怪物の足跡


 * * *



 ――タイキとヤスカが鶏の飼育小屋に近づくと、まず異臭がした。

 扉を開けたのなら、絵の具を飛び散らしたかのように血が辺りを染めていた。

 鶏の姿は一羽もなく、ココの姿もなかった。


 イワサキに報告して、飼育小屋がどうなっているのかを見せたのなら、すぐに警察がやって来た。


 飼育小屋の中には、ケープが一枚、落ちていたらしい。色褪せてはいるものの、繊細な模様の入ったケープ。タイキも最初に飼育小屋に来た際、それを見ていた――あれはタケウチのものだと。

 警察もすぐにそれがよく問題を起こすタケウチのものだと気付いて、タケウチが飼育小屋を荒らしたのではないかと考えたが、その後タケウチの姿はどこにも見当たらなかったらしい。


「……どの鶏も、みんなかわいかったのに」


 保健室。茫然と椅子に座るタイキとヤスカに、そう声をかけてくれたのはイワサキだった。


「しかもみんなよく長生きしてくれてた……ココばあちゃんなんて、あれは何年生きてたんだっけなぁ……それがこんなことになって」

「――ココばあちゃん?」


 ココは小柄な鶏で、だからこそ若いとタイキは思っていた。だがイワサキのその言葉に、顔を上げる。イワサキは頷いた。


「ココはかなり長生きしてた鶏だったよ。昔はなぁ、毎日卵産んでたんだ、それを先生は職員室で毎日食べてた! でもココはおばあちゃんになって、卵産まなくなってなぁ」

「……ココ、卵産んでたよ」


 ずっと泣いていたヤスカが首を傾げる。

 その通りだった。ココは卵を抱えていたのだ。


「真っ白で、かわいい卵……」

「ん? いやココは……赤い卵を産む鶏のはずだけど」


 ――それでは、あの卵は何だったのかと、タイキは瞬きできなくなってしまった。

 きっとココの子が、ヒヨコが生まれると思っていた。しかしココの子ではないとしたのなら。

 そして、そんなことはあり得ないとは思うが、場合によっては鶏の卵でないとしたのなら。


 思い出してみれば、ココは腹ばかり血に染めて、くちばしや胸を血で汚していることはなかった。

 自分の手をつついた時こそ、くちばしに血をつけていたが。


 本当に血塗れだったのは、ココではなかったのかもしれない。

 ココではなく、その下の――。


 けれども、卵なのだ。

 これから何かが生まれてくるはずの、卵だったのだ。

 そんな卵に……とタイキは思ってしまったが。


 卵がくる、と言っていたのは、誰だったか。

 卵から生まれた「何か」ではなく、「卵」がくる、と。


 ――血塗れの鶏小屋に入った際、見た。

 タケウチのケープの周りに、何か、血塗れのボールのようなものが転がった跡があったのを。

 それは決して、ころころと、流れるように転がった跡ではなかった。

 ケープの周りを意思を持った様子で転がり、小屋全体を転がり、柱や天井にも跡をつけながら転がっていたらしいそれ。


 追った先は飼育小屋の扉で、その先の外にはもう、血の跡は残っていなかった。



【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪物はまだ生まれていない ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ