エピローグ

 因果応報なんて言うのが、昔の考えにはあるらしい。


 なんでも酷い目に合う奴は、それ相応に、酷いことを昔したから仕方ないのだと。


 たとえ今の人生で酷いことをしていなくても、前世だか前々前世だかで酷いことをしたのだから、その報いを今、受けているのだと。


 それを聞いて、バカじゃないの? とそう想う。幸も不幸も、別に大した意味なんてどこにもない。


 幸も不幸も須らく、この世のどこかにばらまかれ、どこかの誰かが受け取ってしまう。


 宝くじとおんなじで、数多の人がそれを受け取とるけど、どこかの誰かには必ず、それがどれほど極小の確率でも当たりが出る。宝くじと違って、それがプラスかマイナスかはその時次第なんだけど。


 そこに意味は、別に大してありはしない。不幸になったからって、それにふさわしい理由なんて、残念ながらどこにもない。


 結局のところ、たまたまで。どれだけ原因を考えても納得できる理由なんて、ちっとも見つかってはくれないのだ。


 だからといって、それをよしと、言えるほど大人にはなりきれてもいない。あの不幸があったから今の私がここにあるとか、胸を張って言えるほど、人生謳歌もできていない。それなりに痛みと傷を引きずって、私達は今日も生きている。


 「めずらしーじゃん、ねーちゃん。タバコなんて吸ってさ」


 「うん、ちょっと懐かしくなって久しぶりにね」


 ふーと肺から漏れだした煙たちは、喫茶店の中、換気扇の元へとゆらゆら消えていく。あの一件から、すっかり煙草は私のルーティンに入ってしまって、しっかりとニコ中になってしまった。まあ、言うて昔のことを想いだす時くらいしか吸わないけどね。


 対面の弟は軽く息を吐くと、もっていたアイスコーヒーを勢いよく飲み下した。弟の眼には、今では度の強い眼鏡が入っていて、それが何度見ても野暮ったい。十年前の一件で、弟の視力は極端に下がったから、その後遺症のみたいなものだった。服薬して視力が下がるものなのかってのも、私にはよくわからないけど。


 「かーさん、元気?」


 「まー、元気? 最近はうちのしば公のインスタにご執心」


 「そっか、おやじは?」


 「大学仲間とテニス始めたって、あんたにあったら、またテニスしようっていってたよ」


 「そーかい。まあ、よろしく伝えて」


 「うん、あんた、正月は帰ってくるの?」


 「ん――――……帰んないとダメかな」


 「好きにしたら?」


 「……じゃあ、帰んないかな」


 「ん、わかった。私から適当に言っとくよ、院が忙しいとか、実際忙しいでしょ?」


 「うん、助かる。ありがと」


 そんなやり取りを交わしながら、二人して近況の報告を何気なくし合う。


 いつかの一件以来、半年に一回、なんとなく始めたこのお茶会は、十年経ってもだらだらと続いてる。あの一件以来、弟は明確に親と距離を取るようになって、親たちも私達にとやかく言うことが少し減った。


 何か、手放しに上手くいったわけでは決してない。


 確実に、傷を伴う何かを、私達が負ったのは確かだった。


 そこにふさわしい理由とか、意味はきっとない。


 不幸や、不運に、合理的な理由なんて求めたところで、犯人すら見つけられない。そういうどうしようもないものを人は、運命と、ずっと呼んできたんだろう。


 そんな理不尽に諦めを抱いて、屈してしまいそうになる夜は、未だに少しあるのだけど。


 それでもまだ、私達は、今日、ここで息をして。


 「あ、時間だ。ごめん、そろそろ行くわ」


 「うん、なんだっけ彼女さん?」


 「そう……かなあ? 年が離れすぎてるから、どういう関係か、私も未だに量りかねてるかも……」


 「姉ちゃん、甲斐性なしだからなあ……ちょっと心配」


 「うん、きーつける。しっかりするわ、人に取られたくはないからね」


 「お、意外と素直。それも彼女さんの影響?」


 「あー、かもねー」



 そうして会計だけ済ませて、弟に手を振ってから、その日は別れた。





 きっと不幸に意味などない。





 ついた傷はいつまでたっても、私の中から消えてはくれない。



 希望など、誰かが創ったウソ話、そんなことは、うん、わかってる。



 わかってるけど、きっと、この世の中も不幸だらけってこともない、はずだ。



 そんなことを、根拠もなく信じていたら。



 少しくらい生きててよかったと、いつか笑える日が来るだろうか。



 待ち合わせの時間に遅れていないことを確認して、公園のベンチにそっと腰を下ろす。



 それから、少し入手がめんどくさくなった紙タバコに、火をつけた。



 そうして、ゆっくりと眼を閉じながら、君が来るのを待っていた。



 ある秋の暮れの頃。



 少し寂しくなって、誰かを抱きしめたくなる、そんな頃。



 私達は、生きていく中、どうしても消えない傷を抱えながら。



 それでもまだ息をして。



 「正義マン、参上!」



 そうやって、君がついた、小さな嘘をずっとずっと信じていた。



 それが嘘であることを知ったまま、それでも信じていたいと願いながら。



 ずっと、ずっと。



 君と一緒に。

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喫煙少女と正義幼女 キノハタ @kinohata

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