Your Letter

月瀬澪

Your Letter


「郵便です」



 無愛想な表情をした郵便配達の男が、今日もやってくる。


 私はいつも通り、一通の小さな手紙を受け取る。いつも通り、差出人は書いていない。


 私に手紙を渡すと、郵便配達の男はすぐ、バイクにまたがった。



「あのぉ。いつも差出人のわからない手紙が私に届くのですが。これは一体、何なんでしょうか?」



 郵便配達の男は、首を傾げる。



「えー、僕はしがない一人の郵便配達員ですので。差出人様の意図までは、わかりかねますが……」



「でも、これ、宛先も書いてないじゃないですか。どうして私のところへ、毎日のように届くのですか?」



「僕は、とある人に、この手紙を、この場所に、必ず届けるように言われているだけですので……」



 それだけ言うと、郵便配達の男はバイクのエンジンをかけ、そのまま去っていった。


 バイクがまき散らした砂埃と共に、私はやり場のない溜息をつくと、部屋へと戻った。




 今まで届いた差出人不明の手紙は全て、気味が悪かったので、封も開けずにそのままにしていた。


 最近、仕事もプライベートもうまくいってなかった。だからと言って、愚痴をこぼせる友人も近くにいない私は、こうしてわけがわからない手紙を毎日のように受け取っていたので、だんだんと苛々が募っていた。



「なんなの、一体」



 私はついに、今まで一通も開けていなかった、誰が書いたかもわからぬ手紙を開封した。



「毎日、誰がこんな手紙を送ってくるって言うの」



 中身を乱暴に取り出す。小さな封筒が入っていた。


 その封筒には、なぜか宛先も差出人も書かれていた。



「……え?」



 それらを目にした私は、驚いた。



 宛先は、会社の先輩。差出人は、私の名前だったからだ。



「これは一体……?」



 私は気になって、他の手紙も開封した。



 宛先は、様々だった。



 故郷に住むお母さんの名前。


 今は海外で仕事しているお姉ちゃんの名前。


 喧嘩してしまい疎遠になってしまった親友の名前。


 昔、付き合っていた恋人の名前。


 書かれている名前は、全て、私の知っている人ばかりだった。



 そして、差出人は全て私だった。



「どうして……?」



 私は宛先が会社の先輩の封筒を開けてみた。


 中には便箋が入っていた。


 私はそれを取り出し、中身を読む。



 そこには、先輩に対する仕事への不満や、仕事の中で自分のやりたいことなどが、つらつらと並べられ、しかも、的確に書かれていた。



 誘われるように、他の封筒もすぐに開け、中の便箋を読む。



 ある便箋には、お母さんへ照れくさくて言えなかった温かい感謝の言葉があふれていた。


 ある便箋には、お姉ちゃんへ絶対、口に出して言えないような心配の言葉が次から次へと飛び出していた。


 ある便箋には、喧嘩した親友へ、意地になって言えなかった謝罪の言葉が不器用なりに並べられていた。


 ある便箋には、昔の恋人へ、どうしても伝えることが出来なかった自分の気持ちがありありと綴られていた。



 私の文字で、私の言葉で、私の伝えたかった想いや気持ちが、そこには詰まっていた。


 どの手紙も嘘も偽りもなく、全て、私がいつか思ったこと、いつか考えたことだった。


 私はその手紙を一枚一枚、夜が更けても、じっくりと読んでいた。






「郵便です」



 いつも通り、次の日も手紙が配達されてきた。



「おや。手紙を読まれましたか」



「……はい」



「手紙は、その人の想いや気持ちを文字で代弁するものです。たとえ不器用でも、それを伝えることが出来ない手紙というものは、この世には存在しません。あなたは、知らず知らずのうちに、自分の伝えたいことを、どこかに置き忘れていませんでしたか?」



 郵便配達の男は、いつもの無愛想な表情で、淡々と私に言った。



「僕はね、その伝えたいことを、あなたに届けることが仕事だったのです。あなたが正直者で、素直な人で助かりました。おかげで僕も、手紙を届けることを迷わずにすみましたよ。そして……」



 郵便配達の男は、鞄の中から、一通の手紙を取り出した。



「これが、最後の手紙になります」



 私に手紙を渡すと、いつもどおり、郵便配達の男はすぐにバイクにまたがった。



「あの……。あなたは一体?」



「ただの、しがない郵便配達員ですよ。では……」



 それだけ言うと、郵便配達の男はにやりと笑みを溢し、バイクのエンジンをかけ、そのまま去っていた。



 バイクが巻き上げた砂埃の中、私はすぐに受け取った手紙を開けてみた。


 中身は、宛先も何も書いてない封筒に、真っ白な便箋が入っているだけだった。




 ――手紙は、その人の想いや気持ちを代弁するもの――



 ――どこかに置き忘れていませんでしたか?――




 郵便配達の男の言葉が、頭の中によみがえる。


 私はもう二度と、伝えたいことをどこかへ置き忘れたりはしないだろう。


 なんとなく、そう思った。



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