葵き女王。──命の物語──

にいな

第1話.才能

『最後の1冠!ステルダイナか、ルシエラか!やはりこの2頭だぁぁぁ!』


 段々と肌寒くなりつつある10月下旬。


 広々とした部屋に響いたのは、録画しておいた競馬中継の音だった。


「どー考えても仕掛けるの早いのに……」

「俺の腕にかかれば問題ないんだなこれが」

「そんなこと言って、この前ハナ差で負けてたやん」

「うるせぇわい!」


 体育座りをし、不服そうな顔で画面を見詰める小柄な女性。


 そして、彼女の言葉に反応し得意気に話す男性が、ソファに座り同じく画面に釘付けになっていた。


 それを面白そうに見詰めるもう1人の女性が、キッチンからツッコミを入れる。


 この3人、「天才」と呼ばれる現役騎手、卯月うつき 恭一きょういちとその姉である卯月 朱雨しゅう。そして、恭一の妻であり同じく「天才」と呼ばれていた元騎手の卯月 早苗さなえである。


 昨日行われた、国内最高の舞台・GIの一つである菊花賞きっかしょう


 京都競馬場の芝3000mで争われ、皐月さつき賞、日本ダービー、そしてこのレースからなるクラシック3冠の最終戦として、数多の優駿達が挑んできた伝統の一戦だ。


 1番人気に推されたのは恭一が騎乗するダービー馬・ステルダイナ。そして、僅差の2番人気に推されたのが朱雨騎乗の皐月賞さつきしょう馬・ルシエラだ。


 春のクラシックホース2頭に卯月姉弟の対決ということで非常に注目が集まったこのレース。


 ルシエラが積極的に先行し、先行馬のステルダイナがなんと後方2番手待機という選択。レースは平均ペースで流れた。


 ステルダイナは4コーナーでも後方。ルシエラが楽な手応えで早め2番手から先頭へ踊り出ようとする中、絶望的とも思われる位置だった。


『先頭ルシエラ!!ステルダイナはまだ後方!これは大丈夫なのか卯月 恭一!!』


 2〜3馬身程のリードで先頭に立ったルシエラ。もはや勝負は着いたかと思われた。


 しかし、


『大外からようやく来たぞぉ!!異次元の脚ダステルダイナァァァ!!!!!』


「うわぁぁ!!ステルダイナぁぁ!?」

「えげつねぇ脚!!」

「なんでそこからぶっ飛んでこれるんだよ!?」


 スタンドで見守る観客達やアナウンサー、そしてレースに参加している騎手全員が驚いた。恐ろしい末脚で、ステルダイナが一気にルシエラを捉えたのだ。


『さぁ一気に交わすかステルダイナ!!いや!?ルシエラも粘る粘る!!』


 直ぐに交わされるかと思われたルシエラ、流石に皐月馬だ。懸命に粘り、もう一度差し返さんとしている。


『さぁどっちだ!!これは大接戦だゴールイン!!』


 大熱狂と数多の拍手に包まれ、ゴール板を駆け抜けた2頭。後続は7馬身くらい離れ、まさに2頭の強さが際立ったレースとなったのだ。


 卯月姉弟の叩き合い。ハナ差の勝負を制したのステルダイナ、卯月 恭一だった。


◇◆


「あぁぁぁガチ悔しい〜」

「へっ、次ジャパンカップだろ?また差すわ」


 悔しそうに床を叩く朱雨。追撃するように恭一が言葉を突き刺し、彼女は更に2回程叩いた後に恭一にも拳を振りかざした。


「まぁまぁ2人とも落ち着いて……」


 苦笑いをしながら見守る早苗。決して止めはせずその状況を楽しんでいるように見えた。


「あれ?今日午前授業だから、あのちびっ子帰ってくる?」


 気付いたように朱雨が時計を見ながら声を掛ける。


「あそうか、また自慢してやろう俺の勝ちを」

「次煽ったらぶち転がすよ?」


 2人の口争いも終わり、しばらくして玄関の扉が開いた。


「ただいまー!」


 ランドセルを背負い、元気に挨拶をする小学生の女の子。


後に両親の想いを引き継ぎ、未来の天才騎手となる「天才の子」の帰宅だ。

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