番外編 魔法学校の厄介な一日


「リス、しかめっ面になってる」

「ん……」


 ある夜のこと。夫婦の寝室にある暖炉の前で、いつものようにナイトティーを飲みながら、ユリシーズとふたりでカウチソファに座っている。寝る前に少しここで会話を交わすのが、夫婦の習慣になった。

 

「いじめっこ、まだ大暴れしてるの?」

「はあ。その通りだ」


 魔法学校に入学してきた子爵家の双子に、手を焼いているらしい。なんでも、気弱そうな男子生徒に目をつけて、毎日のように叩いたりぶつかったり嫌がらせを続けているのだとか。双子の存在が恐ろしいためか、生徒たちみんな萎縮してしまっているらしい。


「どうしたものかな」


 罰を与えたり、停学にしたり、最悪退学にするのは簡単だ。けれども、とユリシーズはずっと悩んでいる。

 魔力という、自分でも制御できないような力を宿した子供たちは、強大な自尊心で自分を守ろうとする。これはなにも、特定の生徒だけの問題ではないからだ。

 

「力でねじ伏せたら、王都の学校と同じことになる」


 魔法学校卒業生でもあるユリシーズは、自分たちが特別な存在である、と平気で他人を魔法でねじ伏せるような大人になってしまうことを、恐れている。


「難しいね」

「ああ」


 のびのびと彼らに魔法を学んで欲しいと願っているのだけれど、なかなかうまくいかないらしい。


「私、変装して紛れ込もうかな!?」

「は!?」

「様子見たいし~」

「……」

「ほら、目線が変わると別の解決策が浮かぶかも?」


 ユリシーズは額に手を当ててしばらく悩んだ後で、小さく分かったと言ってくれた。


「よし! んじゃ早速制服、手配しちゃうねっ」


 密かに、魔法使いのローブを着てみたかった、なんてことは内緒。



 

 ◇

 



「いいかセラ。絶対目立つなよ」

「分かってます」

「鱗、隠せ」

「隠してまーす」


 ハイネックシャツの上からブラウスを着て、しっかりとリボンを結んで眼鏡を掛けた。目立つ水色の髪色は、ユリシーズが金髪にするお薬を作ってくれた(お湯で流したら取れちゃう)。髪型だって滅多にしないツインテール(若さを出すため!)にして、眼鏡も掛けている。猫背な根暗ちゃんの演技で声も小さくしているし、結婚式に来ていた生徒たちにだって、絶対バレない自信がある。

 おまけに、私はユリシーズから基礎魔法を少し教えてもらっただけだから、生徒として授業を受けていても目立つ腕前じゃない。

 まだ生徒の人数は少なく二十名程度だけれど、基本的には貴族の子どもたちだし、そんな大きなトラブルにはならないだろうと――思っていた時期が私にもありましたね、ええ。



 クラスルームに大きな身体を揺らしながら入ってくる二人組こそが、ユリシーズが頭を悩ませているいじめっこ双子のジムとバーニーだ。


 

 短く刈られた茶髪に青色の瞳、二重顎ででっぷりとしたお腹。手首はいつも輪ゴムつけてるの? な感じのぷくぷく具合だ。

 十四歳のくせに大きな赤ちゃん、という形容がドはまりする双子は、まさにイヤイヤ期かというぐらい、毎日大暴れしている。

 

 人の物は勝手に投げる、本は破る、すれ違いざまわざと当たったり肩を小突いたりする、がお決まりというのがまた厄介だ。数名の女子生徒には、お手洗い入り口ギリギリまで後ろをついていったり、スカートを引っ張ったりという小学生男子並みのイタズラをしている。


「あーあ。これはリスも頭が痛いの納得」


 持て余しているのか、彼らなりの感情の逃げ道を探しているのか――いずれにせよ早く手を打たないと、双子にとっても他の生徒にとっても、良くない。

 

「えっと、セリーさん?」

「ひゃ」


 学校に通い始めて数日経ったある日のこと。クラスルームの一番窓際で後ろの席に着いてぼうっと考え事をしていたら、男子生徒に話しかけられた。


「ごめんね、驚かせちゃったね」

「んんん! こちらこそ、ごめんなさい。ぼーっとしていて」

「はは。良いお天気だもんね。……これ、落としてたよ」

「まあ! ありがとう」


 差し出されたのは、私が愛用しているペンだった。お礼を言って素直に受け取ると、薄い茶髪で深緑の目をした彼は、はにかむ。

 確か、名前はヘクトール。小さな男爵家の長男で、眼鏡を掛けている。とても真面目で魔力も高いとユリシーズからは聞いていた。


 セリーというのはセレーナを隠した私の仮名だけれど、いきなり途中入学してきた怪しげな同級生の名前を、しっかり覚えてくれていたのが嬉しい。

 

「おいおいおい~、ひ弱なくせに女は口説くのかよ~」

「何しに来てんだかー? ひゃはは」


 そこに即効絡んでくる双子に辟易へきえきする。顔を上げると、少し離れた窓際にぎゅうぎゅう並んで立って、こちらをニヤニヤ見ていた。いやもう全力でお前がな! と言いたいところだけど、目立ってはいけないので我慢する。

 するとヘクトールは、溜息を吐きながら私から離れて行った。クラスルームの他の生徒たちも、縮こまって静かにしている。


 のびのび学ぶ、というにはほど遠い現状に私も大きな溜息を吐いてしまった。すると双子がまたそれに突っかかってくる。

 

「おい、なんだ~その溜息。不満か?」

「文句あるなら、言ってみろよ、ブス」


 

 溜息すらも標的にしてくるだなんて、目立たないよう努力したのが水の泡じゃんね。ならもう、いいか!



「はあ。文句はないけど……そやって誰彼構わず絡んでたら、痛い目見るよ」

「はは! 俺らに勝てるやつなんて!」

「いるわけねえ!」


 椅子から立ち上がった私は、思いっきり息を吸い込んで、できるだけ大きな声で叫ぶ。


「うごくな!」

「「!!」」


 大魔法使いユリシーズですら動けなくなった私の能力に、ふたりは目を見開く。必死に身をよじるが、やはり動けないようだ。

 

「さてさて。どうしてやろっかな~」


 これ見よがしに舌なめずりをしながら、近づいてみる。悪役って、楽しい。

 

「おいっ」

「まてよっ」

 

 すると、ヘクトールがおずおずと前に進み出た。普段からたくさん殴られたり私物を壊されたりしている彼だから、当然少しはやり返したいのかなと思ったけれど、予想と異なる言葉が出てきた。


「あの、自由にしてあげて、セリーさん」

「いいの?」

「うん」

「優しいね、ヘクトール」

「違うよ。校長先生ってすごく強いでしょ。ひとりで街道整備しちゃうし結界維持しちゃうし、湖を割るのだってなんだってできちゃう」


 それからヘクトールは、恍惚とした顔で言い放った。


「そんな大魔法使い様が怒ったらさ、このふたりなんて一瞬で消し炭だよね! 実はボク、それが見たかったりして。だから我慢できるんだ~うふふふ」

「ぎょわ!」


 こっちもこっちで、やばかった!!


「あー、おっほん」


 いつの間にかクラスルームに来ていたユリシーズが、入り口から歩いてきながら苦笑している。くるぶしまである黒いゆったりとしたローブに身を包んだ、我が王国最強の大魔法使いが放つ威厳で、誰もがごくりと唾を飲み込んだ。


「確かに消し炭にもできるし、退学にもできる。でもそれはしたくねえ。ここでちゃんとした魔法使いになって帰るって入学の時に約束したろ。忘れたのか?」

 

 それから校長先生は立ち止まり、忌々し気に言い放った。


「ヘクトール。殺すのなんざ、一瞬だ。けどな、殺したっていう嫌な感覚は、死ぬまで一生ねっとりと心に付きまとう。想像してみてそれが快楽だってんなら、魔法使いになる資格はない。魔力封じて家に帰す」

「!」

「ジムとバーニー。態度を改めないようなら、魔力封じて家に帰す」

「うぐ」

「……」


 全員シンとなる中、私だけ目がハートになっていたのは許していただきたい。だってかっこよすぎませんか、私の旦那様! そうしたら、呆れたような顔を向けられた。

 

「……そいつら解放してやれ」

「あ。はーい」

 

 直立不動になっているふたりに「もういいよ」と声を掛けると、へなへなと力が抜けたようで床に尻もちを突いた。ふたりとも、呆然としている。女だから、華奢だから、といって油断できないことを、身をもって分かってもらえたかな。


「くそ……くっそ!」

「やっぱり、魔力封じるのが、目的なんだよな……」


 ところがジムとバーニーは、床に座ったままオイオイ泣き始めた。

 

「え?」

「おれたちなんかどうせ、厄介者だ!」

「勉強したって無駄さ。邪魔なんだよ。ここに閉じ込めておきたいだけだ」


 それを聞いた私は、思わず彼らに駆け寄って、ふたりを抱きしめた――大きすぎる体に腕が回らなくて、ラリアットするだけになっちゃったけど(その証拠に「うぎゃ」とか「ぐふ」とか声がした)。


「そんなことないよ! 厄介なだけだったら、家にずっと閉じ込めるよ!」

 

 私には今、自分の気持ちを懸命に伝えるしかできない。


「それでも送り出してくれたんだよ! 魔力なんて、普通はどうしたら良いのかなんて分からない。持ってない人からしたら怖いよ。だから、ちゃんと学んで、立派な魔法使いになって帰ろうよ! ね?」

「それでも! 受け入れてもらえなかったらどうすんだよ!」

「そうだよ! 帰ってくんなって、言われたらっ」


 私たちの様子を、クラスルームにいる全員が固唾かたずを呑んで見守っている。みんな、同じようなことを考えていたのかもしれないと感じた。


「はは。そりゃ、願ったり叶ったりだな。ならここに残って、先生になれ」


 ユリシーズが唐突に、にやりと笑った。

 

「!」

「先生……?」

「そうだ。お前らみたいなのがどんどんここにもやってくる。俺は年を取る。なら次はお前らが、そんな奴らの面倒を見てやるんだ。そのためにも、魔力と感情を制御する方法を学べ」

「「!!」」


 双子の体に力が入ったのを感じて、私はそっと離れる。


「お前らよりはるかに高い魔力を持った奴が来るかもしれん。そいつが暴れたらどうする? ……消し炭にするか?」


 ヘクトールがびくりと肩を揺らした。


「そうならないために、俺は封印結界を研究した。さあ座れ。今日は初級封印の魔法陣の書き方だぞ」


 生徒たちの表情が、明るくなった気がする。

 バタバタとそれぞれの席に着いていくのを悠然と見ながら、ユリシーズはクラスルームの前へと歩いていく。途中、床に膝を突いていた私の手をぎゅっと握って起こしながら。

 涼やかなエメラルド色の目が「無茶したな」と暗に言っていたけれど、私は抱き着きたくて仕方がなかった。




 ◇



 

 寝室のカウチソファで、私は頬を膨らませていた。


「おいセラ、なにふくれてるんだ」

「ふーんだ」


 一日魔法学校で過ごしてみて気づいた、ユリシーズのモテっぷりに心がザワついているのだ。十二歳から十六歳までの女子たちが、魔法書片手にこぞって取り囲んで、さり気なく袖を掴んだり顔を下からのぞき込んだり――完全にアピールだよね!? と歯ぎしりしてしまったことは否めない。


 なにせ私は前世と鱗持ち。厄介者でしかない。もっと若くてかわいくてすんごい魔力持ってる子が現れちゃったらと思うと、本当に余裕がないのだ。

 

「しかめっ面になってるぞ」


 ユリシーズが、横から鼻頭をぎゅっと摘まんでくる。

 

「ぶみ」


 思わず鳴いてしまった私を見て目を丸くした後、「くくく」と楽しそうに笑う。


「頬は膨らませるし、鳴くし、ほんとカエルちゃんだな」

「はいはい! 色気がなくて、すみませんね!」

「何拗ねてんだよ。色気なんてなくたっていいだろ」

 

 そうかもしれませんけども。複雑な乙女心なんですよ。

 

「あのなあ。それを言うなら……あれからジムもバーニーもヘクトールも、お前に夢中なんだぞ」

「はい?」

「もうセリーは来ないのかって会う度聞かれる」

「じゃ、行こうかな……わ!」


 すると、無言でがばりとお姫様抱っこで持ち上げられて、あっという間にベッドまで運ばれた。


「だめだ」

「ええ!?」

「行かせない」



 ――わたくし、カエルちゃん。蛇侯爵様にがぶがぶと食べられてしまい、体がだるくてベッドから二、三日出られませんでしたとさ。




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 お読みいただき、ありがとうございました!

 次は家族が増えた話とか、書きたいなあと思っております。

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