第十五話
拓人の今の状況を言葉に表すなら、まさに開いた口が塞がらない、というやつだ。
机の向こう側でふんぞり返っている悪ガキには見覚えがあった。同時に、今目の前にある現実から目を背けたくて、少年の隣で溜息を吐いた老人の男性に声をかけた。
「あの、アンタが総道師……様?」
「残念ながら」
「オイオイコラコラ!椅子に座ってるんだからおれが総道師に決まってるだろ!」
キャンキャンと吠える少年に、拓人は顔を歪め老人は渋い顔をした。
拓人はこの少年を知っている。
以前、ヒスイの神域に呑まれた際、突如どこからか現れた。オールディと名乗った少年は、勝手に拓人の護衛を名乗り出て、神域にいたヒスイの影の猛攻を軽くいなしていた。
神域から出た後は遭遇することもなく……正直、困惑したヒスイのことで頭がいっぱいで存在すら忘れていた。目の前にいるときは強烈だが、通り過ぎれば何もなかったかのように消えてしまう、正に嵐のような少年だった。
だから、こんな場所で再会するとは予想だにしなかった。
「青桐……きみ、総道師様と面識が?」
「一応……」
「冷たいなぁ。一緒に大冒険を繰り広げた仲だろ?」
……否定はしないが、大冒険という表現は大げさである。あの場で話していた時間は、体感でも10分程だ。
「……先輩。確認なんだけど、あのガキンチョが総道師様ってマジで言ってる?」
「コラ、流石に失礼に値するぞ」
「なぁインマル爺さん、おれはそんなに信用がないか?」
「そのお姿では無理もないかと」
インマルと呼ばれた老人は、虚無を見据えながら答えた。インマルの態度も総道師相手に中々失礼だったが等の本人は気にした様子もなく、やれやれと言いながら机から脚を下ろした。
「じゃあ自己紹介からいこう。おれはオールディ。もう知っての通り魔道使いの総道師をやってる。歳は12、好きなものはトルコアイス」
「12歳……!?」
「そんでもって、隣にいるのはインマル爺さん。所謂専属マネージャーってヤツ」
「正しくは総道師監督夫ですぞ」
インマルはじろりとオールディを見下ろしたが、オールディはどこ吹く風だ。恐らく、相当手を焼いているだろう。それよりも、拓人は自己紹介の方が引っかかってしょうがなかった。
「12歳って、総道師ってそんな若くてもなれるモン!?大丈夫かよ魔道界!」
「魔道界に人界の常識を持ち込むモンじゃないよ」
「……ですが、アオギリ殿のご想像通り、10代で即位できるほど総道師の位も安くはありませぬ。オールディ様がこの成りで総道師に即位されたのも、その類まれなる才と特例に特例が重なった結果です」
「ドヤッ」
自身で擬音語を口にしながらドヤ顔を決めるオールディに構う人はこの空間にはいなかった。
しかし、類稀な才能を持っていたとしても、おいそれと組織のトップに立てるものではないだろう。聞いた話では魔道使いの人数は日本国民とトントンだ。一国に並ぶ人数の頂点に立つのが子供だなんて、絶対に納得しない人間がいる。
「ぶっちゃけ、今はおれのことなんてどうでもいいんだよ」
悶々と考え込んでオールディに対する疑心でいっぱいになったころ、オールディ自ら話題を変えにきた。
「俺はどうでもよくないんだけど」
「まあまあまあ、おれがお前を呼んだのは他でもない、ヒスイのことだ」
ヒスイの名前が出た途端、拓人の人差し指がピクリとはねた。目ざとく拓人の様子を見ていたオールディは、フフンの鼻を鳴らして椅子の背もたれに寄りかかった。
「わかりやすい奴は好きだぜ?」
「アイツになんの用だ」
「そう警戒すんなって。ヒスイのアメリカ行きの件だよ」
「まさか、ついて行けって?」
「ご明察」
にっこりと微笑むオールディに拓人は逆に動揺する。
ヒスイは監視対象でありながら無断で連絡を断った罰として、アメリカ行きの調査が振られたことは知っていた。拓人も同行したいとは願っていたが、談判すべき場所が分からず手をこまねいていたのだが……まさか総道師自ら話を振ってくるとは思いもしなかった。
「やって欲しいことは、任務中のメンタルケアと監視だ」
「監視……監視は進がやるんじゃないのか?」
「進?」
「現在ヒスイの監視に付いている者です」
「ああ、なるほど。確かにヒスイの方も見ていて欲しいが、おれが一番気にしてほしいのは同行する崇徳のほうだよ」
「おっさん???」
何故そこで崇徳の名が出てくるのか。
聞き返すように口に出せば、オールディはニヤリと笑った。
「マキナから報告はあがってるぜ。随分気に入られているみたいじゃないか」
「それ、マジの話ならあんまり嬉しくないんだけど」
「ブハッ」
「汚いですぞ。総道師様」
ついに耐えきれないと言わんばかりに噴出したオールディをインマルは眉間に皺を寄せて窘めた。
「いやぁ、残念ながら十分気に入られてるよ。おれが真正面からそんなこと言えば、睨まれながら重力波を飛ばされるね」
「はぁ……」
どうにもピンと来ていない拓人に、オールディは今度は仕方のないものを見る眼差しを向ける。
そしてインマルに視線を移した。
「爺さん、それから橘だったな。2人きりで話したいから席を外せ」
「え」
「はっ」
「はっ、はい!」
オールディの一言で、拓人が引き留める間もなく2人はこの会議室と思われる部屋から出て行ってしまった。
取り残され、不自然なポーズで固まる拓人とは裏腹に、オールディはまた自分の椅子で踏ん反りかえっている。
「立ちっぱも辛いだろ。どーせ誰もいないんだから目の前の椅子に座んな」
ほれそことオールディが指すのは、丁度オールディの向かい側かつ一番遠い席である。
警戒したところで拓人にできることなど1つもないので、大人しく指定された、もう二度と座ることのないであろう高価な椅子に腰掛ける。
「……どうして2人きりに?」
「任務の概要と、お前が付いていく意味を話すからさ。紅茶は飲めるな?」
「え?うん……」
拓人が頷くと、オールディは部屋中に響くように指を鳴らした。するとどこからともなく浮きながら拓人の目の前に現れたカップやティーポットが卓上で勝手に動きながら茶を淹れてゆく。
茶を入れ終えると、カップを残してティーポットは一目散に撤退していった。
「飲んでいいぞ」
ほれほれとオールディは勧めるが、流石にこの状況で飲む気にはなれない。いくら総道師だからと言ってもオールディの肝が据わり過ぎている。
そんな拓人の疑いなど知ってか知らずか、口を付けてもらえないカップなど気にもせず再びオールディは口を開き始めた。
「今回ヒスイ達が行くのはマサチューセッツ州」
「マサチュー……?」
「アメリカでも指折りで治安の良いところだぞ」
生憎と拓人は海外の情報に詳しくない。聞きなれないアメリカの州をポンと出されても、首を捻るだけだ。
「で、とりあえずそこで引きこもってる筈の元総道師を引っ張り出してくることが役目だ」
「は!?」
拓人は動揺のあまり立ち上がった。
「元総道師って、引退したってことか!?総道師って引退できんの!?」
「総道師ってのは魔道使いにとっても就任できることは名誉なことだ。勿論おれにとってもな。普通は引退なんてしないさ」
だがオールディ曰く。
16年前、魔道界隈が引き起こした未曽有の大災害によって、三界が大混乱に陥る寸前までいったそうだ。
最悪の自体は免れたそうだが、人界の保護に尽力を尽くした魔道界は壊滅状態。それを先代の総道師は5年で立て直したそうだ。
そしてようやっと魔道界にも平穏が訪れてから暫くして、先代総道師はこう言った。
疲れた。
たった一言を残して、まだ次代の総道師も決まらない内に引退。たった1人の護衛と共にアメリカへと渡ったそうだ。
それから8年。3年前にようやっと総道師に就任したのがオールディである、らしい。
「……サイアクじゃん、先代総道師」
「そうなんだよ」
あれほどおちゃらけていたオールディが、真顔で頷く。
どうやら先代総道師の無責任さは魔道界でも共通のようだ。
「でもなんで今更そんな人を引っ張り戻すんだよ」
「いや、実はここからが本題なんだよ」
「はぁ?」
「アラスカで”灰の礎”が見つかった。それの調査と回収をしてほしい」
「灰の……いしずえ?」
「知らないよなぁ」
オールディは珍しく考えあぐねながら、灰の礎についてを語り出した。
要約すると、灰の礎とは聖魔が道力を消費しすぎて、自身の身体が崩壊しないように眠りについた状態を言う。本当にこれだけのことに、オールディは言葉を詰まらせながら答えた。
「それを見つけて来るだけなんだよな?何か問題でもあるのか?」
「大アリだよ。さっき言った16年前の未曾有の大災害……通称、融結大災害を引き起こした奴こそ聖魔の1体なんだからな」
「……ん?」
「ピンと来てないって顔に書いてあるぞ。要するに!その身1つで世界を滅茶苦茶にしちまう力を持ったバケモノが石になった状態で眠ってる。それが灰の礎だ!」
そこまで説明されてようやっと拓人にも事の重大さが理解できた。
確かにそんなもの、適当に放置してはおけない。血の気が引いていく拓人の表情に、オールディは呆れたように溜息を吐いた。
「そんな訳で、こっちも早いとこ回収して手元に置いときたいんだよ」
「……なあ、1つ気になったんだけど」
「ん?」
「その災害を起こしたのって……ヒスイの親か?」
「いいや」
拓人が聞いた限りでは、ヒスイは聖魔と人間の間から生まれた生命体だそうだ。ならもしや、ヒスイの父親である聖魔が災害を……────
そんな最悪の考えを、オールディはあっさりと否定した。
「ヒスイの父親……ウィリデは世界が融結する際の際でそれを防いだ英雄だ。最も、その後の行方は知れてないがな」
「……つまり、今回探す灰の礎は災害を起こした聖魔か、そうじゃない聖魔かわからないってことか?」
「まだ、な。そこを見極めるためにヒスイに確認しに行ってもらう」
神は縁や契りなどの繋がりを強く感じ取ることができる。神の力が目覚めた今のヒスイなら、灰の礎の状態になっていても実の父親かどうか判断ができるということだ。
「でもさ、それならわざわざ元総道師様を引っ張り出す必要なくね?ヒスイだけで十分じゃん」
「バカタレ。ハイブリッドとはいえ16の少女を、崇徳とかいうアホと海外に連れ出す組織なんぞ信用がガタ落ちだ。魔道的才能もあって機密情報に関わっても信頼の置ける、ついでにどんな傷を負っても対処できる黄魔道のスペシャリストとなるともうアイツしかいないのさ」
「……おっさんの信用、低くね?」
「今回が特別危ないのさ」
オールディは12歳の少年とは思えない表情で、虚空を見つめた。まるで、何かを思い出すかのように。
「崇徳はな、聖魔に特別強い恨みを持っているんだ。元々聖魔嫌いで有名だったが、16年前の融結大災害でより顕著なものになった」
「……なんかあったのか?」
「義理の姉がいなくなったのさ」
一瞬、拓人の息が詰まった。
「……それは、亡くなっ……た?」
「どうだろうなぁ~~。マキナからの報告によると、崇徳はまだ姉を諦めていないらしい。もし死んでたらスッパリ諦めるような奴だし、まだ生きてはいるんだと思う。たぶん」
「ヒスイは知ってるのか?」
「知らないんじゃないか?自分の血縁とか気にするタイプじゃないだろ、あの子」
ヒスイ自身が神の血が混ざっている事を「知らなかった」と言っていた件を思い出す。確かに、あの性格であれば母親の事も知らなくても無理はない。
拓人個人としては、もう少し周りに興味を持ってほしいと思うと同時に、家族以上に自分に興味を持たれている事実に少しだけ優越感を覚えた。
「そういうわけで、もし崇徳が灰の礎を前にしたとき、何をしでかすか分からん。だから、注意深く様子を探って欲しい」
「そんな爆弾扱いするなら日本に置いてけばいいじゃん」
「ど───せそのうち自分で情報を掴んで否が応でも単身で突撃する未来が見える。姉の復活の鍵を握ってるかもしれないんだ。それなら監視付きで同行させた方がまだ対策を打てる」
「……俺じゃおっさんが何かしでかしても止められねぇよ」
拓人は思ったよりめんどくさい要望を受けて頭を抱える。
馬鹿でかいドラゴン3体を傷一つ負うことなく倒しきったバケモノ相手に、拓人ごときが何ができるというのか。
「知ってるか?あれは生前孤独だったからか知らんが、案外情に脆い」
「……いや、いやいやいや」
そんな訳……ない。
否定したいのに、何故だか根拠となる思い出が拓人の中には入っていなかった。
「そうだな……お前の体質を利用すれば止められるんじゃないか?」
苦い顔をしていた拓人の表情がみるみる抜け落ちる。次いで溢れてくるのは嫌な汗だ。
恐らくマキナ経由だろう。オールディにならバレていてもおかしくはないが、いざ言い当てられると動揺が勝る。
拓人の人の感情が感触となって伝わる体質は、ある程度魔道を扱えるようになってからは日常生活で苦労をしなくなる程改善した。”普通に生きる”事がこれほど楽だった事を、拓人は改めて気づかされた。
だからこそ、この体質はできる限り封印していたいというのに。
紅茶の凪いだ水面を見ることしかできなくなった拓人に、ふっとオールディは優し気に笑った。
「そんなあからさまに動揺するなって」
「……するなってのが無理だって」
「大丈夫、お前が思ってるより、お前はやればできる奴だから。昏睡状態に陥ってたヒスイを起こしたのは拓人だろ?」
確かにそうだが、あれは無我夢中だったというか……恋心が、爆発した……というか。大体、同じ手が崇徳に通用するとも限らない。
正直なところ、この話を今すぐ断りたい。
だが、だがしかし。
ヒスイに会いたいと思う己の恋心がそれでいいのか?と問いかける。
この機会を逃せば、もうヒスイのアメリカ行きに同行することはできない。それどころか、この夏はもう会わないまま終わってしまうかもしれない。それは何としても避けたいところであった。
「……わかったよ!」
そして拓人は己の恋心に屈した。
面倒事はごめんだったが、それ以上にヒスイと会えないかも知れない期間を考えると心が苦しかった。
「お!まあお前に拒否権とかないんだけど、分かってくれたようで何より!ほんじゃ、よろしくたのむぜ!」
ニパッと笑って手を振る少年に、拓人はどうしようもなくイラついた。
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