【番外編】魔道界日本外通り3丁目 スナックパムラ_3話


 魔道界日本外通り3丁目。

 入り組んだ上に奥まった石レンガのトンネルをくぐった先にある店こそ、スナックパムラである。

 今夜は珍しい人影が店の中へ入っていく……


 すっかり粟生もパムラに入り浸るようになって暫く。

 常連も板についてきた今日は、先に入店していたバーバラと飲み交わしていた。


「だからマザコン男はモラハラ気質になりやすいのよ。いいことアワキ、アンタは家柄何かに囚われずにさっさと独り立ちするのよ」

「は、はい」


 何故か会話から説教になったタイミングで、出入口のベルが鳴った。

 音に釣られて粟生が振り返ると、1人の厳つい男が立っていた。

 粟生が初めて見る客だったが、男は勝手知ったる様子で粟生から2席空けたカウンターに座った。


「久しぶり崇徳ちゃん!会いたかったわ」

「へ」


 女店主が告げた名前に、店の空気が凍り付いた。

 呆けた声を出したのは、粟生かはたまたバーバラか。


「あら、2人とも知らない?この子崇徳ちゃん。話くらいは聞いたことあるでしょ」

「は」


 聞き覚えがある名前に粟生の背筋は怖気が立つ。

 バーバラなど、ガシャンとグラスを倒しながら席から転げ落ちた。


「え、え……」

「は……」

「「はあぁぁ~~~~~~~~~~!!??」」




「いや、言ってなかった私が悪いわ。ごめんなさい」

「私こそ、気が動転しちゃって……いたた」


 店内の様子を一言で現すなら、”無残”である。

 カウンター席は半壊し、床のタイルは割れて剝げ落ちている。壁には吹き飛ばされたガレキの残骸がめり込み、とても営業中の風景ではない。

 そんな中、騒ぎの渦中にいる筈の崇徳という男は生き残ったカウンター席でレモンサワーを飲んでいた。


 崇徳・レイノルズ。

 その名は凶兆の星・ネピリムと並ぶ魔道界の厄ネタだ。

 かつて悪政を振るった魔王の生まれ変わりである男は、10もいかない年齢で実の両親を惨殺したそうだ。

 繋がりや継承を第一に置いている魔道界においては親殺しはタブーである。 

 嘘か誠か、男は魔王時代の力を手に入れるため、両親の肉を食らったなんて噂まであるくらいだ。

 そんな厄まみれの男に魔道界は畏怖の念を抱いて「崇徳」なんて縁起の悪い、バチの当たりそうな名前を付けた。誰もが聞いた瞬間、その男がどんな人物かわかるように。


 そのバチの当たりそうな名前を聞いて、根っからの魔道使いである粟生達が冷静でいられる筈もなかった。

 バーバラなんかは防衛本能が働いてその場で赤魔道を発動してしまった。店のあらゆる木製のものを操って崇徳を攻撃し始めたのだ。

 幸か不幸か崇徳本人は魔道でバーバラの攻撃を吹っ飛ばして、無傷だった。が、吹っ飛ばされた木材は店の天井や壁にぶっささったままである。

 本来なら損害賠償の話しに流れるところだが、頭を抱えた女店主は苦笑いをして首を振った。


「距離感近すぎて崇徳ちゃんが腫れ物だったこと忘れてたわ……店のことは気にしないで。適当に片づけるから」

「でも……」

「いいのよいいのよ!」

「税金調整のために開いてる店だからな」

「アンタはちょっとは反省の色見せなさい!」


 さらりと会話の流れに入ってきた崇徳に粟生は肩をビクつかせる。

 動じずに言い返す女店主にハラハラするが、崇徳は気を損ねた様子もなく、レモンサワーを飲み干した。

 

「大吾郎、ウーロンハイと枝豆」

「うちは居酒屋じゃないし、その名前で呼ぶんじゃないよ!!!」


 唾が飛びそうな程キレた女店主は、それでも注文を受けてカウンターへと回り込む。

 余ったカウンター席は2席。生き残ったカウンター席の一番奥に座る崇徳の隣2席だ。

 粟生とバーバラは顔を見合わせ、いそいそと女店主の後についた。


「アンタたち、付いてくるんじゃないよ……って言ってもしょうがないか。今日だけ特別よ」


 困ったように妥協してくれた女店主に対し、小声でバーバラは問いかけた。


「ねぇママ、なんであの崇徳と知り合いなの!?」

「だって常連だもの」

「常連!?」


 あの崇徳が常連。

 確かに、出された枝豆をもそもそと食べながらウーロンハイを煽る姿は通いなれている感が出ている。

 しかし、噂に聞く犯罪者の厳ついオーラも同時にビシビシと伝わってくる。

 何故、この異様な空気の中女店主は平常心でいられるのか、粟生には不思議でならなかった。


「それでも常連ってだけの仲じゃないですよね。普通あの崇徳……さんと仲良くするなんてできっこないですよ」

「ここだけの話、実は同級生の魔道使いの弟なのよ。しかも姉弟仲は良好」

「え!?」

「弟!?」


 驚愕の事実に調理器具の周囲で暴れそうになってしまった。

 あの厳つい男にまさか生きている兄弟がいたなんて。しかも仲は良好ときた。

 女店主は騙されているのか正気を疑いたくなった。


「結構昔から顔知ってたからね。私にとっても弟みたいなモンよ」

「もう兄は間に合ってる」

「兄って言うな!せめて姉って言え!」


 怒る女店主と飄々とした崇徳の2人の姿は、確かに姉弟のような仲に見えなくもなかった。

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心の灯を彗星に 酉村ヒヨ子 @hiyoko_nishimura

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