第26話

「こどもはかわいかった、ニナ?」

 もぞりとベッドの上で、タジラ王はくぐもった声で伺う。

 昼間の学校でのことだろう。

 タジラ王は私の膝にぐりぐりと頭を摺り寄せた。その行動が、出会った頃のディアンに戻ったようで、私はその白銀の羽毛を撫でる。

「あなたのほうが、こどものようね」

 見上げる嫉妬の視線に、ふふ、と私は笑みがこぼれる。

 私が子供を膝に乗せたものだから、それがうらやましかったのだ。昼間から、その目はいじけていた。

 いや、それだけではない。

 そして学校創設の話も、私の本当の目的に気づいていたため、やんわりと渋っていた。


 学校が成功し、識字率が上がることで多くの人が本を読めるようになる。

 私の本がたくさんの人に読まれる。

 私の本が読まれるために、私は文字を教える学校を作った。

 ユリアの納得は得られた最大の理由は、この目的があったからこそだ。彼女も本を作り多くの人に読んでもらいたいという目的が一致していた。


 それを、ディアンは察していた。

 そして、自分以外のたくさんの人間が私の本に触れる。それにディアンは嫉妬したのだ。

 なんて愛しい人だろう。

 ディアン。かわいい子。

 膝に乗った頭をなでる。その目は細められた。


「昔お話した、グラン王国の物語は覚えている?」

「……ううん」

 ふふ。うそつき。私にお話ししてほしいだけ。

 そのかわいいうそに、私は笑む。

「星と森のお話」


『むかしむかし。空に碧い星がいた。

碧い星は凍るように冷たくて、仲間の星から仲間外れにされていた。

寂しい碧い星は、地上に逃げた。

地上はたくさんの雪があり、寒い場所。きっとそこには仲間がいると思っていた。

けれども、地上に降りてみると、どこまでもどこまでも白い雪ばかり。

寂しい碧い星は、ひとりぼっちでわんわんと泣いていた。

泣いて。

泣いて。

泣いて。

碧い星の涙は雪を溶かした。

溶けた雪は川になった。

川は草原を作った。

草原は森になった。

緑の森は碧い星を包み込み、碧い星は山になった。

星と森は、今でも寄り添いあっている』


「ニナが聞かせてくれる中でも、この話はいっとう好きだよ」

 ディアンの黒いかぎ爪が、優しく私の頬に触れる。

「ニナの声は私を癒してくれる。ニナの手に撫でられたとき、私は本当の意味でまどろむことができる。ニナは私を受け入れて、抱きしめて、守ってくれるだろう?

だから私にはニナしかいないんだ。だから、ニナの膝は、私のものだ」

「そう」

 私はその爪に手を重ねた。重くて冷たいかぎ爪を、私の体温で包む。

「私だって、嫉妬するのよ」

 鋭いかぎ爪。

「私よりも先に、他人に触れたことに」

「あれは、ニナを守るために」

「ふふ、わかっているわ。いじわるをいってしまったわね」

 いじけたディアンの雪のような羽毛を指でなぞった。なでられる感触に、ディアンの目が細められる。

「ねぇ、ディアン」

 白い羽毛に、白い砂漠を、故郷の雪原を、思い出す。

「これから先どんなに多くの人が、私の文字を読むことができたとしても、私の声で、私の語る物語を聞ける特等席は、今までもこれからもあなただけのものなのよ」

 瞼を開け、私を映す藍色の瞳。その青に空の色を海の色を思い出す。

「そして、私が物語を語るように、私たちも語られるの」

 ディアンは私の手のひらに擦りついた。

 私の愛しいディアン。

「あなたが語られるとき、きっと、長く長く遺る物語になるわ」

 物語が人の中に住み続け。人は物語の中で生き続ける。

 そうして私はあなたに語り続け。私たちは語られ続ける。

「それってとっても、すてきなことね」

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書人物語 染谷市太郎 @someyaititarou

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