雨の香りを思い出すこの夜に、君を思う。

かむとぅるーまん

vol.0

窓から見る外の景色は雨に打たれていた。

ざあざあと降る大粒の雨、それを眺めるために俺は窓に手を当てて、沈んだ気分を天気に重ねている。

流れる雫を目で追うと、下校をしていく2人の生徒がいた。

傘のせいで顔は見えないが、きっと談笑をしてるだろう。ここまで笑い声が聞こえてくる。

今日は一段とみんな浮き足立っていたな。


俺は今学校にいる。

みんなが帰った教室は普段より閑散としていて、少しもの寂しい。

俺が目をやった黒板には、

『3-1 最高!!』

と書かれた文字と絵たち。

これがみんなが浮き足立つ理由だろう。

だけど明日が卒業式という晴れ晴れした気分と裏腹に俺は自分のもの寂しさを今、雨に似せている。


俺は選択を間違った。

そう思いながら、俺は教室を出た。


これはちっぽけな懐古の話。



vol.1

『人生は選択の連続だ』と誰かが言った。

それは事実でしかない。

実際1日の中で人間はどれほどの選択をしているのだろう。

朝ごはんは何を食べるか。

今日はどの服を着ようか。

誰とどんな話をしたいか。

数えきれない。


だが、そんな些細なことではない大きな選択もある。

将来何になるか。

高校は?その先は?

好きな人に告白をしようか待とうか。


これらは人生の岐路というものだ。

多くは選ぶということを、それ以外を捨てることだということに気づけず選択を間違える。


俺は、今いた教室から出て階段を下り、廊下を歩きある場所へと向かう。


目的地に向かう途中で俺は足を止めた。

"君"と初めて会ったのはここだった。

ここ、とはただの廊下の角。目的地とも違う。

だけどはじめてこの場所で君と出会った。

それは共通の友人を通じてで、一年の秋だったと思う。

その「俺と君の共通の友人」は俺と仲が良い男友達に恋をしていた。

つまり、俺たちに自分の恋愛の手伝いをして欲しいというわけだった。


そこから先は月日がすぐに過ぎ去っていくのを感じた。

俺と君と恋する友人は、チャットグループを作り、作戦を立てた。これが、俺と君の関係が生まれた初めての出来事だった。

君と俺の始まりの場所。



vol.2

推理小説みたいなのに出てくる加害者と被害者の関係は複雑だ。最初は加害者が悪、被害者が可哀想な人間として扱われるが、読み進めると、その偏見が逆転する。加害者が被害者に追い詰められ手にかけてしまうケースが多い為だ。

それは、恋愛においても同じだ。告白した側が頑張って振られた結果、悲しい終わりを迎えて振った側は何も感じず誰かに好かれる優越感に浸れる。

もし犯罪と恋愛に共通点があるなら、恋愛におけるそれは正しい解釈なのだろうか。

いや。この自論で最も変な結びつきとは恋愛と犯罪という行為の非整合性なのか。

恋愛と犯罪。

非なりて似るもの。

善と悪、喜と哀。

君と俺にもそんなことを考えてしまう出来事があった。



俺は先の廊下を進み、ある場所に着いた。

体育館だ。

君と1番思い出を作ったこの場所に来たかったから。


君は一般的な視点から見ても可愛い、という類に位置付けられる人間だった。

つまりモテるということだ。

だから、厄介な男が寄ってくる。

その時君は、前の、友人の一件で中々に手を尽くした俺を頼った。

君は、優しい人だった。告白を何回も繰り返し続ける相手にも傷つけない方法を選びたがった。

だけど、そううまくはいかない。

振る側の君が傷つくだけだった。

人を振る、なんて事したいと思う様な人間は犯罪者に近しい。人を悲しませることに躊躇いがない。でも君は悲しめる人だった。

だから救いたかった。

でもここで表立って行動することもできない立場の俺は、裏からしか君を手伝えなかった。

なぜなら他人から見れば俺は、君をなぜか助ける整合性のない男だと思われるからだ。

そうして普段は話せないから部活の合間にたくさん作戦を練った。その時間がいつのまにか楽しみになっていたことに以前の俺は気づいていたのだろうか。


雨の音が響く体育館で俺は綺麗に整列された椅子を退けて、ボールをバスケットゴールに打ち始めた。


いつも君は俺がバスケをしている姿をかっこいいと誉めてくれた。俺がそれを単純な賞賛と思っていた頃、君が俺のことをどう思っていたのかなんて今の俺には容易にわかるのだが、今君は俺をどう思ってるのかなんて分かりやしない。

君と俺の懐かしい場所。



vol.3

2年になった5月。君は俺に告白をした。

君は俺に「好き」と言った。 

その時俺は、ただただ嬉しかった。逆に言えばそれまでだったのか。

中学生というのは単純でカップルが誕生したのをすぐ話のネタにする、だから素直に好きだと言えなかった。

俺は君より俺を優先したのだ。


恋愛において重要視されやすいのは相手を愛することだと思われがちだが、実は最も重要なことはそれではない。

最も重要なこと、それは相手を悲しませる覚悟を持っていることだ。

自分はこの人を生涯の中で一瞬たりとも悲しませたことがないという妄言は多数存在する。

俺もそんなことは分かっていた。

そんなのは妄言だって。

でも、俺たちだけは違うんじゃないかってそう思ってしまったんだ。


君を振ることも好きだと本心から語ることもできなかったが君の告白に俺は応えた。

人にはバラさないようにすることを一つのルールとして決めた上でだが。

そうした理由は、やっぱりひやかされたくなかったからか。


俺は目を閉じた。

いや違う。

ただ恥ずかしかったんだ。

俺は、彼女とか絶対できない系のキャラでいたからだ。

毎年、クリスマスやバレンタインデーでも黄色い声はかかりはしなかった、、

やっぱりこれが1番の選択ミスだったんだろう。

君は別れる時もやっぱり誰かに言ったらだめ?って聞いてきたもんな。

こう言うところで俺はやっぱり俺の体裁を優先したんだろうな。

ただ黒色が広がる。

君と俺の選択の失敗の景色。



vol.4

2年の9月、友達とバスケをしてた時だった。

友達が帰ってからスマホを見た瞬間、長文が目に入る。

どうかしたのかと思った俺は、

たったその3文字だけで時がゆっくりと止まるような形容し難い、空虚に襲われた。

『別れよ』

多い文字の中でその3文字だけが異様な空気を放っていた。

君は勉強のこととか、俺にはもっと良い相手がいるとか、いろんな言葉を使って俺と別れようとした。

そして、それら全てを否定した最後に君から来たメッセージは、他の人に言ったらダメなの?だった。

これができなければ、君を失うことは明白だった。

大体、俺には君がいたし、君には俺がいたから他の人に言う意味を見出せなかったこともあるのだろうか。

それは恥ずかしいという感情と交錯して、君を否定した。

そして、最後の会話。

君からのごめんね、という言葉で締めくくられた。

その日から食事は胃がキュッとなって多く摂れなくなった。

君と俺が終わった場所。


vol.1

シュートを打ってから少し経ったぐらいに、体育館の入り口の方から、音が聞こえてきた。

「なにしてんの?」

「梨花。お前こそどうして、、?」

「ピアノの練習」

そういう彼女は同級生の仲がいい存在である。俺を横目にステージ上のピアノに向かって歩き出す。

「明日、ピアノ弾くんだもんな」

「うん、めっちゃ緊張する、、、」

俺はシュートをやめて、彼女のピアノの近くにある椅子を持ってきて隣で聞く準備をした。

「…別に聞いて欲しくてきたわけじゃないし」

「シュートの音が邪魔になると思ったからやめただけだよ。早く弾きなよ。時間なくなるし」

分かってる、と彼女は俺から視線を移し、ピアノを弾き始めた。


卒業ソングを聴いて、学校生活を思い出さないわけはない。学校生活イコール君で結ばれているんだから君をどうしても思い出してしまう。

俺はつくづく思う。

失恋は、癌のようなものだと。

失恋を直接的に取り除いたとしても、他の人にも影響を与えて他人の心も蝕む。

君が仲のいい友達に別れた俺のことを言ったのは明白だった。

前、恋を手伝ったあの友人にも気まずそうにさ

れた。


きっとそう思ってるうちは、まだあの日の延長線上にいれるんだと思う。


そんなふうに思いふけていた俺は、梨花のピアノのミスで我に帰る。


「ねえ、また先輩のこと考えてたでしょ。」

ーーーーーーッッ

先輩、とは"君"のことだ。

俺は驚いたのを気取られぬように、彼女から視線を外す。逆に動揺してると思われそうだが。

「なんで、そんなことわかんだよ」

「なんででしょう」

梨花は俺が好きだ。

1年の頃からただ俺だけを想ってくれている。

彼女は俺の肩に頭を乗せて目を瞑る。

ほのかに香る甘美な匂いが君を遠ざける。

「明日で終わっちゃうね。中学生も。」

「そうだな」

「高校は同じとこ受けたからさ、行けたら一緒なわけじゃん?」

でも、と彼女は目を開いて俺を見つめる。

「あの先輩も一緒だよね」

俺は思わず息を呑んだ。

高校は君がいるから選んだわけではない。ただ意識しなかったわけでもない。

少々気まずそうにする俺と怪訝そうな顔で見る梨花は何も喋らなかった。

ただ強くなるだけの雨がこの体育館に響く。


「私は好きだよ!あんたのこと。でももしあんたがあの人のこと好きなら諦める。」


鼻の先らへんがツンとした。あの時のような。


『人生とは選択の連続』とはよく言ったものだ。

俺はこの瞬間どうすればいいのか。

もしここで梨花を好きと言ってしまったら、俺の初恋には終止符を打たれる。

もしここで君を好きと言ったら、俺は無謀な恋にまた足を突っ込むことになる。

どちらも選ばない、それは逃げだ。

だから俺は選択が苦手だ。

選択とは選ぶ選ばないを自身の気持ちで選ぶには難しすぎる。

選択とはタイミングだ。

だから、俺はタイミングをいつも誤る。

例えば、今日の朝にでも、梨花にそんなことを言われていたら、俺は梨花を選んでいただろう。

君を忘れているうちに、俺を変えてくれる彼女に身を委ねていただろう。

だから選択とはタイミングによる受動的判断なのだ。


「ごめんな」

彼女は一瞬顔を歪めた。

「今の俺にはタイミングに任せて選ぶことしかできないと思う。このまま梨花を選んでも、すぐ梨花を悲しませるかもしれない。俺にはそんな覚悟がない。梨花でじゃなくて梨花がいいって胸張って言う俺を待ってて欲しい」

「分かってる。いつも優柔不断なんだもんね」

ごめん、と俺がいうと彼女はまたピアノを弾き始める。

今度は先ほどのミスを成功させ、最後まで綺麗に弾いてみせた。

「よし、完璧!もう帰ろっか。明日写真いっしょに撮るの忘れないでよー」

「おう、楽しみにしてる」

そこで梨花とはわかれた。

結局逃げた。でも、俺は君とのある確信があったからこの選択を選んだ。

彼女がいなくなった体育館は、甘い匂いと雨の匂いが混ざってどこか寂しくなった。

彼女と俺の始まりと終わりのはじまり。


vol.2

梨花が立ち去った体育館に残った俺は、ピアノを見つめて梨花との3年間を思い出した。

人間は良い記憶よりも悪い記憶が印象にのこってしまうらしい。

確かに梨花との1番の思い出もそれに当てはまる。



そもそも、河合梨花とは3年間同じクラスだった。

隣の席だとか、部活が一緒だとか、そんな偶然はなくて、ただのクラスメイトが、梨花と俺との関係だったんだ。

だけど、いつからか俺と梨花は仲良くなった。

恋の始まりなんてそんなもんだろう。

普通に話し、他愛もない会話にただ笑っていた。

そうするうちに、俺たちはただのクラスメイトじゃなくなった。

互いが互いを好きなんじゃないかって思って胸が鳴り止まない夜もあったのかもしれない。

だが、そんな思い出をも払拭する出来事があった。

その思い出は鼻にツンと刺さる冷気が呼び起こした。

中2の冬。

梨花と喧嘩をした。

それは側から見たらただの勘違いで。

たくさん悩ませてしまった。

たくさん悲しませた。

たくさん不安にさせて、、その後には泣かせてしまった。

その後悔が行き着いた先にあったのは、

1つの停滞だった。

『俺は梨花が好きなんじゃなくて、俺を好きな梨花が好きなんじゃないのか?』

そんなこと考えても答えはない。

たった一言謝れば良い、というところはとうの昔に通り過ぎてしまっていた。

まず。

女の子のことでここまで悩んでしまうのは君以来だった。


また君を思い出す。

君の場合はどうだったんだろう。

俺は俺を好きな君が好きだったんだろうか。

いや違う。

それは、あの夏の終わりの悲壮が説明してくれる。

君のたくさん食べるところが好きだった。

君がどんな髪型がいいか、恥ずかしそうに聞いてくる顔が愛らしくてたまらなかった。

君に会いたい夜は、早く明日になるように夢を見た。

君と並んで歩けなくなった今日は、もう君はどこにもいない、でも君ならなにを話すかななんて考えてしまう。

告白した方が先に好きになったんじゃない。

だって先に好きになったのは俺だったんだ。

そんな事にもっと早く気づいていれば俺はこの悲壮を知れなかった。


この世には意味のないものがないらしい。

だからこの行き場のない悲壮に役目を与えよう。

もう大切なものをなくさないために。


梨花と喧嘩してから、二週間がたった日。

俺の前に立つ梨花は悲しい顔をしていた。

もうそんな顔をさせたくない。

それだけだった。


「ごめん、全部俺のせいだ』

「ううん、私のほうこそちゃんと話す覚悟ができてたら良かったのに」


「ごめんね」

「ごめん、梨花」

 

「ありがとね、勇気出してくれて」

「ありがと、また俺と話をしてくれて」


「辛かったよね」

「梨花のとは比べ物にならないよ」


「きっとさ」

「うん」


「いつかは変わらなきゃ行けなかったんだよ私たち」

「ずっとこのままじゃだめなのかなって思うけど」


「だめなんだろうな、だって」

梨花は首を横に振る。

「困難は二人の仲を深めるんだって」


「だから大丈夫」

「そうだな」


「ごめんね」

「ありがとな」


「ごめんな」

「ありがと」


この時期でもとりわけ寒い日だったのに、なんだかあったかくて寂しい匂いがした。


きっとあの悲壮にも意味があったんだ。

でも、また君を思い出してしまった。

これは選択のミスなのか、正解なのか。

今になってもわからない。


でも君と同じくらい。

梨花の綺麗な字に見惚れてしまった。

梨花の純粋に笑う顔に見惚れてしまった。

人と話す時、苦手だからって、すぐパニックになってしまうそんな姿に美しさを感じてしまった。



それから春が過ぎ夏を満喫して秋が淋しさを告げ、戦いの冬を乗り越えて今日まで楽しく過ごせた。

いつまでも、君の虚像は無くならないが。


君と出会えてよかったのかな。

君がいなかったらもっと大事な何かを失ってたのかな。

君との出会いに無理して価値をつけたくはないけれど、君のせいで今の俺がいる。

雨の匂いは鼻にずっと残っている。




学校を出て家に帰ってもこの2人の大きな問題は解決しなかった。

雨はまだ降り続けている。さっきよりもうるさく。

その違いが時間の変化を表してるみたいで、もうこの雨に自分を重ねられなくなった。

だけど、もう一度君に会えたらこの問題を解決できるんじゃないだろうか。

体育館で感じたそんな確信があった。

だって君をあの時振れなかった理由に気づいたから。



vol.?

卒業式を終え、合格発表で歓喜し、高校に入学した。

隣にいたのは、梨花だった。

ただ、隣を一緒に歩いているだけで今梨花が俺のトクベツな人になったとかではない。

なんたって、君にまた会わなければ、梨花がいいと言える日はおそらく来ないだろうから。


2人とも同じクラスだったため、2人で同じ教室を目指す。


急に、かつかつと足音が聞こえた。


「かずやくんっ」

あの秋に聴きたかった声だ。

「文香さん!これからよろしくお願いします」

梨花は君に挨拶を丁寧にする。

たじろぐ俺を横目に2人はこう言う。

「かずやもね」「かずやくんもね」

ただ雨が上がったような、変に眩しい景色が見えた。

ただ、冬を超えた自然のやさしい香りを嗅いだ。

そいつらを運んできたのは誰かもしくは誰かなんだろうか。

だから俺は選択が嫌いなんだ。


どちらかを悲しませたくない、それがただ俺の可能性をなくす。

これは初恋の延長線なのか、はたまた始まりなのか、この癌のような関係はまだ絶たれそうにない。

君との始まりの場所、君との続きの香り。

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