【完結】ダンジョン配信者山田オリガくん、不本意なバズり方をする~ パワーアップのために諸肌さらしただけでわざとじゃないんです!性癖を破壊する意図なんかありません!!
エンディング 山田オリガくんはいずれウェディングドレスを着る羽目になる
エンディング 山田オリガくんはいずれウェディングドレスを着る羽目になる
ナターシャは時々、悪い夢を見る。
家を出て。セクシー系舐めプ配信者としてなんとかフォロワーを増やし、坂浦親子に受けた八百長試合の屈辱を何とか晴らそうと必死にもがき、足掻いていた時期の夢だ。
自分を危険に晒す配信は大勢を引き付ける。
けれども、人が危険に晒されている動画をわざわざ面白がって身に来る層なのだ。彼らの性格は、お世辞にもよくはなかった。
下世話なコメント、自分がゴブリンに撲殺されるのを期待する言葉。
誰も自分の事を気遣ってなどいない。
両親はずっと昔に他界した。愛してくれていると思っていた家族は豹変した。どうしようもない孤独感でいっぱいだった。
あの時のナターシャは、まるで死への加速を始めたトロッコだ。
このまま突き進めば破滅にまっしぐらとわかっていてもブレーキを踏めない。愛犬を人質に取られた。家族と信じていた連中の冷酷さに対する怒りと憎しみを抑えきれない。
夜しっかりと眠れない。レイピアを握る手が時々震える。
それでもここでやめてしまえば。今まで積み上げてきた苦心の証であるフォロワー数が減ってしまうかもしれない。あの時のナターシャは力の奴隷だったのだ。
自分の力ではもうどうしようもない蟻地獄に嵌ったナターシャは、あの時、自分の境遇から無理やり引き出してくれたオリガを見つめる。
「オリガくん」
山田オリガは割と赤面症だ。
敵対者と口論する時は誰よりも果敢で冷酷とさえいえる舌鋒を駆使するのに、女から好意を向けられると照れて俯く。最近では髪から生えているにょろにょろを掴んで、御簾の代わりみたいに目元を隠すのに使うのだ。今日もそうだった。
ナターシャはその照れ顔や、内面の羞恥心を何とか隠そうとするオリガの顔が愛らしくて仕方ないと常日頃から思っている。口に出したことはない。この絶世の美少年は可愛いとか可愛らしいという類の褒め言葉を受けると不機嫌そうになり、カッコいいと呼ばれると満面の笑顔になるのだ。
「う……いきなり結婚とかどうしたんです、ナタさん」
「あの時ボクを助けてくれてありがとうね」
あの時、本当は感謝の言葉を向けるべきだった。
けれども睡眠不足で回らない頭と、視野狭窄で狭まった心は感謝の言葉よりも予定していた計画を妨害した少年を相手に罵倒までしてしまった。
ただ、家に戻ってから彼女はようやく一晩ぐっすりと眠ることができた。
他者と競い合う競技に身を置く人なら、一日トレーニングをさぼった時の不安は分かるだろう。配信者であったなら、予定の配信を止めた結果ぼろぼろと剥がれ落ちるようにフォロワーが減ることが恐ろしいだろう。
けれどもバズったおかげで一万を超えたフォロワー数を見れば、ようやくナターシャはぐっすりと休むことを自分に許せたのだ。
感謝の言葉を受けてオリガはきょとんとした。
一体何のことを言っているのかよく分からなかったらしい。
「なんか助けましたっけ。ぼくのほうが助けられてばかりって思いますけど」
「お互いに助け合ってるんだから、そこはあいこでいいじゃないか」
ただ、どっちのほうがより多く恩義を受けているかで言うなら、ナターシャは自分のほうが借りてばかりだと思っている。
「でも、きちんと口にしておくべきだろう。
あの時助けてくれたのにきちんとお礼を言えなくてごめん。あの後失礼な事をしたもんだと思ったよ」
「そ、それはいいんです。けども結婚なんて」
オリガは一つだけ懸念があった。
この数か月間彼女と行動を共にしてきて好意は胸いっぱいに膨らんでいる。
けれども最初の契約が、まだ心に引っかかっていた。
そもそも自分とナターシャのカップル配信は、お互いの利益と目的が一致したからだ。
オリガは地下に進み、そこでアラクネ種のモンスターを狩り、遺伝子情報を手に入れること。
「ボクが配信をする一番の動機はもう終わったからね。ひとつの区切りなんだ」
オリガも実際に聴いたわけではないが、予想はついた。
坂浦親子に対する仕返し。しかしそれはもう済んでいる。雪辱は果たした。戦績に泥を塗った坂浦尊はすでに過去の人となり、元凶である坂浦長官がどうなったかは定かではない。彼を監督するシスターテレジアから『生きてはイマス』と報告を受けただけだ。短い文章に彼がいまどれだけ悲惨な状況にあるかが詰め込まれている。それで十分だ。
「……やめます?」
オリガの短い言葉には様々な感情と意図が乗っている。
もう探索者を止めてもいい。彼女の一番強い動機は成就した。
同時にその言葉には気遣いと怯えも含まれていた。最初こそ利益と打算に基づく結託だったかもしれないが、今ではオリガは彼女に、はっきりと愛情を感じている。けれど彼女が望むなら、カップル配信をやめてもいいと言外に含ませていたのだけれど。
「オリガくん。ボクが今言った言葉、もう忘れたのかい? 結婚できる年齢になったんだよ、ボクらは。
カップル配信なんて期間限定の契約じゃなくて本物のカップルになりたいんだ」
「で、ですけど。その、えーと。収入は」
金銭的な問題は若いカップルの陥る苦境であるけど、二人にとっては些末な問題だ。
なんせ国内でも有数の配信者なだけでなく、オリガ自身のロボットに関する研究は成功すれば巨利を生む。支援者には事欠かない。
断る理由はなかった。
ナターシャは踊るように、歌うようにいう。
「ふふ、お互い資金は十分だ。
結婚式で、ボクはカッコいい紳士服を着て。オリガくんは可愛いウェディングドレス姿になるのさ!」
”解釈一致”
”楽しみ”
”ときめく///”
そこまで行くと、今まで重大な話だという事で沈黙していたコメントも流れてくる。
だがオリガにとっては、ナターシャの発現は絶対に許せないものだった。
「ナタさん!」
「う、うん? 怒ってる顔は可愛いじゃなくてカッコいいね、オリガくん」
「ありがとうございます、じゃなくて! 違うじゃないですか、いいですか、ナターシャさんは可愛いウェディングドレスを着て、ぼくが紳士服を着るんです! そこは絶対に譲りませんよ!」
”うん?”
”おっ”
”これはwww”
などと勢い込んで話していると周りがざわめきだす。
ナターシャは心臓のドキドキ音が耳元に引っ越してきたかと思うほどにときめきながら訪ねた。
「そ、それはボクと結婚式に出てくれるって意味でいいのかい?」
「………………もしかして罠だったんですか!?」
オリガはうー、としばらく呻く。
側にはナターシャが、ん~? と面白そうに顔を寄せていて、正視もできない。
もっとそばに。
彼女と深い仲になることを形にする提案にオリガはお返事を後回しにする言葉を言おうとして……。
「わぁっ、なんだいにょろにょろくん」
『われわれは』『へびなので』『ふれると……』『おちつく……』
くすぐったげな声を上げるナターシャに思わず顔をあげれば……オリガの髪から延びるにょろにょろたちがナターシャの腕に巻き付いたり、肩に顎をのせ、舌を出すのを止めてリラックス状態になっていたりする。
「こ、こら、にょろにょろは何してるんですか」
『なにをというか……』『させられてるというか……』『しっぽをまじえたいんですよね』
「な、な、な」
しっぽを絡めたいという言葉にオリガはとうとう頭から湯気でも出そうな真っ赤になる。このにょろにょろはオリガの心を写す鏡も同然で、抱きつきたいと暴露したに等しい。
『尾を交じる』のはそのまま『交尾』=『S〇X』だ。己の口に出さずとも心の中に悶々と飼っていた本心を口にされてオリガはあまりの恥ずかしさに死にそうであった。ナターシャは面白そうに笑う。
「なぁんだ、オリガくんはむっつりスケベだったのか」
「人が隠したいことをどうして言い当てて暴き立てるんですか、もう!!」
隠したかったのにオリガはずばり本心を言い当てられて動揺する。
おかげで素直に認めてしまった。
「あはは。ボクとキミの仲だ、別に気にしたりしないさ」
「ええと、ですけど。そういう感情をむき出しにして……あなたに嫌われるのがとても怖いんです」
「ボクもだよ」
ナターシャはオリガを抱きしめる。
その言葉にオリガは更に動揺した。それはナターシャも自分に嫌われるのが怖いという意味なんだろうか。あるいは……彼女も口に出さないだけでそういうエッチな気持ちも隠しているという意味なんだろうか。
もちろん口に出して尋ねるなんてできる訳がない。
「結婚の事を持ち出すボクが君の事を嫌っていると思ったかい?
とはいえ、これはちょっと拙速が過ぎたかな。反省だねこれは……」
「いえ。いいえ……ぼくもちょっと情けない。女性にこういう事を先に言わせるなんて」
オリガはそう言って、ナターシャのほうを見上げながら言う。
「最初は契約込みでの関係だったけど、できるなら一生続けたいです。
ナターシャさん。その……――」
ぶつり、と配信カメラに触れる音が響く。
これから一番気になるシーンに差し掛かり視聴者の期待が最大限に高まった瞬間に、鳳陽菜の顔がカメラに入り込んで塞いでしまった。
”うわああぁぁぁぁぁぁ”
”い、いや。その、我々も見るべきではないと思っていたけど目が離せなくて”
”おめでとう、おめでとう!”
鳳陽菜は、兄とナターシャが抱きしめあう様を見つめながら、配信カメラに視線を向ける。
「と、言う訳で視聴者の皆様。コメントもせず黙って鑑賞ありがとう。さすがにここはカットするね」
”うわああぁぁぁぁおめでとう~~”
”順当にくっついたな”
”あー! オリガくんが俺たちのオリガくんがぁ!”
”いやだー! 俺はオリガくんの股間に住み続けるんだ~!!”
”ナターシャその場所変わって~!!”
”でも幸せならOKです!!”
”それはそう”
”それはそう”
”それはそう”
”推しの幸せより優先するものは無いよね”
さすがにキスするシーンなんてそのまま流せない。ヒナは配信を中断して。
良い雰囲気の二人をそのままにして、一仕事終えた感慨で、はふぅ、と大きく息を吐いた。
兄の髪に封じられた八岐大蛇。
この大妖を封じるために陰陽寮は一つの工作を施した。
一つは
そしてもう一つは……愛情で真綿にくるむように抱きしめて慈しんで育てることだった。
広い空間の真ん中だと居心地の悪さを感じるように。壁や仲間の体と接触することで孤独感から解放され、精神的に落ち着くことを言う。隅や端っこで落ち着くのもこれが理由だ。
蛇も趨触性の生き物だ。とぐろを巻いているのは、自分の体自体に触れていると落ち着き、安心するから。けれども人間はとぐろを巻けない。触れ合うには相手がいる。
「幸せになってね、おにいちゃん」
兄が制御不可能な怪物と成り果てた際には、これを抹殺すべしという極秘任務を帯びた陰陽寮の少女は。
自分の心に刃のように食い込んでいた冷酷な任務が、ようやく終わりを迎えたことに大きな安堵の息を吐く。幸せで満ち足りていれば、あのにょろにょろたちはたまにお酒を飲むだけの穏やかな生を送るだろう。
二人が笑いながらこっちに来る。
「オリガくん。ウェディングドレスの採寸をしようぜ」
「ええ? あ、あの。気が早くありませんか?」
「ボクのじゃない。オリガくんのだよ?」
「なんでですか?! 嫌だと申し上げたでしょう!」
「そうは言うけど絶対に似合ってるよ、何よりボクが見たくて仕方ないんだ!」
「だめですー! 絶対ダメですー!」
「キミの可愛い奥さんの頼みでもダメなのかい?」
「うっ……そ、そんな目で見ても許しませんよ!」
ヒナは駆け寄り、兄の手を取り見上げながらねだることにした。
ようやく終えた任務。重責も溶けて流れて気楽な心で頼みこむ。
「お兄ちゃん!」
「はい、なんですかヒナちゃん?」
「わたしもお兄ちゃんのウェディングドレス姿がみたい~」
「……妹にまで裏切られた?! どうしてそんな事言うんです、ぼくは男ですよ、絶対に似合いませんよ!」
「そんな事言わないでよお兄ちゃんっ」
「ほら、ヒナくんだって言ってるじゃないか。一度でいいんだ、ボクとヒナくんだけにみせてくれればいいから……」
そんな風に愛する家族からのおねだりに山田オリガは根負けしたように……白旗をあげて叫んだ。
「わかりました……二人とも大好きだから言う事聞きます!
でも一回だけですから、ほんとうに一回だけですから! 写真撮るのもダメですよ!」
「「え~~??」」
今度は写真に撮らせろと迫りだす恋人と妹の攻勢に困り果てながら。
愛する人たちの言葉に結局は折れてしまう自分の未来を想像する。
恋人にいわれるがまま身代のすべてを費やすバカな男の気持ちが今ならわかってしまった。
彼女たちはぼくのすべてだ。
言われるがまま心臓さえも捧げてしまうに違いない。
愛していますの言葉は唇の中で、羞恥心のせいで溶けて消えた。
でもまぁ。別にいいかとオリガは思う。
その台詞はさっき言った。
そしてこれから先。
愛しています、と言う機会は無限大にあるのだから。
『完』
あとがき。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
これにて本作は完結となります。
カクヨムコン9に参加していますが賞取ったら最終回間近のスキップイベント『ババア若返り』『セクシー系配信者VSもふもふ九尾』を正式に書きます!!!(口先だけの空手形)
ダンジョン探索もので六月ごろからちょっとずつ書き溜めていました。
自分なりに面白いのを考えて書いたつもりでしたが、楽しんでもらえたなら幸いです。少なくとも自分は書いてて楽しかった!! 読者の方々も楽しんでもらえたなら幸いです!!
それでは。
総文字数十四万四千字の活字の旅にお付き合いくださり感謝いたします。
またどこか別の物語でもお会いできますように。
お疲れ様でした。
これからもよろしく。八針来夏でした。
【完結】ダンジョン配信者山田オリガくん、不本意なバズり方をする~ パワーアップのために諸肌さらしただけでわざとじゃないんです!性癖を破壊する意図なんかありません!! 八針来夏【肥満令嬢】出版決定です! @hatti-8
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