第25話
学校は着工から1ヶ月で完成した。
校舎はウッラを中心とした者たちが設計を。そして、教育の中身は、ユリアを中心とする者たちが担った。
形式上、計画の主催に私が来てしまうことは避けられないが、共同主催としてユリアと彼女の師の名前が入っている。
複雑な事情があったものの、私は完成した校舎を前に感嘆した。なにせ、『質素な作り』という私の注文に忠実に答えてくれたのだ。
新しい校舎は木造。アズラク公国では、建物の多くがレンガと土壁で作られている。しかし他と差別化するために、南西諸島でみられる建築を参考にしているらしい。
私は図案から手掛けたウッラとその学生たちに特に感謝の言葉をかけた。
彼らには無茶な仕事をしてもらった。しかし、完成した校舎という自分たちの成果を前に、誰よりも晴れやかな顔をしていた。
最大の難関は資金と思われていた。タジラ王に『想像の10分の1で済む』と言った以上、最低限の予算で納めなければならないのだ。
しかし、幸運なことに木材は簡単に手に入った。
テトラ商団の一件で、輸出関税はそのままになってしまったから、グラン王国の良質な木材が市場で余っていたからだ。
とはいえ、それ以上の困難は職人を手配することだった。
南西諸島の建築を再現できる職人は、アズラク公国国内にはなかなかいない。テトラ商団に睨まれるため、南西諸島から呼びつけるわけにもいかなかった。
ここで、ゴルドバーク家が役に立った。彼らが持つ伝手を利用し、腕のいい職人を呼ぶことができた。
「せんせい!」
ユリアやウッラに子供たちが駆け寄る。
彼女らの仕事は、これからが本番だ。この学校の先生として読み書きや算術を教えてもらわなければならないのだから。
子供に好かれている様子を見れば、心配はなさそうだ。
「シンプルな校舎だね」
私の隣にタジラ王の悩むような視線。言外に含まれるもっと豪奢なつくりにすれば、という考えが伝わる。
私は完成を祝う表情を保ちながらも、こそりと耳打ちする。
「故郷では、校舎なんて存在しなかったわ。木の影や、雨がしのげる場所。そこが学校だったの。ここには校舎だけでなく、立派な先生もいらっしゃる。きっと、子供たちは十分に読み書きを学べるわ」
それに、と私は付け加える。
「質素がいいのよ。最初の学校が後々のモデルとなるんだもの。貴族だけじゃない。商人や個人が、最初の学校が質素なのだから、簡素なつくりでも学校なのだと言えなければならないわ」
つまり、後続が作るハードルを下げるために、あえて質素なつくりにする。という考えだ。
豪華な校舎を、と言われた方がまだやりやすいかもしれない。しかしその難題に、ウッラたちは精力的に挑んでくれた。
ここが成功すれば ― 少しずつではあるだろうが、多くの子供たちに教育の場を与えることができる。
宮殿で働く子供たちや、市場で働く子供たち。幼少から労働力としてみなされる彼らが、学校に通う日を実現することができる。
そして……。
「おうひさま」
したっ足らずの声が私を呼んだ。
子供の鳥人だ。
警戒しいたずらに近寄らせまいとするアニータに、大丈夫と笑いかけ、子供と目線を合わせる。
「こんにちは。学校にいらっしゃってくれて、ありがとう」
笑いかける私に、もぢ、と恥ずかしがりながら木の板を見せる。
「まぁ」
木版に黒い炭で『ニナ』『タジラ』と書かれていた。まだ絵を描くような大胆さがある文字だ。
「私たちの名前を書いてくれたのね」
ユリアはやらなそうだ。ウッラたちが教えたのか。
私の言葉に、嬉しそうに子供はふくふくと羽毛を膨らませる。
それが、昔のディアンを思い出させた。
「いらっしゃい。あなたのお名前は」
「てぃあ」
子供を膝に乗せ、木版に『ティア』と書く。
「『ティア』。すてきな名前ね」
文字で書かれた自分の名前に、子供は目を輝かせ小さな手で撫でた。
「おーひさまー」
「おうひさまー」
それを見ていた他の子供たちも、わらわらと近寄ってきた。皆、自分で書いた文字を嬉しそうに見せてくる。
いずれこの子たちが、もっとたくさんの文字を書き、そして、読むことができる。
その未来に、私は目を細めた。
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