第24話
市場近くの空き地。
新たな学校が作られる予定地を私は見に来ていた。
ここへは視察だけでなく、ある方々との話し合いも予定している。
そろそろだろうか。現れるであろう方向から、しかし駆けてくる女の子の影が。
「ニ・ナ・さまー!!!」
少女はスライディングをしながら頭を下げる。
「お忙しい中申し訳ございませんわたくし先日アズラク大学にてお話をさせていただきました学生ユリアと申します!」
一息に申し出たユリアは、がばっと顔を上げる。
「突然ですがニナさまが取り掛かっております学校創設に関しまして、お話をしたく参上しました!」
警戒する兵士に囲まれたユリア。しかしそれも意に介さず、まっすぐに私を見た。
「必ずやニナさまのお力になれます。ですので是非、お話を! お話を聞いてくださるだけでも! 決して! 無駄な時間にはさせませんので!」
兵士の制止もものともせずにじり寄るユリア、私は兵士に目配せをし、彼女に向き合った。
「落ちつきなさい。いったいどのようなご用件でいらしたの?」
「はい。端的に申し上げれば、ニナ王妃、あなたの学校創設の計画をぜひとも、私共に任せていただければと」
「つまりあなたたちが私に代わって計画を進めるというのね」
「そうです! 私共は統計により人流や人口密度に関する情報を持ち合わせております。そのようなデータから、ふさわしい数の学校をふさわしい場所に作ることができるはずです」
ユリアは大切に抱えられていた紙束をニナに渡す。
「こちらは計画に対する提言です。ぜひ目をお通しください」
兵士つてに渡された計画書に目を通す。
私は震えた。そこには、私が想定していなかった問題やその解決策が用意されていたからだ。
「これは……」
しかし疑問に思った。なぜ今、私へなのか。
確かに、今目の前の書類を見た以上、私の計画の甘さは認めざる終えない。とん挫する可能性も高い。
とはいえ、たった一昼夜でこのように正確な書類を作ることができるだろうか。ましてやこの紙は上質なものだ。走り書きにしては字も丁寧。急いで作られたとは思えない。
もしや。
ユリアは元々、学校の創設を計画していたのではなかろうか。
ありえなくはない。私の発想は他の誰かが思いついていてもおかしくはないのだから。
手元の書類に目を通しただけでも、この計画を認めさせる確かな説得力を持たせるための努力が伝わってくる。ここまで力を入れたのだ。王族が鶴の一声で計画を攫われるくらいならば、頭を下げて計画に参入したいという気持ちも理解できる。
しかし、この計画をユリアに丸々任せることはできなかった。
「ユリア、残念だけれど―」
「ニナさまー!」
そこへ大きな水瓶を抱えた若者たちがいそいそとやってきた。
水瓶を置き、若者たちは膝をつく。
「ニナ王妃。ウッラを連れてまいりました」
「ありがとう。楽にしていいわ」
大きな水瓶の登場に、ユリアは目を丸くしている。そして彼女はすでに、水瓶を持ち込んできた若者たちがアズラク大学の学生であることにも気づいているだろう。
連れていた兵士の一人が、水瓶から中身を取り出した。
一人の元人の男が頭を抱えながら転がり出る。
男は周辺をきょろきょろと見回し、私に気づくと即座に平伏した。
「ああ、ニナ王妃、どうか、どうかお許しをっ、せめて妻と息子と学生たちはっ」
「ウッラ。いったい何を勘違いしているのかしら。私はあなたがたを痛めつけようなんて思っていないわ」
学生たちに目配せをし、ウッラの頭を地面から離させる。
「私は今日、あなたがたにある仕事を任せたいとおもい、あつめたのよ」
「ははぁ。どのようなことでも致します。ですのでどうか罰を受けるのは私だけで」
再び地面につけようとするウッラの頭を学生たちは止める。
まだ思い違いをしているようだが。とりあえず私の頼みを受けてくれるようだ。
「学生たちには話を通してあるわ。私はあなたがたに、学校を作ってほしいの」
「学校、ですか」
「ええ」
私は広い空き地と木材を指す。
「ここで、子供たちが集まり、文字や数字を学ぶ学校を」
「ニナさま、でしたらわたくしめにも協力をさせてほしいのです! わたくしも必ずやお力に!」
「落ちつきなさい、ユリア。まずは私の考えを聞いてほしいの」
にこりと笑み、彼女を仲間外れにはしないと伝える。
「私はぜひ、彼、ウッラにこの計画、学校の創設で活躍してほしいと考えているの」
ウッラは突然の名指しに首をかしげている。
「それは、ニナさま。贔屓をする、ということでありましょうか」
直接的なものいいに、学生たちは顔を青くする。
「結果的にはそうなるわ」
しかし私はまっすぐに答えた。
「けれど、これには意味があるの」
おびえたウッラを見やる。
「ごらんなさい、彼は学生たちに慕われ、そして同業の学者にも一目置かれていました。しかし今学者としての地位をはく奪されています。このままでは、ウッラ、そして彼が教えていた学生たちという重要な人材を我が国は失くしてしまいます。私は彼らに今一度チャンスを与えたいのです」
ユリアは未だに納得いかないようだ。
「もちろん、あなたも歓迎したいわ」
ユリアの努力を失くしたくはない。私はそう思う。
「だから―こんなのはどうかしら」
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