ。正直、驚いた。あのイスハック・イルシャードを戦闘不能にできる子どもはジャンさんだけだ」

「ありがとうございます」


ジャンは微笑んで、丁寧に返事した。


「たまたま、私の攻撃が当たっただけです」

「ははは、そんなはずがない。あいつはああいう人でも、当時は現役の暗殺者だった」

「だった?」


ジャンは首を傾げた。


「死んだよ。あの試合・・の後、イルシャード家の当主に処理された」

「・・・」


カレブが言うと、ジャンは瞬いた。


「私は、負けた方が良かったかな・・」


ジャンが小さな声で言うと、カレブは首を振った。


「わざと負けても、あいつはますます調子に乗って、いろいろと騒ぐだろう。もともと問題児だった彼は、以前もいろいろな問題を起こした」


カレブが言うと、ジャンは耳を傾けた。


「だから、そのような考えを持ってはいけないよ、ジャンさん?」

「はい」

「きみが勝って、それで良かった。彼がその試合の後死んだことは、きみとは関係ないことだ。俺は断言できる。恐らくタレーク家の当主も同じことを思うだろう。だから気にするな」

「そうですか・・、分かりました。ありがとうございます」


ジャンはカレブを見て、うなずいた。


「でね、今すぐに俺の弟子になりたいなら、歓迎するよ、ははは」

「ごめんなさい、カレブ先生」


ジャンは丁寧に断って、首を振った。


「ご助言、ありがとうございました。これから他の先生のところにも見に行こうと思いますので、これで失礼します」


ジャンが丁寧に頭を下げると、カレブも頭を下げた。サルマンとサブリも頭を下げてから、彼らはジャンと一緒にその場を後にした。


その後、イブラヒムはジャンたちに数人の先生のところへ案内した。そしてやはり彼らはジャンを見た瞬間にとても丁寧に対応した。


「大体、これから何をすべきか、分かるようになりましたか?」


ジャンがサルマンに聞くと、サルマンはうなずいた。


「はい。以外に多くて、びっくりした・・」

「少しずつやりましょう。まだ時間があるから」

「はい」


サルマンはうなずいた。


「イブラヒムさん、お金を持っていますか?」


ジャンが突然尋ねると、イブラヒムはうなずいた。


「じゃ、あの店に行っても良いですか?せっかくサルマンさんとサブリさんと一緒に出かけているので、美味しい串焼きを食べたいと思います」

「かしこまりました」


イブラヒムが微笑みながらうなずいた。そして彼らはその屋台に行って、イブラヒムは3本の串焼きを頼んだ。けれど、ジャンが首を振って、イブラヒムたちの分も頼んだ。タバラクとマアズが驚いたけれど、結局彼らは嬉しそうにその串焼きを受け取って、一緒に食べることになった。全員が美味しそうに串焼きを食べてから、家に帰った。


家に帰ると、ジャンは早速サルマンとサブリに剣を教えることにした。木材の剣で模擬練習して、三人が仲良く練習に励んだ。


そんな子どもたちの様子を執務室の窓から見ながら、ザイドはタバラクとマアズから報告を聞いた。最後に彼らが食べた串焼きまで報告を聞くと、ザイドは笑って、うなずいた。


「そう聞くと、本当に4歳児なのか、と疑いたくなるね」

「はい」


ザイドが言うと、タバラクとマアズはうなずいた。


「体の大きさから見ると、あの三人の中に、ジャンは一番小さい。間違いなく、彼は4歳児だろう」


ザイドは窓から離れて、椅子に座った。


「だが、他の二人は彼と比べられない。だって、明らかに、9歳のサルマンが4歳のジャンに教えられたからね。ははは」


ザイドはそう言いながら、机の引き出しから手紙を取り出した。


「タバラク、これをお頭に渡してくれ」


ザイドはその手紙をタバラクに渡した。


「失礼ですが、お手紙の中身を伺ってもよろしいでしょうか?」

「サマリナの縁談だ。求婚を受け取る、という返事だ」

「かしこまりました。では、お届けに参ります」


タバラクは頭を下げて、そのまま退室した。


「マアズ」

「はい」

「イルシャード家の動きに注意しろ。この静けさが気になる」

「かしこまりました」


ザイドの指示にマアズはうなずいた。


「イスハック・イルシャードが死んだと言われても、私はイルシャード家を信用できない、と思っている」


ザイドはため息ついた。サマリナとの縁談はイルシャード家の長年の待望だった、と以前イルシャード家の当主に言われた。やっとサマリナとちょうど良いの息子がいて、ザイドもその縁談に喜んだ。けれど、その待望をぶち壊したのもイルシャード家だ。


「良いか、マアズ」

「はい」

「信用は大事だ。一度それを裏切ったら、人は二度と信じられなくなる。何年経っても、忘れることはない。そのことを肝に銘じなさい」

「はい」

「下がって良い」

「では、失礼致します」


マアズは頭を下げて、退室した。ザイドは再び窓に移動して、ジャンたちを見て、微笑んだ。

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