第14話 芯
「う、うるせぇ!」
葛生は力任せに、もう片方の拳もこちらに振るう。だが、そんな単純な攻撃、見え見えだ。さっきより簡単にキャッチ出来る。
「は……は……は!? なんで! なんで陰キャで雑魚でノンスキルのお前がこんなパワーを!」
「もう、雑魚じゃない。俺はスキルを手に入れたんだ」
さて、こういう奴には……お灸を据えないとな。俺は力強く、掴んでいる拳を握りしめた。
「あががががが!」
苦しみに悶え、思わず苦しみの声が漏れる。いくらスキルで強化しているとはいえ、このまま握り続けたらこいつの手、壊れちゃうよな。
ま、壊したい訳じゃないし、配信中だし……俺はパッと手を離した。
「お、俺の腕が……」
真っ赤に腫れた手を見て、情けなく項垂れる葛生。あの威勢の良さはどこにいったのか。
《ユウざっこwww》
《なんか、陰キャとか馬鹿にしてるわりにはやな》
《てかユウってこんなやつなんだ……》
「くぞが……ぐそが……ごろす……ごろじてやる……」
「最後に1つ、聞いておこう。お前は今までいじめてきた奴に、後悔の念はあるか?」
そう、こいつは絶対、俺以外の奴にも暴力をふるっているはずだ。それも、非力で無力なやつに。許せない。
俺は、ずっとずっと痛みを受けてきた。こいつに、何度も殴られたし何度もバカにされた。スキルがない、その一点だけで。だから、他人の痛みも分かる。
でも、こいつは何の痛みも感じてない。人をいじめることに対して。あの愉悦的な顔を見れば、一目瞭然。
「バカが! 弱者をいじめて何が悪い! 搾取して何が悪い! それが社会だ! そして、それが出来るのが強者だ!」
ほら、やっぱり。
「だからぁ! お前みたいな雑魚陰キャが……俺に叶うわけないんだよォ! 虐められてたあの日みたいに、俺に跪け!」
葛生は呪詛をぶちまけながら、その汚らわしい口で俺の足に噛み付こうとしてくる。こんなやつ、スライムの力を使うまでもない。
「お前、もう、黙れ」
俺は、俺自身の力のみで、葛生の顔を思いっきり蹴りあげた。
「げびゃぁ!」
葛生の口は、結局俺に届かなかった。そして、無様に宙を向かされたあと、気絶したかのように倒れ込んだ。
「……PVPルームで負った外傷は、重篤な場合を除いて罪に問われない。互いの合意の上だから。そして、出る時には治療スキルのサービスで大抵の傷は治る……だが、一応これだけ置いてくぜ」
そう言って、俺は3000円を地に置いた。治療費。
「あ、やばい……配信……」
俺は咄嗟に画面を確認した。やばい、やりすぎたかな……
《スライムくんかっこいい!》
《いじめられてた奴が、いじめっ子を倒す……ホントのヒーローじゃんか》
《ユウってやつ、とんでもないロクデナシじゃないか? よくやったスライム!》
《叩いてるヤツら。ここPVPルームだから互い合意の上ね。それで、あいつを倒したって訳。ナイスファイト》
溢れていたのは、罵声でも非難でもなく、暖かいコメントばかりだった。
「みなさんありがとうございます……! それと、すいません。少し汚いところを見せてしまって。でも、弱者でも、いじめられっ子でも、きっかけ1つでヒーローになれる。それをみなさんに伝えられたら……それは本当によかったと思います! そのきっかけは、人それぞれ。でも、これだけは言えます」
俺はすうっと息を吸って、元気よく言った。
「ヒーローは誰にでもなれる! 以上、スライムヒーローでした!」
《乙》
《楽しみにしてるで》
《またな!》
大歓声を受けながら、俺は配信終了のスイッチを押した。
――
「『スライムヒーロー、有名配信者を断罪! なおブレイクチャンネル・ユウは登録者激減』か……」
「何を見てるんだ?」
俺が部屋で寝っ転がりながらスマホを見ていると、スライムが話しかけてきた。
「今日の配信を取り上げた記事だよ。炎上するかと思って心配だったが……どうやら大丈夫だったようだな」
「……私はあまり人間社会に詳しくないからノーコメント。まぁ、
相変わらず淡白な返事だぜ。もう少し、褒めてくれてもいいのにな。
「俺さ、あのコメントとか、葛生とか見てて思ったんだけどよ。人って、何か絶対的なものを、心に置いておきたいものなんだ」
「ほう?」
「俺だったら、配信と辛い記憶。葛生だったら、弱者をいじめること。みんな、絶対的なものがあるじゃない。だからどんなに腐ってても、芯がある。芯があれば、折れることは無い。いくらいじめられようと。いくら嫌な思いをしようと。何度だって立ち上がれる。」
スライムは黙ったままだ。
「俺はそれを知っている。だからさ、俺は芯になれる人になりたい。あのコメント欄の中にも、芯がなくて困ってるやつがいたはずなんだ。だから、俺がなってやる。昔、俺がそうしてもらったように」
「さっきも言ったように、私は人間社会に詳しくない。従って、人にも詳しくない。でも……」
「?」
スライムは、その優しい目を細めながら言った。
「リュージのやってる事が、いいことなんだろうとは思うよ」
「スライム……!」
俺は感極まって、スライムがいる左腕を強く握りしめた。普通の人から見れば変質者。でも、これでいい。
「私は、マナさえ手に入ればそれでいい。リュージがどんな風に私を使おうと。……後悔させるなよ? 私の選択を」
「ああ、絶対だ」
星々が輝くそんな夜。今、2つの青い星が詩的に眩い光を放った。
ノースキルの俺、スライムが頭から生えてきたのでダンジョン配信者になろうと思います。〜どんなスキルより珍しい最強の相棒と共に人気配信者を助けたらバズりまくり。才能ない?関係ねぇ!俺とこいつなら!〜 大城時雨 @okishigure
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