第四十一話 山田オリガくん、男としての頼みを受けとる。


「なぁ……ナターシャ」

「なんだい?」

「俺と……最後に一度、戦ってくれ」

「なかなか強引な話題転換ありがと、サカウラ」


 ナターシャは苦笑気味に笑った。様子を見ていたオリガも同様に、意図を探るような目をミコトに向けた。

 ……ナターシャとしては、あの日、八百長試合を強制された新人王決定戦の時を思い出す。


「まぁ、ボクにとってはあの一戦は汚濁塗れの思い出すのも厭わしい勝負だった。

 ミコト、君だってあんな決着は不本意だったんじゃないかい?」

「ああ。できるなら、あの時俺とお前でやるはずだった勝負の決着を改めてつけたい。……受けてくれるか?」


 ……その言葉に、ナターシャの心の中でわずかに疼くものがないわけではなかった。

 義父によって八百長を強いられ、家を出て報復を誓いながら。セクシー系で売って名声を稼ぎ力をつけようと必死だったあの日々。受けた雪辱を晴らすために躍起になっていた頃なら一も二もなく受けていただろう。

 だが、今はもう違う。

 報復するべき相手はもう落ちぶれ果てて地に落ちた。

 もうすでにあの時の怒りや恨みは……『クライマックス』なんて危ない薬物に頼りながら、命をすり減らすようにして配信を続けていた自分を窘めたオリガからのいたわりの言葉が水に流してしまっていたのだ。

 ナターシャは舌を出して嘲り笑う。


「嫌だね、ばぁーか」

「なっ……や、やっぱり怒ってるのか」

「いや、怒ってないさ、もうどうでも良くなってる」


 本心だった。

 少し心配そうな目を向けるオリガに笑いかけながらナターシャは言う。


「そもそもキミ。ボクに勝てると思ってるのかい?」

「やってみなきゃ……わかんねぇだろう!」

「でも十中八九はボクが勝つ。だろう?

 戦術や捨て身、その程度じゃもう埋まらないんだよ。

 そもそも探索者協会での決闘ならお互い知名度補正ネームバリュー抜きでもボクが勝ちそうなんだぜ?」


 それはそうだ。回避系タンカーの完成系、『闘獣士』とタダの『ヘビーナイト』では基礎的な力量に大きな差がある。

 そもそも彼の実力がナターシャを最初から圧倒していたのであれば……あのクソ野郎はわざわざ金をかけて宣伝などしなかっただろう。ミコトは悔し気に俯いた。 


「パパとママのお墓参りはありがとう。……二人はキミの事を可愛がってたからね。

 でも明日からまた接触禁止令は復活だ。坂浦尊、キミの父親があんな下種だったから比較的にいいやつに見えるかもだけど……キミは視聴率のためにフロストリザードを嗾け、ボクらの命を無用の危険に晒した犯罪者だ。

 まだ無料奉仕は終わってもいないんだろ?」


 そう言ってからナターシャはオリガの肩を掴んで自分のもとに引き寄せる。

 幼馴染二人の会話に口を挟むまいと黙っていたオリガはちょっとびっくりした顔になったが、胸が当たっているので何とか押しのけようとする。それが妙にカワイイからナターシャは笑いながら言った。


「ま、ボクとオリガくんの結婚式には招待状出してやるからさ」


 と……あははと高笑いするナターシャの言葉に、ミコトが一瞬傷ついたような表情を見せ。

 それを垣間見たオリガは……彼が、彼女にどういう感情を持っていたのかなんとなく察しがついた。

 そして坂浦尊は、多分失恋したであろう男は心の傷を隠すように笑いながら、視線をオリガに向けた。


「あーあー、わかったわかった。なぁ、山田オリガ。こいつはすぐ調子に乗るし無茶もするし、ダメな点も結構あるが……本当にいいやつなんだ。

 ……男としての頼みだ。彼女のことをお願いするよ」

「ちょっとサカウラ! どういう意味だいっ! ボクのほうがオリガくんより年上なんだぞっ!」

「そうは言うけどな。ナタより彼のほうがしっかりしてて理性的っぽいからさぁ」

「反論できねぇ~!」


 ぐぬぬぬ、と悔し気に握りこぶしを震わせるナターシャ。

 そうやってお互いに笑い合う姿は確かに、二人が昔家族であった事を思い出させる穏やかな暖かさに満ち溢れていた。

 こういう風に家族であったならよかったのに、それはもうすべて過去の事、やったこともやられたことも、お互い忘れられるわけがない。被害者と加害者の心に刻まれた深い傷が、ナターシャの心が和解など無理だと訴えている。

 いつかは年月が過ぎて許せるようになるかもしれないが、それはお互いに……まだまだ時間が必要だった。




 数日後、坂浦尊はネットに残っていた配信アカウントで、今回の一連の騒動に関して正式に謝罪。

 近況を伝えて、あとは家を売り払い、罪を償うために奉仕活動に専念するとのことだ。このアカウントも数日で消すとのこと。その言葉を受け、ナターシャは「そっか」と一言だけを呟いた。

 携帯端末で昔の写真を眺めている彼女の姿をオリガはよく見かけた。

 犬のムクとミコト、ナターシャの三人が写っている写真。オリガはそっとしておくことにした。


 坂浦尊はもうネット社会からは忘れられ、その痕跡だったアカウントも消滅した。

 探せば彼の足跡は辿れるかもしれないけれど、今はまだ彼と話す予定はない。


 話題や流行の移ろいに、彼の姿は消えて久しい。

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