【番外編】魔道界日本外通り3丁目 スナックパムラ_2話
魔道界日本外通り3丁目。
入り組んだ上に奥まった石レンガのトンネルをくぐった先にある店こそ、スナックパムラである。
そこにフラフラと迷った様子で1人の青年が入っていく。
「……あら、見覚えのある顔ね」
「ハハハ……どうも」
青年……粟生がこのスナックに訪れるのは2回目だ。またしても押し付けられた雑用で、またしても陰険な老人に届けものをする羽目になったのだ。
再び心が荒んでいたところ、以前最終的にこのスナックを訪れたことを思い出し、出来心で訪れてしまった。
どうにも照れ臭く、ヘコヘコのろのろと移動していたところ、今度は勢いよく開けられたドアに、後方に位置していた足を吹っ飛ばされた。
「痛っっった!!!」
「ママァ!!!また振られたぁ!!!」
泣き喚きながら店内に入ってきたのは、粟生とそこまで歳の変わらない女性だ。彼女は痛みに呻く粟生になど目もくれず、不貞腐れたように泣きながらカウンター席に移動して突っ伏した。
女店主は手慣れた様子でしくしくと泣き続ける女性にカシオレを出した。
「愚痴なら聞いてあげるから、今は粟生ちゃんに謝んなさい」
「はぁ?あわきって……誰アンタ」
「……貴女に……足を吹っ飛ばされた、人です」
─────────────
勢いよく入店してきた女性の名はバーバラ。
ザ・OLといった格好をしている彼女は魔道界側の関係で日本に引っ越してきたアメリカ人であり、このスナックの常連の1人だそうだ。
「スナックに通う女性なんて珍しいですね」
「今時スナックくらい女の子がいても珍しくないわよ。世の中いろんな意味でジェンダーフリーが広まってるんだから」
この流れで距離を置いて座るのもどうかと考え、粟生はバーバラの隣のカウンターに着いた。因みにこの間にもバーバラは目に涙を溜めて不貞腐れている。
ずっと放置するわけにもいかず、とうとう粟生はバーバラ本人に質問した。
「……で、バーバラさんはどうしたんですか?」
「この子が泣きながら入店してくる理由なんて1つよ。また男にフられたの」
「うえぇん」
粟生の質問に答えたのは女店主の方だった。当の本人は女店主の言葉にまた傷ついたのか、再び涙を流しながら突っ伏した。
こんな状況では痛む足の苦情を出す気にもならない。しかも女店主の口ぶりから察するに、フられた回数も1回や2回ではなさそうだ。
「で、今回の相手は?」
「……取引先の営業部」
「取引先と面倒事起こすなってあれほど言ったでしょ!」
「仕事にまで影響出てないもん!しかも社会的に問題あるのはあっちだもん!!」
バーバラはわんわんと泣き喚きながら女店主に抗議する。
しかし、彼女の言葉に引っかかるものを覚えた粟生は会話に口を挟む。
「営業部ってことは、バーバラさんは人界で働いてるんですか?」
「粟生ちゃん、ツッコミ入れるところそこ?仕事人間にも程がない?」
「いや、つい気になったもので……」
「そうよ。悪い?」
「いえ!悪いという訳では……ただ、珍しいなと思いまして」
人相の悪い顔で酒を呷るバーバラに粟生はたじろぐ。
珍しいというのは、バーバラが人界で働いていることだ。魔道使いの大半は出生の特殊性から魔道界に関係する職に就く。粟生がいい例だ。
「この子、一般人の恋人が欲しいから人界で就職したのよ。呆れるでしょ?」
「えぇ……」
「だって!魔道界で働いてたら一般人と出会う機会なんてもうないじゃない!」
「魔道使いが相手じゃダメなんですか?」
「魔道使いなんて論外!だってあいつら隠し事ばっかの変人しかいないじゃん!身分詐称者達だよ!?」
「自分のこと棚に上げすぎよ」
自身が魔道使いであるにも関わらず、言いたい放題である。
酒が入り、悲しみから徐々に怒りへとシフトチェンジしてきたのか、バーバラはおかわりを求めながらぶちぶちと言葉を垂らす。
「私だって好きで魔道使いになったんじゃないんだから、プライベートくらい一般人と普通の幸せを築いてみたいのよ。そうよ!夢見てますけどなにか!?」
「誰も責めてませんってば」
「因みに今回はどうして振られたの?」
「……『君は隠し事がありすぎてまるで空気と触れ合ってっるみたいだ』って言われた上に二股かけられてた」
「うわぁ……」
「しっかりブーメラン帰って来てるじゃないのよ。よく身分詐称者なんて言えたわね」
地獄のような空気に粟生は色々な意味で引いた。人間やはりエグみが出たときには一般人も魔道使いも関係ないことがよくわかる。
「もうアンタに一般人との恋愛は向いてないわ。魔道使いの相手で妥協するか、それともアンタが魔道使いを辞めるかしかないわよ」
「いやだぁあああ!後者とか噂では魔道に関する記憶を全部消されて追放されるんでしょ!?そんなの怖すぎて無理!そんなの人生の全てがなかったことにされるのと同義じゃない!!」
「その噂、やっぱり本当なんですか?」
「さあ?流石に私も魔道使い辞めた知り合いなんていないわ。大体辞める前におっちぬもの」
『魔道使いを辞めると魔道に関する記憶を消されて追放される』。嘘か誠かもわからない、魔道界隈では一般的なブラックジョークだ。やる気のない子供を叱咤するために親がよく使うことでも有名である。
本当の闇は辞める前に亡くなっていることだという事に、残念ながら気づく者は此処にはいない。
「恋愛が目的の仕事でしたら、いっそ場所を変えてみるのは如何でしょうか?僕みたいに働く場所に拘りはないようですし……」
「えぇ~~……?でも折角見つけたホワイト企業なんだよ?どうせならいい環境でいい空気吸いながらいい恋愛したいの!幸せに妥協したくないの!」
「こ、このわがままっ子め……!」
何もかもを譲らないバーバラに、ついに女店主の口も悪くなる。
流石に強請りすぎな自覚はあるのか、再びしょぼくれながらバーバラはグラスを両手で抱えた。
「……だって、今までの人生散々だったんだもん」
今までと打って変わって気落ちした声に、粟生も声を詰まらせる。
魔道使い達は人界生活と魔道界生活を両立している者が半数以上を占めているが、もちろん簡単な事ではない。
しかし、家系によっては魔道の稼業と人界の稼業を子に強いる家庭もある。そういった家では当然のように過密スケジュールに追われる人生を子供はおくる事となる。
それが不幸かどうかは人によるが、少なくとも今の口ぶりから察するに、バーバラは苦労してきたのだろう。
「別に妥協しなくてもいいんじゃないですか?」
粟生もどうしても魔道界で働きたくて、研究会に就職した。
その結果が幸せかどうかは答えあぐねるが、今に至るまでの努力を後悔したことはない。
どうせなら、諦めずにあがいてみる方が折り合いを付けやすいのを粟生は知っている。
「貴女の努力に乾杯……なんて。今はつらい事とかは酒で流して忘れちゃいましょう」
「……そうね」
粟生の言葉に、ずっとめそめそしていたバーバラがやっと微笑んで、グラスを傾ける。
「折角ならあんた達付き合ってみたらお試しで」
「「それはちょっと……」」
「あっそう!!!」
お互い控えめに遠慮した粟生とバーバラに、女店主はとやかく言う気力すら失せてしまった。
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