第2話.憧れた姿

 雲ひとつない青い空が広がり、冷えた空気が包み込む11月末の東京とうきょう競馬場。


 最高ランクのレース、GI・ジャパンカップが行われるということで、大勢の観客たちが押し寄せている。


「わぁ〜!!!東京だ!!広い〜!!」


璃乃りの〜!あんまり私から離れないで〜!!」


 レース前という事でまだ観客が少ないスタンド前。走り回る娘へ注意の声を掛けながら追いかけるのは、天才と言われた元騎手・卯月うつき 早苗さなえだ。


「お母さん!!お父さんどこ??」


「お父さんはまだだよ〜!あと3レース後だもん」


「え〜早くぅ」とションボリした声で早苗の元に戻る少女。数年後、彼女は「天才」として大活躍を果たすがそれはまた別の話。


 ◇◆


 現役の天才騎手として競馬界を引っ張る、卯月 恭一きょういち宝塚記念たからづかきねん(GI)を含む4連勝中のルーヴアスナとのコンビで、このジャパンカップ(GI)へと駒を進めたのだ。


 単勝たんしょう1.6倍の1番人気。圧倒的な支持を受け、天才は府中ふちゅうのターフに姿を現した。


『1番・ルーヴアスナ!!天才・卯月 恭一とGI・4勝目を狙います!!』


 人馬の紹介と共に沸き上がる大歓声と拍手。主役はもう既にルーヴアスナと恭一だった。


「お父さぁぁん!!頑張れぇぇぇ!!!」


 大歓声に負けじと懸命に声を出す少女。その想いは、天才にも伝わったようにみえた。


(ぬはは、流石早苗。普通に1番前取ってる)


 ルーヴアスナの鞍上に居る天才は、恐るべき視力と観察力で、応援に駆け付けた大切な家族を見つけ出したのだ。


「早苗のやつ、招待できるっつーのに一般客で行くって聞かないんやから。一緒に口取り《くちどり》撮りたいのに〜!あのアホたわけ……」


 小声で愚痴をもらす恭一は、次の瞬間に口を固く閉ざした。最前列から何かを感じ取ったのだろうか、睨みを効かせる早苗本人と目が合ったのだ。


(アホたわけっつってる顔してるなあいつ)


 目を輝かせる娘の横で、睨みながら天才の表情を読み取る早苗。スターターが壇上へ向かって歩き出したのを見つけると、睨みからニヤリとした表情へ切り替えた。


「まぁ、楽しんで勝ってこい……!!あほ恭!!」


「あほ恭」と呼ばれた卯月 恭一も、妻からの声援を感じ取ったようにニヤリとし、心の中で言葉を返した。


「任せろ。もう1回惚れさせる」


 世界中の強豪が揃うジャパンカップ。まもなくスタートだ。

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葵き女王。──命の物語── にいな @Reinonike0821

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