幼女法廷

「ふえぇ、どうすればいいのか分からないよぉ……」

「シケーにしちゃえばいいよ! ミコのアイス食べたんだからトーゼンだよ!」

「でも、そのアイスは元々お兄ちゃんが買ってくれたモノだよ? シケイはやり過ぎじゃないかなぁ」



 どういうワケか、俺の三つ子の妹であるナコ、ミコ、ユコがベッドシーツで誂えた法服を持って食卓に付き、俺が買ってきて俺が食べるつもりだったアイスを俺が食べたことによる裁判を開廷した。



 俺は、暇つぶしにこのアホどもの話を聞くことにした。歳の離れている妹が、何にハマっているのかを知っておくのも兄の務めだろうしな。



 因みに、アイスは四つ買っていて三つは既に勝手に食われている。大方、次女のミコがジャンケンで勝利して勝手に所有権を主張しているのだろう。



 泣ける。



「と、とりあえずキソジョーを読むよぉ……」



 起訴状まで用意してるのか。検察官役のユコが読むようだが、ごっこ遊びにしてはディテールに凝っている。



 ミコが被害者、ナコが裁判長だな。



 弁護士がいないところが、やたらと悲哀を誘う。



「え、えっとねぇ。『主文。被告、イチロウお兄ちゃんは令和5年7月15日17時30分頃。戸松家宅内において次女ミコお姉ちゃんが管理するアイスクリームイチゴ味一個(150円)を窃取せっしゅ及び食した。罪名及び罰条、窃盗刑法第235条』だよぉ……」



 !?



「結構だよ。それじゃ、ボートーチンジュツを……」

「待て待て待て。黙秘権の告知は? 事件に対する陳述は?」



 というか、今の滑らかな読み上げはなんだ?誰が書いたんだ?それ。 



「っさいなー。はいはい、イチロウお兄ちゃんがミコのアイスを食べてミコを悲しませました。これでいいでしょ?」

「お前は被害者だろ」

「ケンサツカンも兼ねてるから」



 検察官二人がかりで自己弁護とは、とんでもなくイリーガルな法廷だ。



「あと、モクヒケンなんてないから。ジコベンゴも禁止」

「なに!?」

「お兄ちゃん、まさか高校生が小学生相手にトーロンするつもり? 虐めたらママに言いつけるよ?」

「なら、お前たちが『お願い』もなしに勝手な俺にアイスを食ったこと。かーちゃんに言いつけるから」

「は、はぁ!? 意味分かんないんだけど! もしかしてロリコン!?」



 今の脈略のどこに俺がロリコンである根拠があったんだよ。



「セーシュクに。ヒコクニンは許可なく発言しないでください」

「……はい」



 どこで覚えたんだ、そんな言葉。



「それでは、ボートーチンジュツに移ります。ケンサツ側は、ヒコクへのツイキュウとショーコのテーシュツをお願いします」

「う、うん。これだよ、ナコお姉ちゃん」



 ユコが提出したのは、俺が愛用している銀のティースプーンと空のカップだった。



「え、えっとぉ……。被告は、バイト帰りに戸松家の冷凍庫を物色し被害者のアイスを盗み食いしたものであります。被告は日頃から疲労の際に甘い菓子を食す傾向にあり、今回の犯行もそれに倣ったモノであると思われます」

「異議あり!」

「ふ、ふえぇ!?」

「却下します、ケンサツは続きをお願いします」



 な、なんなんだ。この悪夢は。



 俺の生き甲斐である天使のユコちゃんが、いつの間にか法学被れのインテリ幼女になってしまっているではないか。



「うん。お兄ちゃん、おっきい声出さないでね?」

「す、すまない」

「あの、その……。刑法第235条によれば、『他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する』とあります。従って、イチロウお兄ちゃんには『三姉妹との結婚』、及び夏休み中『毎日アイスを買ってくれる刑』を要求します」

「異議あり!」

「却下します! お兄ちゃんは私たちをお嫁さんにしてください!」



 えぇぇぇ!?



「ミコはシケーがいいと思いまーす。お兄ちゃん、最近汗臭いからケッコンはしたくありませーん」



 こ、このクソガキ……。



「でもね? でもね? お兄ちゃんがいないと、ユコたちプール行けないよ?」

「え〜。ナコお姉ちゃんはどう思うの?」

「私も、シケイは痛そうなので可愛そうだと思います。いっぱい血が出て、グチャグチャになって死ぬのはダメです」



 こ、絞首刑とかじゃねーんだ。



「それでは、ヒコクニン質問へ移ります。ケンサツカン」

「は、はい。あのね? あのね? お兄ちゃん」

「なんですか」

「もう、こんなことしないって約束できる?」



 急に核心に切り込んだ質問するじゃん。事実確認とか情状酌量の模索とかじゃなくて、100%俺が悪い扱いで進んでるじゃん。



 俺のアイスだったのに。



「は、はい。しません」

「ユコのこと、お嫁さんにしてくれる?」

「いや、だからそれは……」

「ふぇ、してくれないの……?」

「する! します! 三人ともお嫁さんにします!」

「えへへ、よかったぁ。あと、明日プールに連れてってね。約束だよ?」

「いや、明日は友達と約束が」

「ふ――」

「わかった! 行く行く! 兄ちゃんもプール行きたいと思ってた!」



 言うと、ミコがシタリ顔で俺を見下し何故か一発ビンタをくれ、「ケッ」と言って戸棚から俺のチョコレートを盗んだ。



 頼むから、その罪もこの法廷で裁いてくれ。



「それでは、判決。シケイ」

「なんでだよ!!!」



 その日の夜にかーちゃんから聞いたのだが、俺の叫び声は3ブロック先のご近所さんの家まで届いていたそうだ。



 結局、俺は本当に夏休み中ずっとアイスを奢らされ続けた。



 色々とツッコミどころがあるが、言い返すとどんな法的措置を取られるのか分かったモノではないから言いなりになるしかない。



 俺は、将来こいつらの恋人になる男はきっと苦労するだろうな、と。



 プールサイドで焼きそばを啜りながら、はしゃぐ水着姿のチンチクリンな妹たちを眺めてそう思った。

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