鳥子星

高黄森哉


 ここは始めの星なんだって。うんそう、スゴロクでいう初めの星。青と緑の惑星。ほとんどが海洋で、三割の陸地。ここが最初の土地。


「初めってなんのだい」


 彼女の説明に耳を傾けていた少年は尋ねた。嗚呼、硝子球があって、眼下には星が見える。そこは彼らの目指していた、


「私たちの。私たちが銀河にあふれ出す前、ここにいた」


 惑星なのだ。


「じゃあ、僕のお父さんとお母さんの、そのお父さんとお母さんの、そのまたお父さんとお母さんの、」

「うん。そうよ。うんと遡ると、ここにいた」

「不思議だね。いまじゃ、見る影もない」


 終結線ターミネータを挟んで、夜と昼があるが、夜のほうに、かつて見られた文明の蜘蛛の巣はない。


「人はいるのかしら」


 と少女は言った。


「降りてみようよ」


 少年は姉らしき少女に提案した。まだ、銀河バスの時刻まで、恐ろしく暇があった。宇宙船には沢山の材料と、娯楽が載っていて、その中にはスゴロクもあった。そのゲームの地図でいう、何もないマス目を踏むような毎日で、二人は嫌になる。


「降りてみよう」

「うん。聞こえてるって。いまやってる」


 昔ほど、大気圏突入は難しくない。高度に発達した、それも星程ある非常識な大きさのコンピュータが、無線でその作業を済ませてくれるからだ。二人はただ、景色を眺めているだけでよかった。

 強烈な太陽光を絹のように反射する雲海。ところどころに切れ目がある。だから、地上に写る雲の影は斑になっている。また、切れ目から滝のようにカーテン上の木漏れ日が注いでいる。

 そして草原が近づいてくる。草海と表現してもよさそうなほど敷き詰められた、敷物じみた、風景が地平線まで広がっている。飛行船の影がぽつり、雲の影は島のように。鳥が飛んでいる。


「地上は一様な草原だね。なんていう植物だろう。この植物は地上を支配しているようだね」

「そうね」


 彼らの乗っている飛行船の駆動音につられてか、鳥類が五羽ほど飛来してくる。サギのような見た目だ。白くて一メートルくらいか。船の周りを一定間隔を保ち、編隊を組みながら旋回している。


「なんていう鳥なんだろう」

「さあ。ま、いいわ。ここらへんでピクニックにしましょう」

「うん」


 降り立って見ると、草原の雑草類は踝ほどしかなかった。飛行船は四本の足をはやして地上に着陸する。まるで奇怪な家が、丘の上に佇んでいるようだ。


「さ、ビニールを敷いて」


 少年はビニールの端を一度持ち上げ、波打たせることで皺を伸ばした。二人は飛行船とやや離れた場所で昼食を摂ることにした。もっとも、彼らにとっては夜食なのだが。女の子はサンドウィッチを頬張る。


「あの鳥、ずっと飛んでるね」


 大型の白い鳥は、五羽で三角形を作り、羽ばたいている。空は四割曇りといった具合で、灰色の羊雲は裏側から光を当てられ、異様に光り輝いている。風が吹いて、湿気た匂いを二人に届けた。やけに生温かな空気だ。


「ねえ、この星の人はどこに行っちゃったのかな」

「さあ。こんな陰気な場所が嫌で、全員、宇宙に逃げちゃったんじゃない」


 少女は言った。風が吹いている。


「もう、ここには誰もいないのかな」

「わからない」


 少年は丘を少し下ったところに、鳥の死骸を見つけた。好奇心から近づいてみる。彼らの星には鳥はいないので、ひどく珍しい動物に思われた。電子図鑑でのみ知る存在だ。ずっと気になっていたのだ。

 少年は、やや風化した死骸を汚いとも思わずに、表面の埃を掃う。長い首を赤子にするように支え観察する。だらんと胴体に繋がった首。


「ひっ」


 彼は思わず鳥の首を手放してしまった。鳥の目玉が、人間のそれと同一だったからだ。これ、人類の鳥子星とりこぼし

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鳥子星 高黄森哉 @kamikawa2001

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