【番外編】魔道界日本外通り3丁目 スナックパムラ_1話
粟生 優(あわき まさる)は疲れ切っていた。
平凡な魔道使いの家系に生まれた彼は、彼自身の身にも魔道の才能が開花することはなかった。両親を始めとした家族は平凡に育った彼に喜ぶことも嘆くこともなく、人界にて働いている。
しかし、当時はまだ魔道使いとして大成する夢を捨てきれなかった粟生は魔道の道に絞り、彼なりに精進してきた。そのおかげで、赤魔道研究会に入会することはできた。が、そこで粟生は現実に打ちのめされた。
自分よりもずっと優れた大勢の魔道使い。人界の副業を兼任しながら現代の技術を積極的に取り入れていく同期達。落ちこぼれに等しい粟生はあっという間に「基本的にいつでもいる雑用係」というポジションに収まってしまった。
魔道の研究など携える訳もなく、やることと言えば研究材料の運搬や別の研究会へ書類を届けに行くくらい。やりがいなど、到底感じない仕事である。
おまけに今日の書類の提出先は魔道界でも辺境な地に住む偏屈な魔道師で、わざわざやって来た粟生をひと睨みして追い返した。腹を立てる気力はなかったが、落ち込んだ。
そのまま腐った気持ちで近所を回っていたところ、
迷った。いい年して慣れない辺境の地でぶらつくからである。
人界ではスマートフォンという便利なアイテムが地図を見せてくれるが、生憎魔道界では電波が通っていない。おまけに、入り組んだ道に入ってしまったのか、こういう時に道案内をしてくれる魔道生物すらいない。そうこうしている内に、時刻はもう19時にさしかかろうとしていた。
途方に暮れながらトボトボと歩いてると、右に曲がった袋小路に「OPEN」の札が下げられ、上部に飾られたネオン看板に照らされた扉があるのを見つけた。
あまり来は乗らないが、こうなっては人に聞くしかあるまい。流石に入ってすぐに袋叩きにされることもないだろう。
粟生はおそるおそる、扉を開いた。
「すいませーん……」
「いらっしゃい♡……あら、見ない顔ね」
独特な店の雰囲気と、カウンターから声をかけた巨漢な女性に粟生はぎょっと目を見開いた。
外に飾られたネオン看板を見上げると、「スナック パムラ」と彩られている。看板までしっかりと見ていなかった。
「どうしたの?うちは一見さんでも大歓迎よ?」
「あ、いえ、その……道に迷ってしまって、教えて頂きたく……」
「あら、そう?まあ折角だし、飲んで行きなさいな」
「一応仕事中なので……!」
「仕事?何してる人?」
距離はあるのにグイグイと迫ってくる女店主にたじろぎながらも断っていると、カウンターに座っていた男性客まで会話に加わってきた。
「ま、魔道研究会で……雑用を」
「まあ!それなら大した事ないじゃない!あそこ、タイムカードなんてないようなモンだし!折角だからゆっくりしていきなさいな!」
「そういう訳には……!」
「まあまあ、それこそ道に迷ったって正当な言い訳しとけばいいって。それより俺の相手でもしてよ?俺だけしかいなくて寂しかったんだよね~」
逃げようとしたところを男性客の腕にするりと捕まり、ガッチリ掴まれて離せない。強引に連れ込まれそうになっているのに、女店主は止めもせずコロコロと笑っている。ようやっと逃げることは叶わないと悟った粟生は、諦めて引きずられながら席に着いた。
─────────────
「マジで!?粟生さん同郷じゃん!気づかんかった!ウケる」
「因みにこの辺、日本人ばっかよ。アタシも含めて」
「そうなんですか……」
出された水割りをチマチマと飲む粟生の隣で、何がツボに入ったのか、男性客がケラケラと笑っている。母方の祖父が欧州の生まれであり、粟生にはその血が色濃く受け継がれた。その為初見で日本人だと思われないことは多々あるため、見間違えられることには慣れている。しかし、ここまで笑われるのは初めてかもしれない。
「でも研究会があるのって中央部じゃん?なんでこんな辺境まで?」
「雑用ですよ。この辺りの青魔道師に書類を届けるっていう」
「この辺りで青魔道師っていったら、あの偏屈な爺さん?」
「災難じゃん。まあ飲みなよ。奢れんけど」
魔道使いは執着とプライドを拗らせた輩が多い。それは歳を取れば取るほど顕著になる傾向があり、それを憂いて隣の男性客は酒を勧める。
「井上ちゃん、他人には飲ませといて自分はセーブする癖つまらないわよ?そんなだから紡に振り向いてもらえないのよ」
「つっつつつ紡さん今関係ないだろ!!」
「紡さん……?」
「私の同級生でこの子の初恋の人」
「言うなよママ!!」
井上と呼ばれた男性客は、先ほどまで高らかに笑っていたのが嘘であるかのように撃沈した。おそらく、この様子を見るに彼はまだ初恋を拗らせている。
同時に悟った。この店にプライバシーなどないものだと。
「アンタに足りないのはチャレンジ精神!人生何事にも果敢に挑まないと、手に入るもの全部取りこぼすわよ!」
「それ何回も聞いたー!紡さんの話するたびに持ち出すのやめてよ」
「……お二人は、いつから知り合ったんですか?」
「付き合い自体はそこそこね。知り合い以上友人未満」
「ひっでー!まあ店通い始めたのは最近だけど」
井上はふてされながらさり気なく追加で注がれたグラスを傾けた。
「井上君、普段何やってる人?」
「お?聞いちゃう?こう見えて現在大学4年生!就活しんどいです助けて」
「だぁから、それこそアンタも研究会に入っちゃえばいいのよ」
「ダメですー!家族に隠し通せる気がしませんー!うちはごくごく普通の一般家庭なんだもん!」
「もんとかぶってんじゃないわよ」
「だ、大学生……」
井上の雰囲気から年下だとは思っていたが、まさか大学生だとは。人によく絡みに来るのも、大学生のノリだろう。若々しさに眩暈すらしてきそうだ。
対して自分はどうだ。冴えない魔道使いで、特徴も特技もない。なんだか情けなくなってきて、やけくそに酒を煽った。
「お、良い飲みっぷり」
「無理しちゃダメよ」
─────────────
「だからぁ、僕なんてもうダメダメなんですよぉ……」
「うわー……社会の闇ってこわ……」
酒の勢いというのは恐ろしい。
スナック内の雰囲気と井上の言葉に乗せられた粟生は次々と注がれる酒をグイグイと飲み干し、気づけば話すつもりもなかった身の上話まで口からスルスルと吐き出していた。
「だからもう、辞めちゃおうかなってぇ……」
そしてぽつりと呟いたのは、頭の片隅でずっと考えていたこと。
このまま続けても、時間の無駄ではないか。だって研究会で自分の居場所はどこにもない。しかし、今更人界に戻ったところで、それこそ自分の居場所がないのではないかと考えると怖かった。
不安と酒で潰れた頭は目の前のカウンターテーブルにぶつかった。
「バッカねぇー!」
突然頭上から振ってきたのは、どこか渋みのある女店主の声だった。
「アンタに足りないのは才能じゃないわ!知見よ!」
「ちけん……?」
「雑用っていう仕事があるんでしょう!?なら十分よ!世の中その雑用すら与えられず腐ってく連中がどれだけいると思ってるの!」
粟生は女店主の声を聞き逃さぬよう、頭を上げる。
女店主はカウンターから手を伸ばし、少しだけ残っていたグラスの酒を煽った。
「ちょ、ママ、それ俺の酒……」
「雑用からしか得られない視点を最大限に活かすのよ!誰が何を求めているのか!どうすべきかを先回りして考えた先に、アンタだけにしかできないことがあるんだから!」
「僕にしか、出来ないこと……」
女店主の言葉は不思議だ。
まるで今まで自分の存在を認知していなかったと思っていた上司が、頑張れと、応援していると肩を叩いてくれたような。そんな自信が溢れてくる。
「……ぼ、僕、もう少し頑張ってみます!」
「そうしなさい!」
「は……ハッピーエンド!ヨシ!ところで俺の酒は!?」
井上の訴えは2人には残念ながら届かなかった。
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ママ
自称女店主。ニューハーフ。
実は八儀席の1人。
井上
絶賛就活中の大学生。
一般家庭育ちの魔道使い。
粟生
冴えない魔道使い。
研究会のお使いで迷子になり、偶然パムラを見つける。
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