第四十二話 山田オリガくん、18歳になる!!



 この数か月、様々なことがあった。

 日本を離れてアメリカに行き、ケンウェイ夫妻に会いに行ったり。

 ダンジョン探索者協会の長官就任を依頼された鳳の師匠が度重なる超過勤務にキレて、逃亡のために自分そっくりの式神を1000体日本各地にばらまき新陰陽寮を大混乱に陥れたババアハントミッションに参加し、大都市をまたぐ一大パルクールイベントに発展したり。

 ネット工作員たちが突如として蛇に巻き付かれたという霊障を口にして、人に悪口を叩くのをやめて一斉に正業に就いたり。

 オリガと同じく『九尾』を頭髪に宿した大陸の探索者とのいざこざなど、いろいろと大変だったが、本日はようやくまとまった時間を得た二人が久しぶりの配信と相成ったのである。


 場所はオリガの自宅だ。 

 最近ではナターシャもこっちに引っ越して、余っている部屋の一つを借り受けて同居生活である。もちろん節度を持ったお付き合いをさせるため鳳陽菜は祖母の代わりに目を光らせているが。

 まぁそんな訳で、今日は自宅の庭での配信だ。


「皆さんおひさしぶりでーす」

「こんばんわー、今日はおめでたい事があって配信だよ。ふふ」


”こんばんわー”

”久しぶりに配信見れて安心する”

”めでたいこと?”


「はい。このたび、ぼく、山田オリガはようやく18歳になりました。

 これでダンジョンのドロップ品を自由に持ち帰れるようになりました」


 そんな山田オリガはのんではいけないビール缶を片手に持ってブルタブを起こすのだが……。

『おさけ?』『おさけのにおいがする』『おさけだー』と一瞬で気づいたにょろにょろたちが殺到し、あっという間に頭を突っ込んでごきゅごきゅ飲み干してしまった。

 ただオリガはあまり気にした様子もない。


「なんだかんだでにょろにょろたちにはお世話になりっぱなしですからたまにはご褒美です。

 それにしてもナタさん、ほんと……あの騒動から数か月、いろいろありましたね」

「まったくだよ、ボクもキミもほんとに大変だった……」


 そんな風に思い出を語る二人。

 その後方では剣鎧童子が大きな酒樽を抱えてオリガの近くに置く。鳳陽菜が遠隔操縦させながらお酒を用意したのだ。

 彼女はドローンのカメラに手を振って去っていく。そんな風に大好物を置かれればオリガの髪から生えるにょろにょろが自重するはずもない。

『おさけだー』『このいっぱいのためにいきてる』『おさけぶろ』『おさけのみほうだい』

 にょ~んと頭を伸ばしたにょろにょろたちが酒に頭を突っ込んで飲酒し始めるが、オリガとナターシャはあんまり気にせず配信をつづけた。


「鳳の婆様、ストレスたまってんたんですよねぇ……」

「ここ一年全然自宅に帰れず、さらにダンジョン探索者協会の長官に任命されそうになったんだよね」


”以前オリガくんに握らされそうになった職員です。超過勤務をさせているのはわかっていたんですが、能力、人格共にあの人以上の適任はいませんでしたから……”

”とはいえ、辞職届を出したのに受け取り拒否されれば誰でも嫌になるよね”

”結局、長官はゴトー先生が任命されたんだっけ”


「ゴトー先生、あの人『#オープン乳首ドスケベフェスティバル』なんてハッシュタグ作ったの、あれでも神殿作成の時に支援してくれたお礼代わりだったつもりだそうで。なかなかショックでしたね」

「善意ってわかりにくいねぇ」


 地道にずーんと落ち込んでいるオリガにナターシャもけらけらと笑って答えた。


”それにしてもお婆ちゃん美人だったよね”

”まさか霊光波〇拳の伝承者とは”


「そうだね、ボクが鳳のおばあ様を追いかけて。まさかそこで本気を出すために若返るとは思わなかった」

「あの時はみんな『霊光波〇拳!!』『霊光波〇拳じゃないか!』『オレンジジュースください』と大乱舞でしたね」


”あの時のトレンド一位は『霊光波〇拳』『ババア、結婚してくれ!!』だったよなぁ”

”オリガくんが関わっていたイベントなのに珍しくドスケベ関係なかったもんね”

”しかしあの時オリガくん、剣鎧童子を操縦してババア追ってたのに、最後まで追いつけなかったし、さすが”

”ウチの近所にも式神ババア出たから追ってみたけどジョイナーみたいな瞬足だったわ”


 オリガはにこにこして言う。


「でも、ぼくはそこで師匠の若返ったすがたに陽菜ちゃんの面影を感じました。一足早く妹が大人になった姿を見られたみたいで嬉しかったですね」

「……美人さんだったよね」


 配信画面の外でにょろにょろたちが大酒をかっ喰らっている様を見ていた陽菜は、こっちをほほえまし気な目で見る二人に『な、なによ』と少し困り顔だったが、オリガは手をふりふりする。


「そんな訳で鳳の師匠は現在隠居して世界中のあちこちを旅してまわっていますので、もし見かけたら仲良くしてあげてくださいね」


”あなたたちのお師匠、凄かったネ。まだまだ世は広いアル(王紫蘭ワンシーラン

”あ”

”お”

”九尾付き!”


 などと配信途中で固定ハンドルを持つ相手からの書き込みに二人、特にナターシャが椅子から立ち上がって激昂する。


「あっー!! この泥棒猫女め! よくもボクとオリガくんの配信に顔を出せたね!」


”今北産業”

”九尾付きで、オリガくんを誘惑した”

”ナターシャはジェラシーでキレる”

”今は中国に帰ってる”

 

「あ、懐かしいですね、紫蘭さん。またもふらせてください」


”……まず尻尾。この美貌でも体でもなくまず尻尾、複雑ネ(王紫蘭ワンシーラン)”

”さすがオリガくんに恋人を裏切らせた女”

”なお理由の大半はもふもふ”

”オリガくんと同じく魔術兵器として育てられた女でハニトラとして派遣されたんだったっけ”

”なお色香を喰らってもまるで平気だったオリガくんを惑わすため、幻惑の力を引き出そうと髪を九尾に変化させたんだったよね”

”それを見たオリガくんが『もふー! もふもふー!』としか話せなくなったんだよな”

”自信砕けたアル(王紫蘭ワンシーラン)”


「まったくもう、オリガくんったら彼女の誘いにホイホイ乗って、中国国籍の豪華客船に乗り込んだ時は空いた口がふさがらなかったよ」


 と、ナターシャはジト目でオリガの事を見つめるのだが、責められた当人は悪びれる様子もなく、勢い込んで叫んだ。


「だってぼくは生まれてこのかたにょろにょろの発する蛇の気配で、わんちゃんやねこちゃんに怖がられてずっと触れられなかったんですよ!

 それが目の前に! いくらもふもふしても逃げたり怯えたりしないもふもふがあったんですよ?! 裏切ってなにがいけないんです!!」

「こんなに堂々と開き直られるとかボクも予想外だったよ……」


”これは仕方ない”

”実際オリガくんは犬猫を目で追うこともあったからなぁ”

”犬猫大好きなのに猫アレルギーな人がいたりもするから、気持ちはわかるな”

”私、こう見えて傾国の九尾の力を使えるのに……(王紫蘭ワンシーラン)”

”砕け散る女のプライド”

”もふー! もふもふもふふー!(貴様の価値などもふもふ以外に無い!)”

 

 うぐぐ、とナターシャは拳を握って震わせる。


「もふもふが欲しいならボクも猫耳つけて尻尾も装備して猫語で話したじゃないか! なにが不満だったんだい!」

「……背が高くセクシーでハンサムなナターシャさんが猫装備をしても、完成するのは『かわいいにゃんこ』ではなく『夜のえっちな雌豹』って感じでどぎまぎして、もふもふするなんてできませんよ……」

「ならばよし!!」


 顔を赤らめて照れ臭そうに俯くオリガにナターシャは飛び上がって喜びの声を上げる。

 自分のスタイルや顔がもふもふより下ではなかったことが証明されればなんでもよかったのだろう。プライドが回復する言葉ににっこり笑った。


「へへーんだ、見ているかい、王紫蘭ワンシーラン

 どうやらどっちがオリガくんをときめかせられるか、日本か中国か移籍を賭けたボクたちのお色気バトルの勝者は決まったようだね!」


”お色気バトル?”

”豪華客船で行われたイベントでな。オリガくんの目の前でセクシー演技をやってどっちに興奮したかどうかで競い合い、最終的なポイントの多いほうに移籍するかどうかを決める勝負さ”

”なおオリガくん当人は真っ赤になって俯くだけだったので、彼と繋がってるにょろにょろが審査員を務めたよ”

”もしにょろにょろが偶数ではなく奇数だったなら、引き分けが存在しなかったからな”

”明確に勝敗が定まっていたら、今より血を見る展開になっていただろう”

”最後はお互いの必殺技、ナターシャの爆乳密着型至近距離壁ドンからの『ボクを浚う気になったかい?』のイケボ責めとと、王紫蘭ワンシーランのモフモフ洗車固めの壮絶な激突だったな”

”……どういうことなの……”

”新たな必殺技を繰り出すたびに女よりモフモフの価値が上だと行動で示されて。女としての尊厳が破壊されて目が死んでいく王紫蘭ワンシーランの姿は哀れの一言だった”


「言っておきますけど、ぼくは判断なんかしてませんよ!

 ナタさんもシーランさんも、にょろにょろを勝手にぼくの本心を代弁していることにしただけです! そ、そりゃモフモフ洗車固めにときめいたり、ナタさんのイケボに真っ赤になったりしましたが、あの時は、にょろにょろが勝手な判断をしただけですから!」


 などと当時顔を真っ赤にしながらもナターシャのセクシーボイスにメロメロになっていた時を思い出して、オリガは自分の性欲をごまかそうとする。しかしこんな時に限ってにょろにょろはお酒を飲むのをやめてコメントなんかし始めてしまう。


『われわれはへびなので』『ひとのみりょくはわからないよ』『すべてほんたいのいけん』『われはなんじ』『なんじはわれ』『まきこまないでください』

「なんでこんな時にぼくの責任転嫁を丁寧に看破するんですかにょろにょろは!」


”つまり終盤まで王紫蘭ワンシーランのモフモフ攻勢に押されていたわけか”

”女としての魅力がモフモフに負けたアル。ハニトラ要員は退職して、今は転職中ネ(王紫蘭ワンシーラン)”


「あ、シーランさん。もしお金に困ったらまた日本に来てください。一日揉み放題で30万からなら受けますよぼくは」

「オリガくん、無駄遣いするんじゃない!!」


”おかしい。チャイナドレスの似合う糸目の豊満美女だったろ彼女”

”揉み放題と聞いてエッチな話題と思うだろ?”

”揉み放題(一日もふもふをもふもふするの意)

”もう日本はコリゴリアル(王紫蘭ワンシーラン)”

”(´;ω;`)ウッ…”

”金払いは良いが動物にウザがられる猫カフェの客みてぇだな……”


「あ! い、行かないでくださいシーランさん! ナターシャさんも引き留めてくださいよ! ぼくのモフモフが行ってしまいます!」

「そろそろ可哀そうになってきたからやめとくよ……」


 そんな風にここ数か月の話題を話していた二人だったが……時間もすぎ、配信予定もそろそろ一時間を切った頃になると。ナターシャは少し緊張した面持ちでオリガを見つめる。


「ねぇ。オリガくん。お誕生日おめでとう」

「ええ。ありがとうございます」


”お誕生日おめでとう”

”めでたい”

”おめでたいぜ”

”そうか、18か(意味深)”


 などとここでは追いきれないほどたくさんの祝辞コメントが流れる中、ナターシャはあでやかに笑った。


「ところでオリガくん。18になるとどうなると思う?」

「どうなるか、ですか?」


 ふむ? と小首を傾げてオリガは考え込む。


「ダンジョンのドロップ、正式に買い取っていただけるようになりました」

「ほ……他にあるだろう!」


 なぜだか焦れる様子のナターシャにオリガは首を捻りながら答えた。


「あ、選挙に行けるようになりますね……っていたいたい、どうしてほっぺ抓るんです!」

「君が焦らすからじゃないか。ねぇ分かって言ってるのかい? いじわるのつもりかな?」

 

 そういってオリガの背中に手を回し、唇が触れるぐらいに間近に顔を寄せて、ナターシャは囁いた。


「君さ、ボクと結婚できる年齢になったんだよ?」



※作者です。思ったより伸びたため、最終回は土曜20日の夕方18時に更新予定に変更いたします。

※あと飲酒に関してはあとで修正します

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