第四十話 山田オリガくんと、セクシー系舐めプ配信者と迷惑系の、恐らく最後の会合

 

 本来なら坂浦宗男長官の逮捕とその調査や解明は何か月も時間がかかるはずだった。

 それが電光石火と言っていい速度で全てが終わったのは、被告自身がすべての罪を自白し。控訴などもせず刑に服したためだった。


 山田オリガは少し後悔している。

 すでにナターシャの両親、アレクセイと更級美智子の両名は死亡している。

 探索途中に不運に見舞われただけであったならまだ諦めもつくが、横恋慕した男が余計なことをした結果となれば、大切な人との思い出にヘドロをぶちまけられたような気分になる。

 何度も研究を邪魔された腹いせに報復したわけだが、知っても苦しむだけの真実が待っているならやめておけばよかった……そんな風に考えてしまうのだ。


「あんまり気にしなくていいんだよ、オリガくん」

「……顔に出てましたか」


 今二人は墓地を進んでいる。

 目的地は彼女の両親の墓だ。こうして真実が明るみに出て、墓前に報告に行こうという事になった。オリガとしては二人に面識はないけれど……しかし相棒としてお世話になっている彼女の両親だ。挨拶ぐらいはしておくべきだろう。



 墓石を洗い、花を添える。

 線香をあげ、両手を合わせて冥福を祈る。

 しばらくはナターシャも名残惜しい気持ちを持っているようだったが、いつまでもはいられない。

 霊園を出ようとしたその時だった。二人はばったりと……予想しない偶然のタイミングで顔見知りと遭遇する。


「坂浦尊さん……」

「ッ……」


 以前、オリガと決闘をしてナターシャとの接近は禁止されているままだ。

 彼はその決まりを破るつもりはないらしく、驚きながらも背を向けて立ち去ろうとする――だが、そこでナターシャが待ったをかけた。


「ミコト、君もボクのパパとママのお墓参りに来てくれたんだったら、今日は良いよ」


 見れば確かに……彼の手荷物も墓参りの道具をひとまとめにしているようだった。

 そう言えば彼もまた故人の知り合いだった。それならばいいか、とオリガも警戒する心を今は鎮めるのだった。




「俺になに言われても意味ねぇとは思うが頭下げるわ。

 ……本当にすまんかった、ナターシャ。親父があそこまでクソだとは……」

「……ボクは君の事は相変わらず嫌いだけど、まぁ君が謝ることじゃないかな」


 妙な同席と相成った。

 オリガ、ナターシャ、そしてミコトを加えた三名は喫茶店で顔を合わせる。


「顔色悪そうですね。寝不足みたいですが」

「……まぁー、な。イタ電やら投石やら脅迫メールやらなにやらで、寝れてねぇ日もある」


 ……坂浦宗男長官の犯罪行為が暴露され、ダンジョン探索者協会は今も大変なことになっている。半年間、孫の鳳陽菜と会えなかった鳳の師匠は、いつ自宅に戻れるのか見当もつかない。これがおわったら隠居するぞと息巻いているが、あの有能ぶりをみる限り回りが放っておかないだろう。

 もちろん犯罪をやったのは長官だが、その息子であるミコトもまた甘い汁を吸っていた経緯がある。まったくの無罪ではないし、ナターシャとオリガへとフロストリザードを嗾けて、フォロワーを稼ごうとした犯罪も暴かれた。厳重注意、罰金、そして無償での奉仕活動が命じられているとはヒナからのお知らせで知っている。

 坂浦尊の母親は、夫と離婚した。のちのち彼も母方の性を名乗るだろう、とのことだ。

 ナターシャは言う。


「でも、サカウラ。キミ、今のほうが楽そうだね」

「あー……かもしれねぇわ」


 オリガから見ても、彼女の指摘は正確だと思えた。

 サカウラはやつれているし、健康からは程遠い顔だったが、しかし憑き物が落ちたような顔をしている。

 

「サカウラさん、あなた。逆恨みはやめたんですか?」


 少し不思議そうに尋ねる。自分が彼の悪事をすべて暴露したせいで、すでにサカウラの配信チャンネルはフォロワー数一万を切った。最盛期は800万をこえる超大物の見る影はもはやどこにもない。その没落の原因は山田オリガだが、サカウラは疲れたような自嘲の笑みを浮かべていた。


「さすがに思うところがあってな……俺、さ。

 事件の後、司法から帰ってきた親父の日記を読んだんだ」

「魂腐りそうな日記ですね。禁書指定にして富士山火口とかに捨てません?」

「ボクも金払ってもらっても読みたくないな」


 なんとも不気味で気色悪い思考が詰まってそうな日記の存在に、二人はドン引きといった様子で後ずさる。サカウラはそんな反応に、まぁそーだよなー……と、俯いて力なく笑った。


「親父が俺に宣伝費用を賭けて、俺を一流配信者にして、知名度補正ネームバリューを与えて強くした理由って何だと思う?

『自分の血がアレクセイの血より優れていると証明するため』だったんだぜ? 傑作だよなぁ」

「……?」「……?」


 ちょっと何言ってるかわからない、とばかりに二人の頭に『?』マークが浮かんだ。


「なぁ、ナターシャ。……一度模擬試合で親父に勝った事、あったろ?」

「あ、うん」


 ナターシャは頷いたのだが、当時は気にも留めていなかった。

 模擬戦での試合、たまたま、ほんとうに偶然天運が味方しただけのことで、総合的な実力はまだまだ奴のほうが上だったはずだ。

 だが彼女の特に深いこと考えてなさそうな反応にサカウラはますます溜息を深くする。ここにいない父親の醜態に、子としていたたまれなくなるようだった。

 

「親父はアレがショックだった。日記読んでたら分かったけど、親父の奴はアレクセイおじさんに対するコンプレックスの塊でな。

 自分が、自分の血が、アレクセイの血に負けるなんて許せないと思って……探索者の新人王決定戦で、犬のムクを人質に取ったそうなんだ」


 オリガとナターシャはちょっと黙った。

 あまりに情けない動機が信じられず、ちょっと顔を見合わせて考え込む。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、サカウラさん。動機が異次元です。わけわかりません」

「……おうよ。俺も親父の日記を読んでしばらく理解不能だったんだ。たっぷりお悩み」

「ええと。つまり……サカウラ。キミを一流配信者にして知名度補正ネームバリューを与えて実力に下駄を履かせ。

 新人王戦で八百長をしたのは、パパの血を引くボクより自分の血を引く坂浦尊のほうが強いと証明するため」

「ああ。笑えるのは、ここで自分で親父がナターシャと戦って自信を取り戻すならわかるんだけどよ。

 また負けたらプライドが傷つくから最後まで逃げ回ってやがるんだよ。俺が配信を始めたのは親父の後押しあってだが、こんな情けない事情から始まった配信なんて続ける気沸かねぇよ」


 なるほど……と、ナターシャは頷いてから言った。


「……男として小さすぎる」


 彼女のつぶやきに返す言葉もない、とばかりにサカウラは俯いた。

 ナターシャは頭を押さえながら呻く。


「それに、そもそもサカウラのチャンネルだってボクが何かしたわけでもないのに勝手に落ち目になってただろ?」

「まぁな……」

「金や宣伝で培える張りぼての力なんて、しょせんその程度だとなんでわからないのかな」


 考えてはみるものの、これはもう体を流れる何かがおかしいのだろう――オリガは口を開いた。


「……もう、あの気色悪……アレの話題やめません?

 長官はもうアメリカに渡りました。万が一贖罪が終わっても、もう廃人同然でしょう。二度と会う事もない人を想っても仕方ありませんよ」

 




※本作品をここまで読んでくださりありがとうございます。

あと二話でひとまずの完結を迎えますので、できれば最後までお付き合いいただけると幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る